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俺は意外にも色々な人から信頼を寄せられているらしい

「何で俺が陸上部と対決なんかしなくちゃならなくなったんだ......?」


 その後の学校の教室で俺は頬杖を突きながら愚痴をこぼした。教室の雑多なざわめきにかき消されていくだろうと思われた愚痴は思いもよらぬ所で掬い取られた。


「あの陸上部の悪名名高い小岩井に勝負を挑まれるなんて、いやートラブルメーカーを探ると話題に事欠きませんなぁ」


「稲原さん......? もう、嗅ぎつけたんですか」


「そんな! 人の事をまるで犬みたいに! 佐々木君が人の事をそんな風に扱う人だとは思いませんでした!」


 さも悲しんでいるという風に子芝居を打ちながらすり寄って来るのは稲原咲希である。

 野次馬根性が光る新聞部の同級生。この人の情報網がどんなふうに出来ているのかは知らないが、今日の朝に勝負を挑まれたのに朝のホームルームが始まるころにはそのことを知っているのだから驚きである。

......といっても毎回そんな感じだから、もう驚きもしなくなったのだが。


「はいはい。で、どんなことが聞きたいんですか?」


「むっ、冷たい。佐々木君なら私の全身全霊をかけたボケも無下に流さず、もうちょっと良いツッコミを入れてくれると期待していたのに......最近、佐々木君の態度が冷たいということを拡大解釈しつつ皆に広く知らせますよ?」


「新聞部としてその脅し方はどうなんですか......」


 それはつまり悪いデマ情報の噂を流すということじゃないか。そういう脅しは事の真実を追求するという新聞部の在り方として間違っているのではないかと俺は問いたい。

 稲原さんは「そうそう、そんな感じのツッコミ!」と言いながらメモ帳を取り出した。何やらびっしりと書かれているようだが、何が書かれているのかは字が細かすぎて良く見えない。


「一週間後の早朝に三島柳の東の方のあぜ道で陸上部の小岩井と勝負。佐々木君が勝ったら小岩井は佐々木君がフランちゃんの師匠であることを認め、小岩井が勝ったらフランちゃんは陸上部に入る。いやー、普通に考えて色々おかしいところのある勝負ですが、間違いないですか?」


「俺も何でこうなったか、納得のいく説明をしてほしいぐらいです......この短時間でよくそこまで調べ上げましたね?」


「まぁ、本人が言いふらしてますからねー。『佐々木とかいうヒョロナガには感謝してますよー。だってあのフランチェスカさんをこんな形で陸上部に入部させることができるんですからー』とか得意げに話してますよ」


 絶妙に似ている声マネだ。内容もおそらく本人が言っていたことなのだろう。

 稲原さんは声マネをしながらも嫌そうな表情をしていた。どうやら悪名名高い小岩井という言葉からも察することができるように小岩井というのは良いヤツではないらしい。


「でも普通に考えて俺の負けでしょう。勝ちを確信するのも無理はない」


「ところがどっこい、下馬評は真っ二つですよ。普通に陸上部の小岩井が勝つという意見と小岩井に負けて欲しいという意見で割れてます」


「まるで今年のアメリカ大統領選挙のトランプとバイデンじゃないですか」


「まぁ、他の少数の人たちは実績も気にしているみたいですよ。去年のクラス対抗リレーには小岩井も出ていたみたいなので、実質的に佐々木君は一度相手に勝っていることになります。そういうことも鑑みて佐々木君に一票入れる人も居ました」


 一体どれだけの人に話が知られているんだ? というか小岩井、しゃべりすぎだろ。なんだか小岩井が嫌われている理由が分かった気がする。

 ともあれ、俺にも表が入っているのは驚きだ。


「あ、そうだ。当日は私も現地に行きますから。私は佐々木君を応援しているので」


「何故ですか?」


「その方が記事にした時に面白くなりそうだからに決まってるでしょう」


 ひどい対立煽りだ。

 稲原さんらしい。


--------------------


「ホラ! もうワンセット! そんなんじゃフリーザどころか、ナッパにすら勝てないネ! もっと極限まで追い込んで進化するデスヨ!」


「俺はぁッ、サイヤ人じゃ......ねぇ!」


 どさりと膝から落ちるようにしてアスファルトに倒れ込む。

 フランはストップウォッチを眺めながら何とも言えない表情をしていた。


「どんな、感じだ?」


「ンー、万に一つの賭けでもしかしたら勝てるかも、ぐらいデスネー」


「だめじゃん」


 それだけ言って完全に倒れ込む。

 今日の朝は走り込みをずっとしているが、その程度のタイムしか出ていないのだろう。当然と言えば当然なのではあるが。


「そう言えば、どうしてフランは陸上部に入らないんだ? そんだけ鍛えてるし知識もあるところを見ると、転校してくる前は陸上とかやってたんじゃないのか?」


「鋭いデスネ。流石、シショー」


「まぁ、他のクラスメイトも大体想像はついてると思うけどな」


 フランはストップウォッチをずっと見つめたまま黙っている。見つめているのはストップウォッチを通した過去の自分だろうか。

......もしかして悪い事を聞いてしまったのではないだろうか。


「話したくなかったら別に話さなくても良いのだが」


「いえ、そうでは無いデス......ここに転校してくる前はミーも陸上部に入っていました。陸上で結果が出るのは楽しかったし、陸上であれば言葉でなくてもタイムで語り合うことが出来るので陸上のことは好きだったデス」


「だったら何で陸上部に入らなかったんだ?」


「ミーは今でも陸上は好きデス。でもシショーに会いました。シショーは友達が出来そうな性格ではありません。私と同じデス。でも周りには沢山の人が集まっていマス。そんなシショーは陸上をやっているミーにはない楽しさを知っているように思いました。だから一度陸上から離れて違う楽しさを楽しめるようになった方が、未来のミーが楽しめると思ったのデス!」


「なんか、褒められてるようなけなされてるような、過大評価されてるような正当な評価をされているような......むずがゆい感じがするな」


 フランから見た俺は一体どのように見えているのだろうか。

 俺なりの人生を謳歌しているように見えたのだろうか。

 師匠という意味もその場で作られたノリではなく、もう少し深い意味が在ったりするのだろうか。


「師匠っていうのは人生の師匠っていう意味も含まれていたり......?」


「シショーはシショーポジだからシショーなのデス! それ以上でもそれ以下でもないのデスネ!」


「それは関係ないのか」


 ともあれ彼女が陸上からいったん離れてみるという決断をしたことに明確な理由が在るのなら、こんなくだらない勝負でその決断を曲げてしまうのは良い事ではないだろう。

 そのためにも今は練習しなければ。


「っと、とと」


「大丈夫デスカ? 少し頑張らせすぎたデスカ?」


「かなり足が痛いな」


「これは筋肉のためにも明日は休みにした方が良さそうデスネ......しかしそれでは練習量が......しかし無理な練習は禁物で......」


 聞いたことがある。過度な練習を毎日続けてしてはいけないらしい。

 筋肉には回復する時間が必要で、しっかり休んで筋肉を回復させないと筋力は育たない、と。

 しかし、その点に関してだけは大丈夫だ。


「俺にいい考えがある。明日も同じ日程でいこう」


「良い考え? まさか、サイヤ人のような超回復能力を!?」


「持ってない。が、似たようなもんだ」


 フランは目をキラキラと輝かせた。

 これは明日の練習の時に驚く顔が楽しみだと思いながら、俺は協力を仰ぐ人物の顔を想起するのだった。

 練習パートは一話で終わらせるはずでしたが、そう上手く内容を詰め込むことは出来なかったので次回も練習パートです。

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