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あの日出会ったのは、きっと必然だったのだろう

 一人になると色々な音が聞こえてくる。

 虫のざわめき、木の葉が擦れる音、風が電線に触れる音。

 いつにも増して雑音が大きく聞こえる。

 玄関扉の横の壁に背中をもたれていたが、体温が奪われるばかりで全く暖かくならない。


 ぐーさんの家の中から逃げるように出てきてから、ずっと作戦を立てようとしていた。

 しかし何も思い浮かばない。

 いつもなら消える雑音も、日が暮れるにつれてどんどん大きくなってゆく。視界から情報が消えてゆく代わりに聴覚からの情報がさらに大きくなってゆく。


「うるさい、な」


 きっと周りがうるさくなくても何も考えられないだろう。

 そんなことは分かっている。自分で自分に無言で言い訳をしているだけだ。


「そんなところで立ってたら、寒くならないですか?」


「......小日向」


 情けない所を見られてしまった。


「どうです? 良い考えは思い浮かびましたか?」


「全然だ。まるで思い浮かばない」


「そんなところだと思いました。思いついているなら、多分私の言葉なんて聞こえてないでしょうから」


「......まいったな」


 小日向が俺の横に背中を預ける。少しだけ冷たい風が弱まった気がする。


「ぐーさんとどんな話をしてたんだ?」


「ちょっと、佐々木君の小さいころの話を聞いていました。佐々木君って昔から佐々木君だったんですね」


「どういうことだよ」


 ハハ、と唇をほころばせた。昔の話というと、俺とぐーさんが出会った時の話だろうか。出会ってからもう6、7年は経っているだろうから、いつの話なのか分からない。


「話を聞くまで、あの人が佐々木君にその......やる気を出すコツ? みたいなものを教えなければ、佐々木君が色々なものに必要以上に巻き込まれることも無かったのではないかと思っていたんです。だから少しあの人を問い詰めてやろうと思っていたんですが、どうやら佐々木君はそんなことを教わらなくても、今みたいな人になっていたんじゃないかって話を聞いて思いました」


 彼女にしては少しトゲのある言い方だ。らしくない。


「もしかして、ぐーさんのことあんまり好きじゃない?」


「知ってましたか? 私、こう見えて初対面の人にはあまり気を許さないタイプなんですよ」


 彼女が俺の顔を下から覗き込む。

 今日の彼女は少しあざとい。そして可愛い。その可愛さを俺に見せつけている。それは俺に寄り添うためなのかもしれない。俺の隣に絶妙な距離感を保ちながら寄り添ってくれている気がする。その言葉がどこまで真意なのかは分からないが、俺に心を開いてくれているように()()()()()

 彼女の気持ちをなんとなく感じ取れるようになって、俺は前ほど鈍感ではなくなった。

 きっと彼女は俺が鈍感ではなくなったことに気が付いている。あざとさを見せつけていることに俺が気が付いていることを知っている。それを知った上で披露できるということこそが、本当に俺達の心に繋がりがあるのだということを感じさせる。


 俺は彼女と初めて会った時のことを思い出していた。

 あの時の彼女は俺に心を開いてくれていた。あの頃の俺は彼女の心情を読み取ることが出来なかったかもしれないが、気を許してくれていたとは思う。


「意外だな。誰とでも笑顔で仲良くしているからそうは見えない。俺は人付き合いが苦手だから羨ましい」


「笑顔は武器ですよ。自然に出てくる時もあれば出す時もあります。むしろ人と笑顔で接さないのに周りに人が集まってくる佐々木君の方が私にとっては羨ましいです」


 八方美人にもつらいところがあるのだなぁと思いながら彼女の話を聞いていた。


 クリスマスの夜、彼女と出会った。

 その日は塾があって一人で外出していた。そしたら急に周りのもの全てが止まって、人ごみの中をかき分けながら走る彼女の姿が見えた。

 一心不乱に走る彼女の目からは涙がこぼれていて、柄にもなく俺は彼女を慰めようと思った。

 彼女は俺に話をしてくれた。泣いている理由も話してくれたが、今から考えると本当のことを言ってくれていたのかは定かではない。

 しかし、内容は分からずとも慰めることは出来る。いつだったか彼女は俺の慰めに助けられたと言っていた。だから慰めは届いたのだと信じている。


 彼女も俺と出会ったころのことを思い出していたのか、話し始めたのはその時のことだった。


「クリスマスに会った時、実はその時に彼氏だった男の人に振られていたんです」


「え?」


 それは予想外の言葉だった。予想の斜め上を行くと言っても良い。どんな話を持ち出されても、今なら動揺はしないと思っていたが、思わず驚きの声を漏らしてしまった。


「そっか、彼氏居たことあるんだな......そっか、そうなんだ」


「別に終わった話なので気にしないで下さい。それに今から考えるとあの時の恋愛は恋愛じゃなかったような気がします。今から考えると、ですけど」


 こんな言い方をしてはなんだが、彼女は男の扱いにある程度慣れている。

 別に弄ぶという意味ではない。男性を極度に意識して委縮したり、毛嫌いしたり、逆にとても媚びたりするようなこともしないという意味である。

 その理由が腑に落ちた。


「あの時はとても落ち込んでいて、すべてがどうでも良くなってしまったような気がしました。何もかも捨てて逃げてしまいたいと思っていたんです。だから、佐々木君が励ましてくれて救われたんです。あまり器用な励まし方ではなかったですけどね」


「そりゃどうも」


「あの人の話を聞いていて思いました。佐々木君が私に話しかけてくれたのは幸運なことだったんだって」


 幸運、か。

 あれはただの気まぐれにすぎない。柄にもなく、本当に気が向いただけだったのだ。

 あるいは、彼女がとても可愛い人だったからかもしれない。


「佐々木君の昔の話を聞いて、きっとそのままの佐々木君だったらあの時、私に話しかけてくれなかったと思うんです」


 確かに俺は昔、消極的だった。

 それはあの時もそうだった。

 じっとしていれば関わることはない。関わってしまえば余計なことしか起こらないだろう。そう思っていた。


「きっと色々なことを身に着けて佐々木君は変わったんですね。強くなったんです、運命にも抗えるほど。だからあの時、私にも話しかけてくれたんだと気づきました。そうなれたのがもしもあの人のおかげなのだとしたら、私はあの人に感謝しなくちゃならないかもと思いました」


 どうだろう。

 俺が強くなれたのは半分はぐーさんのおかげもあるかもしれないが、もう半分は彼女のおかげだと思う。

 彼女が居るから少しでもいい姿を見せようと思える。俺の強くなった姿はちょっとした見栄から出来ている。


「佐々木君なら勝てますよ。どんな人が襲って来たって」


「......そんな気がしてきたよ。君が見ているなら出来るかもしれない」


 彼女は一瞬、驚いたような表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。

 何か少し、あざとい感じの笑みだ。


「そう言えば、あの人から『小日向』って呼ばれていたんですが、あまりいい気分はしませんでした。やっぱり呼び捨てで呼ばれても良いのは佐々木君だけですね!」


「え? それってどう――」


「さーて、帰りましょう! 早く帰らないと真っ暗で道が見えなくなってしまいますよ!」


 俺の言葉を強引に切って自転車に乗って走り出す彼女の耳は、少し赤くなっているような気がした。はたまたそれは夕焼けの起こす錯覚のせいなのかもしれないと俺は思った。

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