彼の生い立ちには不幸がついて回る
「その前に質問なんですが......これって重たい話だったりします?」
「別にそうでもないと思うが。どうかしたのか?」
ぐーさんは眉を顰めた。
「別にちょっと気になっただけなので気にしないで下さい。どうも佐々木君に関する話って重いものが多いような気がするので」
「なるほど。ということはあの話も聞いたのか?」
あの話、と聞いて小日向は五月雨の中で聞いた話を思い出す。
佐々木がトラウマを植え付けられた日の話だ。
不幸が重なり、意図せず佐々木は親殺しの罪を背負った。あまりにも痛ましい事件の話である。
「はい」
「そうか、あいつはそんなことまで話していたのか。それなら話は早い。俺が佐々木と会ったのはあれからすぐの話だからな。だが、俺の身の上話も少しだけさせてもらう。そちらの方が分かってもらいやすいだろう」
「分かりました」
ぐーさんが咳払いをした。
小日向は背筋をピンとただす。
「佐々木が小学校高学年だった頃、政府ですら能力者の存在を特定できていなかった。しかし、インターネットの普及とともに少しずつ能力者が起こしたと思われる摩訶不思議な事件が明るみになり始めた。政府はそれを危険視して秘密裏に新たな部署を立ち上げた。あることがあって能力者について少しだけ詳しかった俺は政府からの呼び出しを受けてその新たな部署に配属された。それが当時の俺だ」
「あることって何ですか?」
「それはトップシークレットってやつだ。言ったらいけない規則になってる」
「はぁ......」
小日向は首を傾げ、ぐーさんが話していたことを想起する。
『運命に翻弄される人間をたくさん見て来たし、俺も運命に振り回された』と言っていたが、もしかしたらその出来事のことを言っているのではないかとぼんやりと思った。
「それで不自然な自殺事件があったという話を聞いて、俺は現場に回された。その時に出会ったのが佐々木だ」
「なるほど。そういうことだったんですね」
「まぁ、当時のあいつには言えなかったけどな。当時のあいつは能力者って存在を相当嫌ってたから」
ぐーさんはハハハと乾いた声で笑った。おそらく後ろめたい所があるのだろうと小日向は察した。
「当時のあいつはかなり心を閉ざしていて誰とも話すらしようとしなかった。多分どんな行動をしたとしても悪い方に事態が転ぶと思っていたんだろうな」
「何となく想像がつきます」
佐々木は父親に不満を持っていた。子供ながらに我慢していたのだが、とうとう耐えきれなくなって不満を打ち明けた。能力者の父親は能力を使い佐々木を言いなりにしようとした。その瞬間に佐々木の能力が発動してしまい結果的に父親は自滅した。
何も佐々木に悪い所はないはずだが、それでも自分を責めてしまうだろう。子供の理性では自分を肯定することすら出来ないかもしれない。
何も信じられなくて当たり前だ。小日向はそう思った。
「とりあえず俺はあいつから事件の真相について聞き出さなければならなかったし、当分の間はあいつと打ち解けることが俺の任務になった。心を開いてもらうにはどうしたら良いかを考えてとりあえず自分のことを話した。まぁ今さっき小日向に話したこと以上のことは話していないけど、同じ苦労をしてきたもの同士、少しだけ打ち解けることが出来た。それで話を聞くことが出来た」
「佐々木君にとっては救いだったでしょうね。自分の話を打ち明けたかったでしょうから」
「聞かされたのはかなり重い話だったけどな。逆に聞けて良かったと思ったよ。当然、小学生が一人で抱え込んで良い話じゃない」
聞けて良かったと思ったのは自分も一緒だった。
秘密にしておくにはあまりに重すぎる話だ。支えになってあげられるなら、支えになってあげたい。
「俺はあいつに能力者に振り回されないだけの力を与えたかった。そのために一緒に武術を学んでみないかと誘ったこともあるが、あいつはそれを拒んだ。どんな状況になったとしても、誰かを自分の拳で傷つけるのは嫌だったんだろうな」
「佐々木君は優しいですから」
小日向の言葉を聞いてぐーさんは、「佐々木のことを良く理解してくれているんだな」とボソリと言葉を漏らした。小日向自身そんなアピールをするつもりはなかったが、これまでの発言を思い返してみるとそんな感じのアピールをしていると取れなくもない。
小日向は少し気恥しくなってバレないように頬を赤らめた。
「俺には武術以外何も無かったから本来はそこで何も出来ることが無くなってお手上げだったんだが、あることがきっかけで佐々木の才能について気づくことになった」
「才能、ですか」
「あぁ。あいつには物事を筋道立てて考える才能があった。あの時はまだやる気のスイッチが効かない状態で使い物にはならなかったがな。それでも才能の片りんはあった。俺はその才能を伸ばすためにあいつの師匠になったという訳だ」
ぐーさんは二度目の咳払いをした。
どうやらここまではまだ本題に入っていなかったらしいと気づく。
「それはある雨の日のことだった。視界が真っ白になるような霧雨の日だったかな」
どうやら佐々木はとことん雨に縁があるらしい。
小日向は黙って話を聞くことにした。
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俺は佐々木を迎えに彼の叔父の家、つまりは現在彼が住んでいる家へと出向いた。
「あの日は佐々木と打ち解けるために一緒に街へ繰り出したんだ。あいつは遊園地よりも本屋とかプラモ屋とかそういう場所が好きな奴だったから、その日は本屋に行ったんだ」
途中まではわりと楽しく会話が出来ていた。自分が本に興味がないことを除けばそれなりに楽しかったと思う。
「だがそんな時、あいつのダメチートが発動した。手に持っていた本はぐちゃぐちゃにはじけ飛んで代わりに何か変な物体があいつの手からは噴き出していた。その直後、向かい側にあった銀行で悲鳴が上がった。銀行強盗が押し入ったんだな」
「一体、佐々木君は何のダメチートを発動させたんですか?」
「これは全てが終わった後にようやく分かったことなんだが、向かい側で暴れていた銀行強盗は思い浮かべたものを具現化する能力者だったらしく、佐々木が手から溢れさせたものはあいつが頭の中で思い浮かべていた本の中で出てきたものだったんだ。まぁ、はっきりとイメージしてなかったからぐちゃぐちゃのまま出てきたみたいだがな」
俺はすぐさま現場に向かおうとした。
政府の能力対策の部署に勤める人間としては、ここで自分が行くことが最善の手段だと思ったのだ。
「俺は佐々木にその場で待てと言おうとした。それであいつを直視したんだが、俺は言葉が詰まってしまったんだ」
俺はその姿を見た瞬間に思った。
ここで一人、佐々木を残して行ってはいけないと。
「震えていたんだ。自分の手を見て」
今回は前半三人称視点、後半ぐーさん視点でした。
慣れない三人称視点で見せるのはあまり良くないと思ったのですが、どちらの視点からも深い感情は見せたくなかったのでこのような形になりました。
もっと上手く書けるはず......?
とりあえず次の回も回想です。