俺は成長した
いつもより早く教室に辿り着く。
ここでこれから行われることはあまり他人には見られたくない。
ここには今、二人きり。
「はーい、ゆっくり筋肉に力入れてー」
「あだだだだだ! あー!」
肉体強化の応用。肉体再生の真っ最中だった。
傑の肉体強化は肉体を一から作り替える。筋肉は増殖を繰り返し、骨格は皮膚を食い破りながらより大きく体を成長させる。能力の発動をすれば徐々に強化させた肉体は萎む。この時、体の補強を行いながら体を元の形に戻すのだという。
その肉体の補強を主の能力として扱えば、俺が今朝に損傷した筋肉も元に戻せるという訳だ。
体の痛みが少しずつ引いてくる。
筋肉が成長したかどうかは良く分からないが、多分成長していると思う。
これで一週間の間、一日もインターバルを開けずに練習だけに集中することが出来る。
「朝早くに呼び出して悪かったな。それに一週間の間は毎日早く来てもらうことになりそうだ。すまん」
「まぁ、こんなにあからさまにチート使ってるとこ見られるのは不味いしな。それにトシの頼みじゃ断れないぜ。俺とトシは運命共同体だからな」
「なんか、企んでないか? お前が真正面から親切なこと言ってると違和感が半端じゃない」
「なぁに。トシが本気で頑張ってるなら俺は応援するさ。滅多にないからな......つってもこの頃はわりと本気出しっぱなしじゃないか? トシの成長を実感する今日この頃ですよ」
確かにこの頃はかなりやる気を出して物事に取り組んでいる。やる気スイッチが硬い俺らしくない。
「それもこれも愛しの小日向さんのおかげなんだろうなぁ」
「なんか言ったか?」
「いや何も」
何かボソりと聞こえた気がするが聞き流すことにしよう。あまり追求しすぎると俺が自滅しそうな気がする。
「それよりさ。こんな面倒臭い方法使わなくても俺のチート使えば一発だろ。どうしても負けたくない勝負なら手貸してやるけど」
面倒臭い方法......このチートを用いて筋肉を回復させ通常よりも速く成長させる方法の事だろう。
確かに面倒臭いと言われればそうだ。これは面倒臭い。
傑が試合の時に来てちょっと手を貸すだけで俺は勝つことが出来るだろう。その方が傑にとっても手間はかからないに違いない。
しかし......
「あー、上手くは言えないんだが、それは......フェアじゃない。この試合にはフランの覚悟とか俺に対する信頼とかがかかってるんだ。だから傑のチートを使って相手に勝つのは何か違う気がする」
「でもそれだったら俺の能力使って筋肉再生させるのもフェアじゃないんじゃないか?」
「そこなんだよ......それは、そのー、練習の延長線上というか、筋肉の成長は俺の努力とちょっとのアシストだし、あのーだな、直接試合に関わってるわけではないから大丈夫というか、そもそもどんな練習をするかは自由というか、相手も練習をするのは分かっているからノーカンというか――」
「ぷっ、はーっはっはっは!!!」
「はえ?」
俺が必死に説明しているというのに、傑は笑い出してしまった。
正直、自分でも何を言っているのか分からない感じはあった。
こう、上手くこのセーフのラインを説明することが出来ない。こんな説明で果たして伝わるだろうかと思いながら話し始めたは良いものの、途中から自信も無くなってきた。
傑は笑いすぎて涙が出て来たのか、ごしごしと目を擦った。
「俺、トシのそういう所が良い所だと思うよ。尊敬できる」
「そうなのか? 正直、お前が何で納得してるのか俺は良く分かっていないんだが」
「大丈夫。お前は十分、この試合に真摯に向き合ってるよ」
その言葉の意味は測りかねるが、とにかく伝わったのなら良いだろう。
「俺、やっぱりトシの試合見に行くよ。朝早いだろうけど」
「別に助けはいらないぞ」
「大丈夫。応援しに行くだけだから。手は絶対に貸さないから安心しろ」
「......おう。ありがとう」
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あれから6日が経った。
辛く厳しい練習だったが、何とか耐え抜くことができ、本当に6日間しか練習していないのかと思えるほど俺は成長した。少なくとも自分で成長が実感できるぐらいには成長した。
明日はとうとう試合が迫る。
「おにーちゃん。宿題おすぇーて」
「明日は早いから今日は明日に供えて早く寝ないといけないんだ」
「この頃、ずっとそーじゃん。ジョギング帰って来たらボロボロだし」
この一週間、由香とあまり話していないかもしれない。
妹にそのことを教えられて気づくようでは兄失格である。
「すまんな......だが、明日は特別なんだ」
「何かあるの?」
「ちょっと陸上部員と試合があってな」
「......ふーん」
思ったよりも反応が薄い。
帰宅部の俺が何があったか陸上部とかけっこで対決するのだ。もう少し驚いても良いのではないか?
