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彼女の姿は人の視線を集める

 俺の心臓は破裂寸前だった。


 小日向と歩くこと数分、俺達は徐々に周りの参拝客や他の巫女さん達からの関心の的になりつつあった。

 巫女さんと普通の参拝客が並んで歩いている。それも巫女さんの方はすこぶる清楚な女の子で一方の参拝客は凡庸とあれば、その関係を疑いたくなるのもいたって普通の心理だろう。


「えっと、ここが本殿でこちらが拝殿になります。ざっくり言うと本殿は神様が居る所、拝殿はお参りをする所といった感じですね。拝殿ではお払いも行っていて、新しい年の初めに心を浄化したいという人も多いです。どうします? お払いしてもらいますか?」


「俺は......どっちでも良いよ」


「私もどちらでも良いんですけどね......せっかくですし払ってもらいますか? まぁ、払ってもらうとしたら佐々木君だけ拝殿に入ってもらうことになるんですけど。私は巫女ですし清められていますし......それにお払いするのお父さんだし」


「なら今日は遠慮しておくよ。君を待たせるのも悪いだろう」


 小日向は周りの視線が自分達に集まってきていることに気がついているが、知らないふりをして平静を保とうとしている......のだろうか? あまりにも自然なふるまいなので気にしていないんじゃないかと疑ってしまう。だがこんな時、彼女なら誰にも気をかけさせないように俺にさえ緊張を隠し通すだろう。


「あのさ......今日の巫女の仕事は途中で抜け出しても良かったのか? 元日は忙しいんだろう?」


「あー、いえ。別に大丈夫ですよ。うちはアルバイトの巫女さんを雇っているので私は居ても居なくてもどちらでも良いんです」


「でも、お父さんとお母さんは忙しいんだろ?」


「父はお払いの為に拝殿に張り付きっぱなしで、母は巫女さんを統括しているので社務所から離れられないというだけで忙しいから抜け出せないという訳ではないんですよ。私が手伝いをしたいと言ったから手伝いをさせてもらっているだけなんです。私がこの服を着て手伝いをするのは、ただの私のわがままみたいなものなんです」


 その言葉の節々には自虐の感情を感じ取ることが出来た。

 家に一人でいるのが寂しいからなのか、神社で巫女さんをしたかったからなのか。彼女がなぜ巫女さんをしたかったのかは分からないが、きっと頼まれたからしているという訳ではないのだろう。

 彼女はそれを望まれていないけれど独りよがりでさせてもらっている、と解釈している。

 そんな考え方は少し悲しい。


「偉いよ、小日向さんは。手伝いを自分から願い出るなんて中々出来る事じゃない」


「......ありがとうございます」


 もっと励ましてあげたくて頭をなでてみようかと思ったが、やめた。

 俺にそこまでの事をする勇気はない。


「......次の場所へ案内してもらえるか?」


「はい! えっと、次に紹介するとしたら......おみくじですかね?」


「おみくじって、最後にひくもんじゃないのか? お参りの締めみたいなイメージがあるんだが?」


「別に私にはそんなイメージはないですけどね。まぁ、思い込みは人それぞれなので、その人のしたいようにすれば良いと思いますよ......どうします? 今、引きますか?」


「あぁ。引いてみよう」


 俺と小日向はおみくじを売っている場所についた。

 財布から百円玉を取り出し巫女さんの前に置くと、おみくじ箱とアルコール消毒液を差し出された。おみくじ箱を振る前にはアルコール消毒を、ということなのだろう。徹底している。


 ガラガラと木の棒が箱の中で音を立てた。


 ややあってストンと一本の棒が出てくる。

 それを見た巫女さんは机の下からおみくじの紙を渡してきた。受け取ってポケットに入れる。見るのは小日向がおみくじを引いてからでも良いだろう。


 彼女がおみくじ箱を振っている。

 なんだか巫女さんが巫女さんと向き合っておみくじを引いているなんてとてもシュールだ。受け渡しをする巫女さんが彼女に耳打ちをした。彼女は笑いながら何かを言っていたが、耳はほんのり赤くなっていた。


「何か言われたのか?」


「いえ、何でもありません。ただ、少し勘違いをされていたようなので、間違いを正していただけです」


 その勘違いとはもしや俺と彼女の関係なのでは、と思ったが、言い出すのはやめた。彼女がぼやかして言っているのだから、これ以上詮索しても良い事はないだろう。


「それよりおみくじ、何が出ました?」


「まだ見てない。一緒に見た方が良いだろう」


「佐々木君のそういう所、私好きですよ」


 小日向がそんなことをさらりと言った。恥ずかしがる暇も与えないものだから、それが今の場面では一番適切だったのではないかと思ってしまう。

 だから特に気にすることもなく「せーの」でおみくじを開いた。


「やった、大吉!」


「そうか、良かったな」


 俺は開いたおみくじを見つめながらそう言った。


「佐々木君は?」


「小凶だ。良くないというか悪いな。何か良くないことが起きないと良いんだが」


「まあまあ。凶も頑張り次第で吉に変わるんですよ! 気にしないで下さい!」


 大吉を出したことがよほど嬉しかったのか、俺の背中を叩きながら高笑いをする。


「吉も頑張らなきゃ凶に変わるからな。大吉はそれが特に顕著で大凶に変わるんだろう?」


「むっ。佐々木君、嫌なことを言いますね」


 小日向は頬を膨らませながら背中をつねった。

 痛い痛いと言いながら俺はおみくじを細長く折る。


「こういう悪いおみくじはどこかに吊るして帰ると良いんだろう」


「そうですね。ここに吊るして下さい。逆に良いおみくじはこうやって身から離さず持っておくと良いんですよ」


 小日向は指差しながら財布を懐から取り出した。本当にそんなところに財布を入れることがあるのか、と思いながら俺は鼻の下を伸ばした。つねる力が強くなったので本気で痛くなって背中を逸らせる。

 こんなところを傍から見たら、彼女と彼氏の関係だと言っても疑う人間は居ないだろう。彼女もそう思っているかどうかは分からないが。

 彼女は財布の中におみくじを入れ、懐の中に戻した。

 指差している先を見ると、沢山のおみくじが紐に括り付けてあった。


「ほら、これに括り付けるんですよ。そうすれば後でお払いされますから」


 小凶か。

 何が起きてしまうんだろうか。これまでの高校生活を思い出すと、色々あったがなんだかんだ良い思い出ばかりのような気がする。小日向と出会えたことが一番大きいかもしれない。でも、そんな小日向との最初の出会った時でさえ、あまり良い出会いとは言えなかった。

 俺の人生はどんな場面でもちっちゃな不幸がついてくるような人生なのかもしれない。

 そう考えると小凶というのは俺の人生を代表するものなのかもしれない。


 そんなことを考えながら紐に括り付けた。


「これで良いんだな?」


 そう言って振り返ってその光景を見て静かに驚いた。

 今までの自分達の姿がどうやら注目を浴びすぎたらしく、そこには俺達を少し距離を取って取り囲むように小さな人だかりができていた。


「ど、どこに行きましょう。次は――」


「とりあえず逃げよう」


 俺は彼女の手を取って、さながら逃避行のように駆けだした。

 佐々木君、小日向さんを連れてどこに行くんでしょう。

 というか、案内される側なのにそんなことをして大丈夫なんでしょうか。

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