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急な呼び出しほど不穏なものはない

 冬休みが終わるのも早いもので、もう三学期。

 それは始業式からまだ日の立たない一月中旬のことだった。


「あ」


 何の気なしにスマホの画面を見ると、そこには久しぶりに見る名前があった。


「ぐーさんだ」


「ぐーさん......あぁ、佐々木君の師匠っていう」


「まぁ、そんな感じ」


 師匠と言っても別に格闘術を習ったわけではない。親を亡くし意気消沈していた自分に、この世で生きていくために必要な知識とやる気の出し方を教えてくれた人だ。それだけでも自分にとって恩人であることに変わりはない。

 ぐーさんは謎の多い人だが、一番の謎は彼が何者なのかである。奥さんの話によればどこかの研究機関で働いているそうだ。しかしそんなに頭が良い人には見えない。どちらかと言えば肉体派である。チーター顔負けの武術を披露し化け物みたいな動きでチーターを抑えるような人だが、ぐーさん自身も多分チーターである。そしてぐーさんが何のチートを持っているのか俺ですら知らない。


「で文面は......『放課後に会えないか』って」


「それだけですか?」


「それだけだな。あの人、口数少ないから」


 しかし彼からわざわざ呼び出されるなんて珍しい。何かただ事ではないことが起こってしまったのかもしれない。それが起きたとしてなぜ俺に話さなければならないのかは分からないが。


「とりあえず行くしかないか」


 俺はスマホをいじった。了承の返事を打とうとしていたらブレザーの裾を引っ張られたので顔を上げた。


「私も一緒に行きたいです」


「多分、良いと思うけど......何で?」


「そんな大事なことなら私も一緒に聞いておきたいし......それにぐーさんから私も色々聞きたい事があるので」


 彼女が聞きたいことは一体何だろうと思ったが、詮索するのはやめた。きっと俺には聞けないことだからぐーさんに間接的に聞くのだろう。

 ぐーさんに小日向も行きたいと言っていることを伝えると『うちの家に来てくれ』というまたもや短いメッセージで切り返された。これは多分、一緒に行っても大丈夫ということだろう。ぐーさんがちゃんと女性に対応しているところなんて想像がつかない。あんな人でも美人の奥さんが居るんだなぁ、なんて嫉妬しそうになる。


「とりあえず放課後は自転車を持ってきて正門で待ち合わせにしよう。ちょっと遠いけど案内するから」


「はい!」


 彼女の笑顔を見ながら俺はぐーさんが話したいことについて思いを馳せていた。

 何か不穏な空気を感じ取りながら――


--------------------


 一時間弱ほど自転車を走らせて着いたのは、山中にぽっつりとある一軒家だ。周りには山と舗装されていない道路しかないようなところで、町からはかなり離れている。ぽつりと一軒家というテレビ番組に出てくるほどぽつりとしているわけではないが、徒歩で行くには遠すぎる。


「着いたよ」


「ほんとに遠かったですね......」


 家はわりと新しめである。新しく建てるならこんな辺鄙(へんぴ)なところでなくても良いような気がするが、そうもいかないのだろう。

 家の前に一人、男性が立っている。顔ははっきりと見えなくともあの姿は紛れもなくぐーさんである。

 ぐーさんの身長は2mを優に超える。肩幅も広く、目の前に立たれるとまるで壁が目の前にあるかのように視界を塞がれてしまう。そのためかなり離れていてもそこに居るだけで存在感がある。


「やっと来たか」


「ご無沙汰してます。今日はどんな話をするつもりなんですか?」


「ここで話すのもなんだ。上がれ」


 彼の大きさに合わせてあるのか異様に大きい玄関のひき戸を開けるとふわりと木材の匂いがした。今時珍しい和風の家だ。素人目に見ても手入れが行き届いているのが分かる。


「お邪魔します......」


「あー! 遠いところまでごめんねー! 迎えに行かせれば良かったんだけど、主人から話聞いたのがちょっと前でねー。ほんと、この人そういうこと相談せずに決めちゃう人だから。え、女の子も一緒なの!? ちょっと待って! もう一つお茶用意するから! 田熊さん、女の子が来るって知ってたならそういうこともちゃんと言ってくれないと困るじゃない!」


「すまん」


「あはは」


 向こうの部屋から顔を覗かせた金髪の奥さんが畳みかけるよう口を動かし、流れるように俺達を奥の部屋に促す。

 金髪......外国人のようにもみえるが、日本語の上手さは大阪のおばちゃんも顔負けである。日本人とのハーフかとも思ったが、そういった感じもない。全く以って謎である。


「そこに座ってくれ」


「あ、はい」


 言われるがままに座布団に座る。自分の家にあるものよりフワフワしている気がする。これが良い座布団の座り心地なのか......?

 手際よくお茶を注いでテーブルに置いた奥さんは小日向に小さく手を振ってどこかに行ってしまった。小日向は怒涛の展開に微妙な笑顔をしながら手を振り返していた。

 ぐーさんが目の前に座る。一気に周囲の空気がひんやりとした。この人は前に居るだけで威圧感を放つ。決してそんなつもりはないのだろうが。


「えっと、話って言うのは」


「お前達はもちろん先日に襲撃してきた男のことを覚えているな。あれから俺達の方でひと悶着あった。今日はそのことについて話すつもりだ」


 あまり良い事は話されないだろうということは分かっていたが、勘は当たったようだ。彼女もそれぐらいのことは予期していたようでごくりと唾を飲んだだけだった。


「あの男はお前らが言うように真理の探究者の幹部だった。真理の探究者の幹部を一人捕らえることが出来たのは俺達にとって青天の霹靂だった。そこで奴から真理の探究者の情報を聞き出した」


「情報が聞き出せたんですか!?」


 ぐーさんはこくりと頷いた。


 真理の探究者の幹部。二学期の始業式に突然現れたそいつはこれまでの相手とは比べ物にならないほど複雑なチートを持った敵だった。幹部クラスになるとこれほどまでに強くなるのかと舌を巻いたのだが、奴が言うには『自分は幹部クラスの中では最弱だ。まともに会話が出来るのが俺だけだから、幹部クラスの中に入れているだけにすぎない』と言っていた。

 奴は敵としてみれば本当にちゃんとした敵だったと言える。最初に慢心さえしていなければ俺達が勝つことはおろかチートを見破ることすら出来なかっただろう。


「俺達は聞き出した情報をもとにこちらの最大戦力を以って真理の探究者を壊滅させようとした」


「それで......どうなったんです?」


「最初は順調に作戦を進める事が出来た。しかし、途中で俺達の侵攻は止まった。ある一人の幹部によって、だ。この国でも最高峰の戦力を有した俺達をいとも簡単に止めた」


 ぐーさんがこぶしを固く握りしめる。

 ある一人の幹部によって。

 そんなことが可能なのだろうか。


「そいつは俺達を目の前にして自分の能力を語った。なんでもそれがそいつのやり方らしい。語られた能力はとてもシンプルだった」


 シンプルな能力。

 見破るのは簡単だが、それでも対策が立てられないということは、極端に強い能力だということだ。

 一体どんな能力なのだろう。


「それは本人によると『何ににでも勝利する能力』なんだそうだ」


「......は?」

 は?

 い、一体どんな能力なんでしょう。文字通り......にしてもデタラメじゃないですか?

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