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俺は大学に行かせてもらえるのだろうか

 なりたいもの、か。


 俺は自室で学習机に頬杖を突きながら、以前小日向さんに言われたことについて考えていた。

 何になりたいか、具体的な物なんてまだ考えなくても良いのではないかと思っていた。

 もう少し勉強をしたり年を重ねたりして、気長に考えれば良いと思っていた。

 大体、明確に行きたいと思えるような大学すらないのに、何故勉強をしているのか。それにもあまり疑問を持たなかった。


 そもそも俺は大学に行かせてもらえるのか?


 そんなことすら考えたことが無かった。

 親父もおふくろも俺と血は繋がっておらず、俺も由香も雨姫もみんな里子だ。

 親父は神父でおふくろは日中パートに出かけている。

 そんな不安定な収入なのに、俺を大学に行かせることが出来るのか? 俺にそれだけの自由は与えられているのか?


 ガチャリと玄関の方で音がした。


「ただいまー」


 ちょうどいい機会だ。

 俺がどんな未来を選ぶことが出来るのか、確認する必要がある。


--------------------


 親父が帰ってくると、夕食が始まる。

 テレビのバラエティーを見ながら家族でご飯を食べ進め、みんなほとんど一斉に食べ終わる。

 いつもなら食べ終わると自室に戻り風呂の順番が回ってくるのを待つのだが、今日は違う。


「親父、ちょっと話がある」


「どした? テストで0点でも取ったのか?」


「それだったら言わないし、そもそもそんなもん取る訳ないだろ......もうちょっと大事な話だ」


 俺が真剣な表情で話そうとしているにも関わらず話を遮るように茶化し、50歳ちょっとの年甲斐もなく若干の茶目っ気を残しつつ、見た目だけダンディーなおっさんになってしまった男。

 それこそが俺の親父。俺の昔のお父さんの叔父さんに当たる人だ。

 親父は俺の向かい側の椅子に座り直した。


「話ってのは何だ?」


「......俺は大学に行って良いのか?」


「あー、別に良いけど、何かしたいことがあるのか?」


 俺にとっては大学に行くことは既定路線だと思っていたのだが、親父にとってはそうでは無いのかもしれない。


「したいことは無いんだ。夢もない。だからそれを見つけるために大学に行きたい......それじゃダメかな」


「あー......」


 父さんに学があるかと言われれば分からないと答えるのが正解だ。

 神父になるための勉強は積んでいるだろうが、大学に行くのが普通とかそういう環境で育っていたかどうかは分からない。


「別に良いんじゃないのか? そういうのもアリだろ。実際、お父さんたちの時代は大学なんて遊ぶ時間を稼ぐためみたいなものだったし、そういう選択肢も良いと思うが」


 そういう意味ではない。

 別に大学に行ってキャンパスライフを楽しみたいとかそういうことではないのだ。

 俺は勉強をしながら将来になるべき者を見つけたいだけなのだ。

 別に遊びに行くわけじゃない。

 そんなのはお金の無駄だ。


「そんなに遊びに行かせるような金がウチにあるのか?」


「あると言えばある。お父さんの知り合いにうちの教会の事情を知ってるお金持ちの人が居るんだが、その人に話せばお金は寄付してもらえると思う」


「なんだそれ......」


 そんな話、初耳だ。もしもそれが本当の話だとしたら、俺達はその人のお金で生活していることになる。

 教会はそんなに儲からないはずなのに、俺達が不自由なく暮らせているのにはそういう理由が在るのかと思うと、何だか納得してしまいそうになる。


「だから別に大学に行っても構わないが――」


「ちょっと待ってくれ。大学に行く理由をもっとちゃんと身に付けろとか、そういうことには何の関心もないのか?」


「関心がないってのとはちょっと違うけどなぁ......お前のしたいようにすれば良いと思うよ」


 俺はその言葉に少しずつ苛立ちを感じ始めていた。

 まるで自分がどんな大学に行くかに全く興味がないような口調だ。期待や重圧を感じさせるような親がいるというのは聞いたことがあるが、ここまで子の進路に興味がない親というのも珍しい。

 それとも、自分が本当の子供ではないからここまで無頓着になれるのか。


 俺は何とも言えないもどかしさが喉の奥から込み上げてくるような感じがした。

 怒りにも似た感情だが、多分怒りではない。もっと自分を相手にしてほしいとか、そういう子供っぽいの感情だろう。

 しかし。

 それだけ分かっていてもこの感情は抑えられなかった。


「したいようにすれば良いって......そんなに大学って簡単に決めて良い物かよ! もっと『入るなら出来るだけ良い大学に行け』とか『志が無いなら入るな』とか色々あるべきなんじゃないのかよ!」


 思わず大きな声を発してしまった。

 キッチンで洗い物をしていたおふくろまで振り返る。

 自分はこんなに沸点が低い人間だっただろうか。思わず自己嫌悪になりそうになった。

 親父はキョトンとした顔をしていた。

 自分の発言のどこが気に障ったのか理解していないようだった。


「なんか......すまんな。でも別に関心がないからとかじゃないんだ。お前が本気なのは分かったし、お前が目指す道なんだからお前のしたいようにすればいい。そう思ってるだけなんだ」


 そうじゃない。

 自分は親父の意見が聞きたいのだ。


 大学に行かせる金は決して安い金じゃない。

 それを払うのだから、それ相応の期待があっても良いはずだ。『こうなってほしい』とか『こうしてほしい』とか。

 そういうのが全く無いというのは少し不自然に感じられる。

 だから俺は怒鳴っているのだ。


 どうしようもないもどかしさが喉の奥から張り裂けそうになる。

 その時だった。


「そんな言い方じゃ伝わりませんよ。お父さん」


 キッチンに居たはずのおふくろが俺の後ろに立っていた。

 親父はその姿を見てホッと胸をなでおろしたようだった。どうすれば良いのか分からなくなっていたのだろう。

 そしておふくろは俺の隣の椅子に腰を下ろした。

 いつになく佐々木君が感情的ですね。

 これも心境の変化によるものなのでしょうか?

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