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君が新しい時代を切り拓くんだ

 手袋越しに柔らかい彼女の手の感触が伝わってくる。

 彼女は来ていた巫女服のままだったので、当然だが手袋なんか着けていない。

 彼女の冷たさが手袋を徐々に冷やしてゆく。


 やがて、周りが緑に包まれた人のいないところまで来た。

 目の前には小さな社が一つ。こちらも手入れはされているようだが、拝殿と本殿が分かれているわけでも無く、人一人がくぐれるサイズの小さな鳥居が一つと自分の背丈と同じぐらいの高さの社がぽつりとあるだけだった。


 俺達はその近くにあった手ごろな石の上におもむろに腰かける。

 尻がヒヤリとした。


「ここまで来れば大丈夫だろう......どこに来たのかは分からんが」


「はぁ、はぁ......ここは、お稲荷さんですね。うちの神社は二柱の神様をお祀りしているのですが、ここはその中の一柱が祀られているという訳ですね。まぁ、小さい(ほこら)のようなものなので今ではここにはほとんど人は訪れないんですけどね」


 小日向は息を切らしながらそう説明した。

 俺は連日のトレーニングのおかげか前よりも体力がついていた。いつのまにか彼女よりも体力がついてしまったのだろう。男なので女よりも体力があるのは普通の事なのだが。


 小さい祠と言われて、細部にまで目を通す。

 確かに小さい。神様が居る戸の大きさなんて、広げた手のひらぐらいの大きさしかない。

 社には沢山の置物が置かれていた。小さなキツネの置物だ。ところどころコケが生えてしまっているものもある。


「この置物は誰が置いたものなんだ?」


「これは、昔、ここをお参りしていた人たちが親しみを込めて置いたものですよ。もともとこの社はここに住んでいる人たちが豊穣祈願の為に建てたものなんです。知ってますか? お稲荷さんって明確な祀る神様が居ないところの方が多いんですよ」


「そうなのか。それを聞いてから見てみると、なんだか温かみがあるな」


 何だか親しみやすさがあるというかほっこりする。沢山の人がこの場所を愛し、お参りをしたのだろうということが伝わってくる。

 それゆえに、今、この場所に人が居ないのが少し寂しい気もした。


 横を見ると、小日向が手をさすっていた。白い息を吹きかけている。


「これ、使って下さい」


 俺は手袋を差し出した。手は外気に触れ、一気に体温を奪い去って行く。


「ありがとうございます。でも一応これが正装なので、手袋を着けるのも......」


「じゃあ、これなら大丈夫ですか?」


 俺は手袋を着けて手を差し出した。

 もちろん顔は赤くなってしまうだろうから、彼女の顔は見ない。


「ではお言葉に甘えて」


 彼女は俺の手を両手で力強くぎゅっと握る。握られた場所が徐々に温まってゆく。


「どうして巫女服のまま来たんだ? 着替えてくれば良かったのに」


「それは佐々木君と別れた後、すぐに仕事に戻れるように――ごめんなさい。ちょっとウソ吐きました。本当はちょっと佐々木君にこの姿を見せびらかしたかったんです」


 彼女がそんな思惑を持つとは思わず、少し驚いた。

 そういえば巫女服は女性から見ても憧れの衣装だという話を聞いたことがある気がする。そういう服を着ている姿を誰かに見てもらいたいと考えるのはおかしな考えではないだろう。


「とても似合ってるよ。やっぱり君にはそういう服が良く似合う」


「ほんと......ですか?」


「ここに来るまでに沢山の参拝客が俺達を見ていただろ? 君の姿が良く似合っていて俺と不釣り合いだったからあの雑踏の中でも目立っていたんだ。ただの巫女さんと俺だったらここまで見向きもされないさ」


「そうでしょうか......?」


「そうだよ」


「......ありがとうございます」


 彼女の横顔をチラリと見た。

 彼女は耳を赤くして少し俯いていたが、まんざらでもなさそうな顔をしていた。

 下手なお世辞だと思われて励ましにもならないよりよっぽど良い。俺が不釣り合いということで納得されるのも何だか複雑な気持ちだが。


 彼女の手もだいぶ暖かくなってきた。

 こうして温かみを感じると、今は彼女と二人きりでしかも手まで繋いでいるという事実を認識してしまう。

 こんなに距離が近づいたとしても自分達が付き合っていないのは......単に俺の告白する勇気が足りないからだろう。


「そう言えば巫女服は正装だから手袋ははめたくないって言ってたけど、恋愛とかはしても大丈夫なのか? ほら、キリスト教とかだとシスターは神様に身も心も捧げるために結婚しないとかあるだろ?」


「あぁ、そういうのは多分大丈夫です。うちの父親は宮司ですが結婚していますからね。昔は女性神職に清さを求める意味で処女信仰もあったようですが、今はそういう時代ではないので大丈夫だと思います。こうやって自分の体を出来るだけ清めたりするのはそれだけ丁寧に神様を扱いたいっていう気持ちからですよ。女性が穢れているというイメージさえ無くなってしまえば恋をしていても結婚していても女性でも神職に就けますよ」


「なるほど......」


 処女信仰という聞き慣れない言葉に心がざわめく。

 破瓜は穢れの象徴というのをどこかで聞いた。女性そのものが穢れの象徴で神職に女性がなることすらできなかったと小日向が言っていた。そういう時代が今、変わりつつあることを知った。


 男女同権。

 そんな言葉が囁かれ始めて何十年が経っただろう。

 理解がある人間が増えた一方で、理解のない人間もまだまだ沢山いる。処女信仰もオタクの中ではまだまだメジャーな部類だ。

 俺はそれを何とも思わない。そういう好みもあるのだろう、というぐらいで片付けてしまう。どうでも良いと思っていた。そう言っても良いかもしれない。


「つまり君が変えていくってことだな」


「え?」


 彼女がこちらを向いてきょとんとした顔を見せる。

 この顔を見るのは何度目だろう。


「このお稲荷さんと同じだよ。みんなに支持されれば神様の言い伝えはなくても神様になれる。君は世間を味方につけて、これまでの風潮を変えていくことになるんだ。これからの人で、女性で神職になりたくて、すこぶる美人で巫女服の似合う小日向なら、きっと世間も味方してくれるさ」


「すこぶる美人は余計じゃないですか?」


「言わなかったか? すこぶる美人な女性なら、何だって許される。何だって出来るんだ。少なくともネット社会は良い人間、それも女性で美人で良い人間はめいっぱい評価されるからな。できるだけやりたい事を突き通せば良い。そう思うよ」


 彼女が沈黙して何度か頷く。

 そしてにっこりと笑った。

 花が咲いたような笑顔だった。


「......はい。そうですね! やっちゃいますよ、私! とことんやって、みんなを味方につけちゃいますから!」


「ほいほい。その調子だ。頑張れよ」


 彼女の笑顔が眩しく光った。

 いや、物理的に光り輝いた。


「あ、初日の出」


「まさかこんなタイミングで昇って来るとはな。分かってるじゃないか、お日様」


 俺達は日に照らされて冷たい石から立ち上がる。


「今年もよろしくお願いしますよ」


「こちらこそ」


 向かい合って握りあって少し汗ばんでしまった手をギュッと強く握った。

 新しい良い一年が始まりそうな、そんな気がした。

 お前らもう付き合っちゃえよ!

 なんかそう言いたくなるような甘々な感じでした。

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