来年もよろしくお願いします
大晦日の夜だというのに、12時を迎えることもなく両親は寝てしまった。
由香も雨姫も自室に戻りリビングに居る理由も無くなったので俺も部屋に戻り、かといって眠る気もなくぼうっと勉強机に向かっていた。
「はぁ......」
溜息を吐きながらスマホを触っていると、急に電話がかかってきた。
小日向さんからだった。
突然の電話に背筋を伸ばしながらスマホの画面をタップする。
「どうしたんだ? 急に」
『あ、いえ。別に用事があるとかではないんですけど......ほら、あと15分で12時じゃないですか。一人で過ごすのも寂しいので、誰かと電話しながら過ごせたらと思って......お邪魔でしたら切るんですけど......』
語尾をぼやかしながら不安げに聞いてくる小日向さんの顔は電話越しにも想像がつく。
俺は彼女の引け目を振り払うように笑いながら言った。
「いや、むしろ良かったよ。今年は由香が受験生だからあまりリビングで騒がしくするのも良くないだろうってことで早々に解散してしまったんだ」
『そっか、由香さん受験生ですもんねー。志望校はどこなんですか?』
「一応、うちの学校にしてるみたいだ。あっちの私立に行くには少々学力が足りないからな」
『お兄ちゃんと一緒に同じ学校に行きたいだけかもしれないじゃないですか』
「そうだったら嬉しいんだけどな」
小日向さんからお兄ちゃんと言われると、なんだかくすぐったい感じがする。嬉しさ半分、恥ずかしさ半分と言ったところだろうか。
それはそうと、家に受験生が居るというのは大変な事である。
受験生というだけでこれだけ気を遣わなければならないのだ。来年は自分がこの『受験生』なのだと思うと、あまり良い気はしない。
「そういえば小日向はどうして一人なんだ?」
『私の家は神社やってますから。年末年始はずっと神社の方にいるので、私は一人になることが多いんですよ。昼間は私も手伝える時は手伝ってますけどねー』
「そうか......そんな苦労もあるんだな」
『毎年の事なので別に苦労っていうほどではないですよ』
アハハと乾いた笑いが耳に届く。
考えてみれば小日向家にとって、一年で一度、一番忙しいのはこの時期だ。小日向さんだけ家で一人というのも珍しくないのかもしれないが、それは少し寂しいような気がする。
確か小日向さんもこの時期は巫女として巫女服に身を纏い神社の手伝いをしていると聞いたような気がする。
「じゃあ俺も年が明けたら君の巫女服姿でも拝みにそっちに行くかな」
『別に忙しいので来なくても良いですよー』
「せっかくの小日向の晴れ着姿なんだ。見ておかなくちゃもったいないだろ」
『あんまり見られるのも恥ずかしいんですけどねー......分かりました。佐々木君がそこまで女の子の巫女服の姿を見たいというのであれば、こちらも迎え撃つしかなさそうですね』
何だか表現が物騒だ。
もしかしたら巫女服を見られるのが恥ずかしい彼女なりの照れ隠しなのかもしれない。
『もう少しで来年ですかー』
時計を見るとあと5分で12時になっていた。
「カウントダウンでもするか」
『今からですか?』
「あと10秒ぐらいになったらだよ」
『良いですね。私も一回そういうのやってみたかったんです。年越しの瞬間にジャンプして年越しの瞬間に自分は地球に居なかったーとか』
「なかなか可愛いな」
『えっ?』
「いや! こどもっぽいというか、そういう意味の可愛いで――! って、どっちにしろ弁解にもならないな」
可愛いという言葉に反応されると、つい照れ隠しが出る。どこまでもヘタレ根性が身に染み付いていて離れない。
サラッと言えたら――せめてこういう関係ないとき狼狽えずに否定出来たら良いのに、と思う。
「そ、そんなことより、来年したいこととかないのか!? 俺はそうだな......新しくショップに置いてあったガンプラとか買いたいな!」
『来年ですかぁ......来年は受験ですからねー。やりたいことっていうより、やらなきゃならないことの方が多いような気がしますねー。まずは3年のクラス替えからですねー』
「あー、クラス替え......」
うちの高校ではクラスはほぼ成績順で決まっている。文系、理系でも分かれており、理系の1番が自分たちのいる1組である。
「数学さえできればどうにかなるだろうけどね。他の教科はわりと良く出来ているから」
『やっぱり佐々木君からそういうことを言われるのはちょっとイラっとします。そういう佐々木君は大丈夫なんですか』
「俺はどうにかなるさ。なんだかんだ言っても成績良いからな」
『そういうところがイラっとするんですよー!』
小日向が頬を膨らませている姿が目に浮かぶ。
「まぁ俺は来年も小日向と一緒だったらどこでも良いかな」
「あー......っとー」
「今のは無し! 忘れてくれ!」
『私も一緒が良いですよー!』
くすくすと笑う声が聞こえる。
きっと彼女は俺が今赤面している姿をまじまじと思い浮かべていることだろう。
俺にもわかる。からかわれている。
なんだか気持ちで負けている気がする。
こんなことじゃダメだ。
どうせなら相手が赤面するぐらい言ってやらなければ!
「あー! 俺は君と一緒のクラスが良い! 君と一緒のクラスになれたら俺の学校生活はとても華やかになる! 断言しても良い! 俺はものすごく君と一緒のクラスに......」
そこで俺の羞恥心は許容ラインを振り切った。
顔を伏せて倒れ込む。
完全に自滅した。
除夜の鐘が鳴り響く。
「カウントダウン......いえなかった」
こんなんで年越して良いのか?
なんだかすごく申し訳ないことをした気がしてきた。すぐ自己嫌悪モードになる。
『最後まで言えたら佐々木君の勝ちでしたね』
「え?」
『なんでもないです。良いものを聞かせてもらいました。今年もよろしくお願いします』
「あぁ、今年もよろしく」
そう言った後、すぐに電話は切れた。
彼女の声は少し上ずっていた。
もしかして最後まで言えたら勝ちというのは、最後まで言ったら彼女が本気で赤面していたということなのでは?
……流石にないか。
あの小日向さんが赤面して声も出なくなるようなところなんて見たことがない。
本当にそうなったとしたら、見てみたいな。
そんなことを考えながら布団に潜った。
もちろんその時の俺は、小日向さんが電話を切ってから悶絶していたことなんて知る由も無いのだった。
年末最後の投稿でした!
皆様も良いお年を!