そして俺達は出会った
「そんなトシと俺が出会ったのは、ちょうど小学校中学年ぐらいの頃だった。まぁ、学校で同じクラスだったという意味で言えば小学校の1年からずっと同じクラスだったんだが、その頃はただ同じクラスに居るってだけでお互いの事を何も知らなかったんだよな」
ようやく俺も傑の回想の中に登場してくるという訳である。
はて、小学校低学年の頃の俺はどんなだったか。
......あまりいい思い出はない。
「あの頃のトシは、教室の隅っこで誰とも話さないようにしてるような奴だったからなぁ。正直、知り合う前の時の記憶はあんまり思い出せないんだよな」
「そうなんですか?」
「まぁ、俺はダメチートに振り回されることが多かったからな。その頃は誰がどこでチートを使ってるかとか、どんなチートを使ってるかとか分析する力も無かったから、ダメチートが発動してしまったら微動だにしないことが正解だと思っていたんだ」
「それでもトシの周りでは変なことが沢山起こるとは聞いてたなぁ。気味悪いヤツだと思ってたよ」
そう思われても仕方ない。
突発的に発生したダメチートによって空に浮かんだり、箸や鉛筆が折れたり、時には大事故につながりかねないことまで起こしていた。実際、両親は俺のダメチートによって殺されたと言っても過言ではない。
自分で言うのもなんだが、俺はとても不運な子供だったと思う。
「俺は傑の事を......良くは思ってなかった。傑の事をチーターだとは思っていなかったが、それでも力に任せて横暴を働くような奴は嫌いだったんだ。だからと言って、俺に何かが出来る訳じゃないから、何も口を出さない」
「周りの奴はみんなそんな感あったし、今から思えば俺と仲良くしてくれてたやつらも元の所は傷つけられたくないって考えだったんだろうなぁ」
そう考えると傑がいたたまれないように思えてくる。
力を持っても優しさが無ければ結局のところ活かせない。それに気づくには俺達はまだ幼すぎた。
「互いに互いが良く思っていない。しかも俺はめちゃくちゃ頭に乗ってる。トシはチーターが嫌いなのに、チーターということを抜きにしても俺が嫌い。そんな思いを抱えたまま俺達は出会っちまったわけだな」
「一言で言えば、これ以上考えられないほど関係が悪化している状態だったというわけだ」
その日は雨の日だった。
やはり俺と雨は縁があるのだろう。
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あの日、俺はトシを見かけた。
俺はいつも通り訳もなく鬱憤を感じて、それを晴らすように頭の働かない馬鹿なクラスメイトをいたぶっていた。
雨の中、砂利道の上で傘を差しながら、もう片方の腕でクラスメイトの胸倉を掴んでいた。
クラスメイトは雨に濡れた土砂を体にまとい、制服もひどく汚れてしまっていた。
そんな中、トシはこちらから目を逸らし、気づかないふりをして通り過ぎようとした。
ほとんどの人間はトシと同じ行動をとる。
そのころの俺にはまともに諭してくれる人なんて一人もいなかった。自分より弱い人間に諭された所で素直に従う訳も無かっただろうが。
遠くから白い軽トラがやってくるのが見えた。
だが誰かがやって来たところでクラスメイトをいたぶることに躊躇はしなかった。そのトラックに乗っているのは近所の畑を耕しているおじさんだということは一目で分かったし、そのおじさんであれば自分の悪行を言いふらしたりすることは無いであろうということは即座に分かった。
だから悪行を見られまいと隠すことも取り繕うことも無かった。
そしてトシが俺とすれ違おうとした時にそれは偶然起こった。
軽トラが水たまりの中にタイヤを沈ませて、水を跳ね上げたのだった。
俺は慌てることもなく、肉体強化を使ってクラスメイトを持ち上げて盾に使った。俺の反射神経も肉体強化の影響でかなり高い。だからそれぐらいのことは訳なく出来た。
だけど、その水しぶきにトシは思わず自分の体をかばった。
そして俺にぶつかって来たんだ。
今思えば、それはダメチートの影響だったんだろう。
俺が肉体強化を発動させたことによって、筋肉の思わぬところに力が入って体がよろけてしまったんだ。
そのことにまで気を払えなかった俺はトシとぶつかって尻もちをついた。
尻もちをつくなんて何年振りだっただろうか。
その時の俺は、一片の欠けているところもないほどの自信を持っていたから、そんなことで尻もちをついてしまったということさえ許すことは出来なかった。
トシは起き上がって「ごめん」と言った。
そしてそのまま通り過ぎようとした。
ただ、その時チラリと俺を見た。別に他意があったのかは分からないが、その時の俺にはその目が俺を蔑んでいたように見えた。
思えばそれは、俺が悪い事をしているという自覚があったからそう見えたんだろうな。
トシが心なしか足早に帰ろうとしていたのは、チーターである俺から遠ざかろうとしたんだろうな。
あのダメチートの発動のタイミングから俺がチーターであることにある程度の確信を持ったのかもしれない。
『おい、このまま帰るつもりかよ』
そう言って、俺はいたぶっているクラスメイトの胸倉から手を放し、その代わりにトシの胸倉を掴んだ。
じゃあどんな言葉や態度を取れば無事に帰れるのかって話だけど、多分そんな方法はない。俺の気が済むまで俺に付き合うしかなかったんだ。
『......やめてください』
トシはそう言った。
思えば「ごめんなさい」ではなく「やめてください」だったのは一種の敵対視の表れだったんだろう。
俺の事を良く思っていなかったからこれ以上謝るよりも拒否の受け答えを選んだんだろうな。
俺も本能的にその敵意のようなものを感じ取った。
だから俺はトシを押し倒した。
頭に血は昇っても殺すつもりはない。殺せば大ごとになる。だから殺さない。
手加減は普通にできていた。
だが、トシの方はどうだっただろうか。
チーターによる理不尽な暴力。
能力の正体にまだ気が付いてない状態。
当然、手加減など出来るはずがない。
トシは俺の手を掴み、離そうとして力を入れた。
手首からぎゅっという音が鳴った。聞いたことのない音だった。
その瞬間、俺は気が付いた。
俺以外にも俺のような存在が居たことに。
後半は傑君の独白でした。
次回、傑君と佐々木君はどうなってしまうのでしょうか。