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それはとても暖かかった

 右手には彼の手の代わりに温かいたいやきがあった。


 あの後、すぐに帰ろうとした佐々木君は帰り途中にあった出店で六つ入りのたい焼きパック(五つ入りの値段で一つはオマケだった)を買い、一つを私にくれた。

 佐々木君の家は五人暮らしだし一つ貰うのも自然な流れだと思って貰ったけれど、多分彼はそんなことを気にしていないだろう。

 素手で触るにはちょっと熱いかな。


「いただきます」


 小声でそう呟いて一口食べる。


「あっつい!」


 寒い中、冷え切った体で食べるにはそのたい焼きは少し熱かった。

 口先でハフハフと息を吹きかけてそれを冷ましてから噛み締める。

 甘いつぶあんが舌を喜ばせる。生地も焼き立てでサクサクだ。きっと佐々木君は帰ってから食べるだろうから、その頃には生地は少し湿っているだろう。ちょっと申し訳ない気がする。

 でも冷たくなってから食べる事を多分彼は望まないだろうから遠慮なく暖かいうちに食べてしまうことにした。

 それから歩きながら食べるうちにたい焼きはすぐになくなってしまった。しかし手に温もりは残っていた。

 これはきっと佐々木君の温かさだ。

 そんなことを考えた途端に今さっきまで佐々木君の手を握っていたのを思い出して耳が熱くなるのを感じた。


「弱っちゃったな......」


 この頃、どんどん佐々木君がかっこよくなっていく。

 最初、彼は臆病者だった。そのくせ、気持ちは分かりやすくて扱いやすかった。だから私は何をしてもからかいの範疇で接することができた。

 でも今は違う。彼は私を相手にしても言いたい事をはっきりと言うようになった。気持ちは分かりやすいから、それが本心から言っている言葉でただのきれいごとではないことも分かる。だから彼の一挙手一投足で動揺するようになってしまった。

 相手に振り回されるのは不服なはずなんだけど、相手の言葉に従って内心ホッとしている自分が居る。

 自分で自分の心が制御できなくなってしまってこれまでのようにふるまうことが出来なくなるんじゃないかと思えて、少し怖い。


 私は気持ちを引き締めるため、小さくふとももを叩いた。

 外の気温が冷たくて感覚がやけに敏感になっているから、いつもよりちょっと痛く感じた。


 アルバイトの巫女さんの管理をしている母に自分の持ち場を聞いた。

 おみくじの所の巫女さんに休憩を取らせてあげたいから、そこと入れ替わって欲しいと言われ、そこに向かった。


「田中さん、休憩してもらって良いですよ」


「あ、ありがとうございますー」


 こちらにペコリと頭を下げて社務所に向かう。同じアルバイト仲間で自分の方が年下だというのに妙にうやうやしい。

 というのも私は、ここではちょっと特別な扱いを受けている。

 小さいころから遊び半分で巫女さんとして参加してきた私は、他の参拝客から名物巫女として見られていた。もちろん私としては遊び半分ではなかったが、作法や敬語を知らない昔の私は遊び半分で巫女をしているように見えただろう。そんな私を参拝客は暖かい目で見守っていたのがいつもの救いだった。

 ある程度大きくなった今でもそのころの名残で、アルバイトの人の紹介とは別にここの神主の娘として紹介されるのがいつもの流れなのだ。

 だから新年だけしか入らないアルバイトの人は私に委縮してしまうのだ。

 逆に新年以外の時期でも勤めて下さっている巫女の方は、私の事をアルバイトの人ではなく普通の女の子として見ている。

 どちらにしても、普通の人とは扱いが違うのだ。


「で、時雨ちゃん。今さっきの男の子何? やっぱり彼氏?」


「だから違うって言ってるじゃないですか、凪さん」


 そしてこの人は定期的にアルバイトに入ってくれている凪さん。20代前半で現役大学生。ここでアルバイトをし始めてから7年も経つベテランさん。つまり私のことを思春期の女の子として見ている人の一人だ。小さいころから私のことを見てきて、私の事を良く知っている。

 こういう人と話すのは......ちょっと苦手だ。


「えー、彼氏じゃないの? だったら誰よ」


「だからクラスメイトでただの友達って言ってるじゃないですか」


「時雨ちゃんはただの友達が来たからって仕事抜け出すような子じゃないでしょ。中学の時はクラスメイトが来てもわざわざ出なかったじゃーん」


「それは中学が近くてクラスメイトが一杯来てたから、いちいち出る事が出来なかっただけですよ」


「ふーん、そ」


 見透かされているような気がする。

 自分の複雑で自分でも理解できないような心を、この人は全て見透かしていて理解しているんじゃないか、そんな気さえする。

 佐々木君も私に見られている時はこんな感じだったのだろうか。


「で、彼とはどうするの?」


「どうするの、と言いますと?」


「付き合うの? 付き合わないの?」


 ニヤニヤとした笑顔が妙に憎たらしい。

 たった6歳ぐらいしか違わないのにめちゃめちゃ年上みたいな顔をして見てくるのだ。


「それは......相手次第です」


「あのねー、高校生って思ってるより短いのよー! もう高校二年も終わっちゃうじゃない!」


「終わったらその時はその時ですよ」


 頬を膨らませながら反論する。例え自分の青春がなにごともなく終わってしまうとしても、それを人に言われたからといって無理矢理変えたくはない。それに自分の気持ちだってまだ固まっているわけじゃない。


「まぁ、時雨ちゃんも昔色々あったからねー、慎重になる気は分かるけど。何かあったら遠慮なく言うんだよ。凪さん、こう見えて割と強いから」


「佐々木君は......そんな人じゃないですよ!」


 凪さんは私が声を荒げたことにちょっと驚いた様子だった。そつなくおみくじの位置を整える凪さんの手が止まる。


「やっぱり好きなんじゃん」


「......そういうのでもないです」


「はいはい。とにかく後悔だけはしないようにね」


「もうぅー」


 頬を膨らませながら凪さんを睨む。

 そう。佐々木君はあんな人じゃない。


『お前、自意識過剰すぎやしねぇか?』

『迷惑なんだよ。お前みたいなヤツ』

『メンドクサイやつだな』

『ふざけんじゃねぇ! なんでお前が起こしたことの尻ぬぐいまでしなきゃいけねぇんだ!?』


 あんな人じゃない。


「あの......もう話とか終わりました?」


 いつの間にか目の前に人が居た。

 その人は手に百円玉を乗せて私に差し出していた。


「とりあえず......仕事しよっか」


「は、はいッ!」


 多分、顔から湯気が出そうなほど顔を赤くしていたことだろうと思う。

 自分の顔が自分では見られないことだけが幸いだと思った。

 久しぶりの小日向さん視点でした。

 果たしてこれからどんな進展を迎えていくのか、期待したいところです!

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