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負けられない戦いが始まる

 そして試合当日。

 起床して間もない由香と、なりゆきで付いて来た雨姫を携えて試合会場の路肩に辿り着く。

 そこには早朝にしては多い人だかりができていた。


「おー、やっと来たか! 遅いぞ、トシ!」


「ヒーローは遅れてやってくるってか! 英雄的な記事に仕立て上げるならアリだね、アリ。一枚撮っとこう!」


「主役より観客の方が早く来るなんて、人気者ね。佐々木君」


「おー、もう来てたのか......って、傑と稲原さんが来ることは知っていたが何で新浜さんがここに?」


 その言葉を聞いて横から得意気に小岩井が飛び出してくる。

 こんなに寒いのにやはりぴっちりとしたタンクトップを着ている。こんなに寒そうなのに寒さを感じさせないのは、彼の持つ熱気や圧が凄まじいからだろう。


「新浜さんは陸上部のマドンナ! 陸上部としてこの僕を応援するために、わざわざ早朝から足を運んでいただいたのですよ! ヒョロナガにも応援は来ているようですが、僕もそれなりに人望があるということですよ!」


「というわけで頑張ってね、佐々木君。私は佐々木君の味方よ」


「唐突な裏切り!?」


 小岩井は目玉が飛び出そうなくらい驚いている。小賢しいヤツかと思っていたが、意外に純情なところもあるのかもしれない。


「ま、まぁ、良いですよ。勝つのは僕です。勝ってこの流れを完全に僕の物にしてみせましょう」


 その言葉には確信が見て取れた。自分の勝利に自信があるのだろう。

 彼は一週間前の俺の練習風景を見ていた。ずぶの素人だということはすぐに理解できただろうし、素人だということを知っていて勝負を挑んできたのだ。


「ではルールを説明するヨ!」


 ずいっと間に入ってきたのはフランだった。


「君たちにはこの坂の上から見える一周の道路を競争してもらうネ! 一周は大体400m! かなりキツイと思うけど頑張るデスヨ!」


「ほう。400mと言えば、僕の十八番(オハコ)じゃないですか。わざわざ僕の土俵で勝負させてくれるなんて、随分と気が利いていますね」


「シショーならお前のバトルステージでも難なく蹴散らしてくれるネ!」


 ギリッ......と歯ぎしりの音がした。

 ここまでコケにされて黙っていられるような人間ではない。しかも比較対象は俺だ。こんな男と比べられて、ここまで色々な事を言われるとは思ってもみなかっただろう。


「ちなみに、参考までに伝えておくと僕の400m自己ベストは58.03です。素人でも鍛えている人にでないと負けるとは思いませんよ」


「うぐっ」


 400m58秒、このままでは分かりにくいので8で割ると50m7秒ぐらい。練習前の俺は50m8秒台を走っていたから手も足も出なかっただろう。それを安定して400m走れるとなると、50mの全力疾走は多分もっと速い。

 だが今は違う。一週間と少し、俺は練習を頑張ったのだ。そんな短期間で何が変わるのかと思うかもしれないが、短期間でも練習の効果を実感できるぐらいには成長したのだ。

 タイムを一秒も縮められているかどうかは分からない。でも必ず勝ってみせる。


「では両者、スタートラインについて!」


 スタートラインと思われる紐が地面に置いてある。俺はかけっこの時のように立って走り出す構えをした。俗に言うスタンディングスタートというヤツだ。

 対して小岩井は両手を地につけ腰を上げている。クラウチングスタート......だったっけ?

 ともかく、スタートの合図はフランに教えてもらっている。

 俺は静寂の中でその言葉が聞こえるのを待った。


「On your marks. Set. Go!」


 俺が一歩目を駆けだした瞬間、周囲の風景がゆっくりと動き出した。

 そのゆっくりとした時間の中で、男だけはぐんと推進力を得て自分よりも先を行く。

 一瞬、チートかと見紛ったが、これが人間の力だ。

 それを理解したのは相手が数歩進み、自分が一歩目を地に付けた時だった。


 これがこれまで陸上をしてきた人間の力。曲がりなりにも彼は陸上部で、ずるがしこい手も使うがちゃんとそれなりに努力はしているのだった。


 一週間で勝てると思っていた自分が間違っていたのかもしれない。

 そう思って下を向きかけた瞬間だった。


 不意に視界の端に人影が写った。

 応援の観衆はもう後ろにいるはずなのに、あそこで立っている人物はしっかりとこちらを見ていた。偶然通りかかった人ではないだろう。

 俺は自然とその人に視線が引き寄せられていた。


 その人物は俺と視線が合って小さく手を振った。

 その姿でその人物が誰なのか、理解した。


 何で俺はまだ数歩しか走っていないのに、諦めようとしているんだ?

 圧倒的な力の差があるからか? 恐るべき速さで間が開いたのを目の当たりにしたからか?


 そんなのは諦めて良い理由にならない。

 元から分かっていたではないか。彼と俺の積み上げて来た物は違うと。

 それゆえに、万に一つの可能性に賭けて、その可能性を少しでも大きくするために様々な手を使って練習したのではなかったか。


 それに見せられない。

 小日向の前で諦める姿なんて。


 食らいつく。

 死んでも食らいついてやる!!


--------------------


 新浜は、慣れないフォームだが引きはがされないように必死に走る佐々木を見て、少し驚いていた。


「思ったより差が開いていないわね」


「シショー、これまで頑張ってきたヨ。そんなに簡単に引き離されるわけないネー!」


 佐々木君が必死に数歩前を行く小岩井君に食らいついている。

 私の予想ではもう少しスタートダッシュで後れを取るだろうと思っていたのだ。

 洗練されたフォームと掛け声に合わせる勘を養ってきた陸上部がスタートに強いのは当然の話。それに滑らかな加速まで合わせれば素人が勝つ余地なんて一つも残されていない。


「ねぇ、新浜さん。400m58秒って強いんですか?」


 そう尋ねてきたのは佐々木君の妹の由香ちゃんだ。眠たそうな目を擦らせながら、佐々木君の姿を目で追っている。


「そうね......強いと言えば強いし、そうでも無いと言えばそうでも無いわ。ただ素人が勝つとなると相当に体を鍛えるか、運動系の部活に所属して日常的に走らされていないと勝つのは難しいでしょうね」


「そうですか」


 大体、地方地区予選に出るために県大会で叩き出さなければいけないのが50秒。そこと比較すれば小岩井君のタイムは遅い。

 しかし、何もしていない人は全力疾走で400m走り切るだけでも至難の業である。

 フランは当然、そのことを考慮に入れて練習メニューを組んでいたはずである。

 おそらく、何度もここを走らせるなどしてこの地形に慣れさせたのだろう。


「しかし、考えたわね。相手の土俵で相撲を取ろうとするなんて」


「だからこそ、勝ち目があるのデース。小岩井はそこらへんを何も分かっていまセーン」


 そう。

 この地形は少し特殊である。

 果たして小岩井がそのことに気が付いているかどうか。


「気が付いていなければ......」


「シショーはきっと勝つのデース!」

 どうやらフランと新浜には何か思惑があるみたいですね。

 最初は差をつけられていましたが、果たしてこの差を縮め、勝つことが出来るのでしょうか!?

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