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できるだけのことをしよう

 ぐーさんから忠告があってから一月ほど経っただろうか。不気味なほどに何も音沙汰がない。

 真冬よりは少し温かみを増した2月中旬の昼下がり。春の先触れが感じられるこんな日にでさえ俺たちはチーターがやってくるかもしれないと警戒する。


「何か策は思いつきましたか?」


「いえ、ぜんぜん」


「そうですか......」


「攻めてこないのはいいことだが、ここまで何も無いと逆に不気味だな。それともこれが嵐の前の静けさってやつか?」


 冗談めかして言ってふっと笑いを漏らした。今攻められたら大惨事になりかねないというのにそれを冗談めかして言ってしまえるほど、俺たちの緊張の糸は張り詰めて今にも切れる寸前だった。


 人間はずっと緊張することはできない。ずっと緊張していると体に疲れが出始めて自然と緊張は緩む。

 緩んで緊張を忘れた頃、ふとした拍子に一気に緊張の糸がピンと張る。それを繰り返して神経を摩耗させていくのだ。


 何かの気配がしたような気がして、また緊張の糸が張る。

 

 策は無い。

 が、今できるだけのことはした。

 何か新しい情報があれば良い策も思いつくかもしれない。しかし、そんな甘えたことは言っていられない。

 前の幹部と戦った時は事前に情報がほとんどなくて、その時も俺は勝てる方法を思いつけなかった。しかし、傑との捨て身のアタックで新たに情報を得て勝てる方法を編み出した。

 諦めてはいけない。

 その時に出来る自分にとって最善の策を俺はとらなければいけない。


「ちょっとトイレに行ってくる」


 そう言って教室を抜け出した。


----------------------------


 何かに言い訳するように口実を作って教室から出て行った彼の背中を見ていた。


 佐々木君はいつも重い物を背負っている。

 肩代わりしようと思ったところでかなわない。

 私には彼の心を支えることしかできない。いや、もしかしたら自分の独りよがりで支えているような気になっているだけかもしれない。

 私はちゃんと力になれているのだろうか?


 そもそも私は、これまでの人生で誰かの力になれたことがあるだろうか?

 自分が手を貸すと、みんな助けになったと言ってくれる。多かれ少なかれ誰だってそう言ってくれる。両親だって、友達だって、佐々木君だって。

 みんなお礼を言ってくれる。

 しかし、だからこそ。

 その中のどれだけが本当の言葉で、どれだけが嘘の言葉なのかが分からない。


 昔、付き合っていた男の子に言われた言葉を思い出す。

 心無い言葉だった。

 私は幼く考えなしだったが、その時は確かに彼に心を捧げていた。それなりに彼の力になろうとしていた。でもそんなことはお構いなしだった。

 助けになろうとする行為への否定は少しずつ強くなっていって、別れるに別れられない関係のまま否定はエスカレートした。


 すべての人が私に対してそう思っているとは思っていない。少なくとも佐々木君は違うと思う。

 だけど、ふと昔のことを思い返して自分の今の行為と照らし合わせると、自分の行動が適切なのかどうかわからなくなる。

 もっと助ければ良いのか、それとも関わりすぎなのか。

 わからなくなる。


「どうかした? 小日向さん」


「新崎君......いや、何でも――ないことはないですね。佐々木君が思い詰めているのに、何もできない自分に嫌気がさしてしまって、ちょっとブルーになっていたところです」


「小日向さんでもそんなことを思う時があるんだ」


「ありますよ」


 私だって、そんなに強い心は持っていない。なんでもポジティブに考えられればそれが一番だけれども、そうはいかない。できることといえば、普段は何も気にしていないように気丈にふるまうことぐらいだ。


「トシはこういう時、自分ひとりで抱え込むタイプだからな。うまくいく方法が思いついていないなら尚更だろ。小日向さんもあんまり思い詰めちゃだめだよ」


「そうですね」


 自分ひとりで抱え込むタイプ。生きていくのが辛いタイプだ。

 私も少なからずそういうところがあるから分かる。

 今も「そうですね」と肯定していながら心の奥ではあまり肯定できていない。


「思うに、」


「ん?」


「思うに佐々木君が何も思いつかない時は、確実に勝つ方法が存在しない時じゃないでしょうか。普通の人は確実に勝てる方法がどこかにあったとしてもそれを思いつけない時がありますが、佐々木君の場合そんなことはなくて勝てる方法が思い浮かばない時は確実に勝てる方法が無い時なんです」


「トシを高く買いすぎじゃないか? まぁ、俺もその意見には同意だけど」


 これまで佐々木君を見ていて、彼の頭に不可能は無いのではないかと思う時が時々あった。そんな彼の頭でも思い浮かばないのであれば、それは確実に勝てる方法が思いつかないのではなくて最初から存在しないのではないかと思うのである。


「だからこそ佐々木君は一人で抱えているんじゃないでしょうか。私たちを不確実な賭けに巻き込まないために」


「言われたらそんな気がしてきたな」


 新崎君はポリポリと顎を搔きながらそう言った。

 新崎君は絶望的な状況なのにも関わらず、何も考えていないようにあっけからんとしている。

 なぜそんなに落ち着いていられるのか。実は私にも理由は分かる。


「でもそんな不確実な時でもなんとかしてくれるんじゃないかって思えるんですよね。佐々木君なら」


「俺も今そう思っていたところだよ」


「そうでしょうね」


 新崎君は言い当てられてアハハと笑う。

 そんな中、ひやりとした風が教室を吹き抜けて、不意に緊張の糸が戻った。


 佐々木君の帰りが遅い気がする。


----------------------------


 グラウンドの片隅に立つ一人の人影。

 高校生には見えない背丈の低さ。おそらく中学生だろう。

 その人影に吸い込まれるように引き寄せられる。


 まるでそこにいるのが誰なのかわかっているようだった。

 いや、分かっている。

 凍るように冷たい背筋の寒気がそれを物語っている。


 少年はニヤリと笑った。


「直々に迎えに来たあげたよ、佐々木」


「お前が真理の探究者の幹部か?」


 少年は自分の言葉をまるで聞こえなかったように無視する。


「じゃあ、行こうか。」


 俺は、久しく忘れていた絵にかいたような不条理に、あきれてフッと笑いをこぼした。

 ついに出ましたね......

 果たして佐々木君は勝つことができるのでしょうか。

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