勝機のない戦いに参加はさせられない
それから二時間ほど経った。
両手で数えきれないぐらいの案が出た。それらのほとんどが不完全で実戦で試すことが出来るレベルではなかった。
出た案としては、「誰かが相手と対峙している時に隙を見計らってチートの効く範囲外から攻撃を仕掛ける」とか「一方の勝利条件を満たすともう一方の勝利条件が崩れるというような矛盾する事柄をぶつけることによって相手の能力の発生を阻止する」とかそこらへんだ。
どちらも上手くいかないわけではない。ただ、絶対に成功するという確証も存在せず、成功しなかった場合、相手がどんなふうに自分達に反感を持つか分からないためリスクが高いという結論になった。
「素直に相手を説得するというのはどうなんだ?」
「......無理だろう」
「でも、絶対勝つ相手に正攻法で勝つ方法なんて――」
「相手が拒否したらそこでその作戦は失敗だ。だから......無理だ」
議論をするなら、こうやってすぐに案を否定してしまうのはあまり得策とは言えない。
だが理論的に否定するだけの考えがすぐにパッと頭で浮かんでしまう。
だから否定せずにはいられない。
こうして出てくる案はすぐに却下されるようになった。
これ以上の案をどう出せば良いのかも分からず、議論は膠着状態になった。
ぽつりと出た案を黒板に書いては消していく作業が続いて、沈黙が募った時、向こうの席に居た一人の男子生徒が口を開いた。
「なぁ、ジャッジマンよ。一つ言っておかねばならぬことがあるが、こんな完成度の案では我等黒狼団は貴君に協力することが出来ないのは......分かってくれるな?」
それはとても冷静な意見だ。
その言葉に驚きはなかった。誰かから言われるのではないかとずっと思っていたことを言われただけだったが、いざ言われてみるとショックが大きかった。
唇の端をきつく結びながら、オルクスの話を聞く。
「我等が貴君を参謀と崇めているのは、貴君の立てる策略に絶大な信頼を置いているからだ。我が見てもあやふやだと思えるような策を求めているわけではない。そのような策を立て、万が一失敗をした時にチーターでない我等に人並み以上に為せることは何も無いのだ。黒狼団の長として、仲間の命を賭すなら信頼できる策でなければならないということだけは言っておかなければならないと思った。そのことは理解しているな?」
「あぁ......理解しているつもりだ。ありがとう」
「ありがとう、か。貴君らしいな」
こんな策では、誰かを巻き込んですることは出来ない。
もしも負けた時に被害を最小限にとどめるためには、巻き込まないことが一番手っ取り早いのだ。
「避難の際には黒狼団のみんなを最大限に活用する。校内の人々の速やかな避難ができるように協力を頼む」
「そういうことなら任せてくれ。決して貴君に従うのが嫌というわけではないのだ。誤解はしないでくれ」
「分かってる。大丈夫だ」
それからは避難の手はずについて整えた。
ぐーさんも協力してくれるということなので、避難することに関してはあまりリスクは伴わないだろう。だから黒狼団の皆にも手伝ってもらうことが出来る。彼らはリスクが高くなければ喜んで協力をしてくれる人たちだ。
「では非難する際は黒狼団と先生とうちのクラスのメンバーを中心に、催眠状態にある生徒たちを外に導いてくれ。では今日の議論は終了だ。お疲れ様」
こうして具体的にとても有効だと思われる策も出ないまま、議論は終わってしまった。
議論が終わって皆バラバラに解散する中でいち早く自分に駆け寄ってきたのは小日向だった。
「司会、お疲れさまでした」
「あぁ、お疲れさま」
次に近寄ってきたのはオルクスだった。
「すまんな、きつい事を言ってしまって」
「良い。分かってる。それにお前が言わなければ俺が言っていたと思う。お前がストップをかけるか俺がストップをかけるかしないと、皆を危険に巻き込んでしまう。ストップをかけなかったらみんなは、俺がどんな案を出しても着いて来てくれるだろうからな。お前が黒狼団を代表して言ってくれて良かった。ありがとう」
「フッ......やはりあの時のありがとうは全て意図を見通した上でのことだったか。やはりジャッジマンの名前を冠するだけのことはあるな。しかし、あの『参謀モード』はまだ発動していないのだろう? ということは確実な勝ち筋が存在しない相手だということだろう? 大丈夫か?」
「もう少し、考えてみることにするよ。俺が投げ出したら全て終わってしまうからな」
「貴君は強いな......さらばだ。失礼する」
肩にかけたマントを翻しながら教室を出て行く。
「オルクスさん、良い人ですね」
「仮にも黒狼団のリーダーだからな。責任は感じているんだろう」
オルクスはああ見えてわりと頭が良いし、周りの空気を読む力がある。あれで人目を気にしつつも中二病をしながらマントを振り回しているのが不思議なぐらいだ。
「佐々木君、もしかしてなんですけど......この会議って私に言われたことを気にして開いたというのも理由の一つにあるんじゃないですか?」
「......君は俺の心が読めるのか?」
「なんとなくそんな気がしただけです。ただ今回に関して言えば、少し悪い事を言ってしまったような気がしています」
前に小日向から言われた言葉。この会議を開くことを決めた時にその言葉が頭の片隅にあったのは事実だ。
もっとみんなを頼っても良いのではないかと叱られたことがあったのだ。自分一人で抱えずに、色々な人に自分が背負っている物を分け与えても良いのではないか。そう言われたことがあったのである。
「このような会議で私達を頼りにしてくれたのは嬉しかったのですが、結果的にここから先を全て任せるしかなくなってしまった......自分の力不足を感じます」
「別に君が悪いわけじゃない。人には得意なことと不得意なことがあるというだけだ」
彼女が申し訳なさそうに俯く。俺はこれ以上どんな言葉をかけて良いのか分からなくなってしまった。
少なくとも彼女に悪いところはない。
今にも泣きそうな顔をしているところに傑や雨姫、それに由香が近づいてくる。
「おにーちゃん、小日向さん泣かせちゃダメだよ! またなんか変なことでも言ったんでしょ! ほら、小日向さん帰ろ帰ろー!」
「え? 俺が悪いのか!?」
「当たり前でしょー!」
由香がその場の暗い雰囲気に気づいて話題を逸らそうと詭弁を飛ばす。
妹のそういう所がお兄ちゃんとしては素晴らしいところだと思うので、意味はなくとも俺は場の雰囲気を変えるためにその案に乗ることにした。
「小日向さん、申し訳なかったです。一緒に帰ってくれませんか」
俺や由香の意図に気が付いたようで小日向が無理に笑顔を作る。
「仕方がないから許してあげます! いっしょに帰りましょう!」
こうして一抹の申し訳なさと相手に対する不安と葛藤を胸の内に含んだまま、議論はあっけなく終了してしまったのだった。
これは......なかなか難しい戦いになりそうですね。
果たして打開策を生み出すことは出来るのでしょうか?