「何でそんな試合をするのかとか聞かないのか?」
「別に。おにーちゃんがこの頃張り切ってるから何があるのかと思ったらそういうことかぁ」
「そんなに家でも張り切ってるオーラ出してたか」
「めっちゃ出してたよ。気づいてなかったの?」
気づかなかった。周りに気を配ることが出来ていなかった。
どうやら俺は家族に知らず知らずのうちに気を遣わせていたらしい。何かに集中すると周りが見えなくなってしまうのは悪い癖だ。
「なんか、色々とすまんな」
「......いやー、おにーちゃんも変わったねぇ。妹としてとても嬉しいよ」
「傑にも言われたんだが、そんなに変わったか? 確かにやる気スイッチはかなり軽くなったと思うが」
そんなに目に見えるほど変わっただろうか?
一週間前に比べると筋肉は少しついたと思うが。多分、由香が言っている変化はそう言うことではなくて心境の変化というヤツだろう。
「変わったよー! 今のおにーちゃんはねぇ、なんか、普通の男子高校生って感じだね」
「......それ褒められてるか?」
「褒めてる褒めてる。んー、なんていうか、おにーちゃんに足りなかったところが埋まって前よりレベルアップした感じ」
「それは......褒められてるな」
言っていることは良く分からないが、褒められている事だけは分かる。
由香は俺以上に俺の事を良く知ってくれているだろうから、多分ほんとにそうなったのだろう。
由香は何かを思いついたように何度か頷いた。
「ヨシ。私も一肌脱いでおにーちゃんを応援してあげよう!」
「別に来なくても良いぞ。受験もあるんだから」
「おにーちゃんは私の応援がほしくないのかー!!」
「まぁ、あるとありがたいが......由香ちゃん、朝よわよわじゃないですか」
「そこはーー、宇鷹ちゃんに助けてもらいます」
俺は長く溜息を吐いた。これはなし崩し的に雨姫も応援に来るということなのだろうか。
だが、心の底ではちょっぴり嬉しかった。
これだけ自分の事を応援してくれる人が居ることはなかなかあることじゃない。
心が温かくなった。
「まぁ、どうなるかは分からないがとりあえず頑張ります」
「大丈夫、絶対勝てるよ。おにーちゃんが本気出して、出来なかったことなんて中々無いんだから」
「それは買いかぶりすぎだろ」
「妹の個人的なお気持ちなのでモーマンタイです」
ここまで信頼されると逆に緊張する。
とりあえず明日の為に早く寝よう。
由香と別れてベッドに入れば、緊張はすぐに疲れに押し流されてしまった。すぐにぐっすりと眠る。
そして俺は試合当日の朝を迎えたのだった。
今回は佐々木君、褒められてばっかりでしたね。
ダメチーターの連載を始めてはや一年と半年ちょっと。かなり佐々木君も最初に比べて成長しました。
もう一年半ぐらい。一緒に成長を楽しんでもらえると幸いです。