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運動の秋がやってきた

 北には山、南には海を臨む三島柳市。

 開発が徐々に進み中心部ではビルが少しずつ建ち始める中で、郊外では稲が穂を垂らしていた。黄金色に光る稲穂が朝露を垂らしながら立ち並ぶ姿を見ると、まだまだこの辺りが街と呼ばれるようになることは無いだろうと思うのだ。


 さて、こんな肌寒い朝早くから俺が外に出ているのは何故か。

 ジャージを着こんで整備されていない砂利道を走っているのは何故か。

 それを話すには三日ほど今から時を戻す必要がある。


--------------------


 それは体育の時間、例によって隅っこの方で授業に参加しているのかしていないのかギリギリのラインを攻めながらサボっていた時の事である。


「どうも」


「あぁ、小日向。小日向もサボ......休憩か?」


「そうですねー。ちょっと疲れましたから」


 小日向が自分とは少し離れたところの芝に座る。

 そう言えば、と言いながら彼女はこちらを見た。


「そういえば佐々木君、最近ちょっと太りました?」


「え゛?」


 俺は予想外の言葉に腹から声を出すことが出来ず、ダミ声になってしまった。

 俺の困惑した姿を見て彼女は狼狽しながら弁解する。


「いや、あの、別に深い意味とかがある訳じゃなくって、この頃女の子達の間でちょっとだけ話題になったというか、もっと言えば最初は私達がコロナ太りしたって話で――」


 そこまで言った所で小日向は弁解に弁解を重ねた。コロナ太りしたのは友達じゃなくて自分だとか、自分もそんなにコロナ太りはしてないとか、佐々木君も気になる程ではないとか、でもちょっと気になるかもしれないとか。

 深い理由は無いと言ったが、ここまでフォローが凄いというだけで深い理由になり得るだろう。


 コロナ太り。

 会社に行かなくても遠隔で仕事をすることが出来る社会人ほどではないが、部活の大会が無くなり部活へのやる気が失せ練習も次第に無くなっていった学生の中でも度々話題に出ることがある。

 女性にとっては死活問題だ、とか色々な話が聞こえてくるが俺としては女子はもう少し体重について寛容になっても良いのではないかと思う。

 俺から見ても彼女たちは太ったようには見えないし、二の腕が少し垂れようが太ももが少し太くなろうが別に気になる訳ではない。むしろ彼女はもう少し肉をつけなければ骨が折れてしまうほど細い。その細さも彼女のはかなげな可愛さの一つだと言ってしまえばそれまでなのだが、多分もう少し肉がついても彼女は綺麗だと思う。


 それはそれとして。

 その中で俺の名前が挙がるということは結構マズイ。

 女子たちの話題の中で俺が出てくるということは多分稀だ。特殊な状況でもない限り俺みたいな平凡な男の話は出ないだろうし、皆納得が出来る内容でなければ話題に上げることは無いだろう。

 つまり俺は太っている。

 自分では気づいてなかったが太っているのだ。

 コロナがあってもなくても部活に入っていない俺には関係ない。関係ないが太った。


 よし。

 痩せよう。


 そこに覚悟はいらなかった。

 そうしなければならないという強迫観念だけがそこにはあった。


--------------------


 とは言ったものの......


「ハァハァ......ゼェ、しんど......死ぬだろこれ。勢いだけで5kmとか......走るもんじゃねぇって......なんで初日からそんなに走ろうと思ったんだよ......馬鹿か?」


 やる気スイッチを押したのは良いものの、自分の体がついてこない。

 俺の頭は頭脳労働向きなのだ。

 何故こんなことをしようと思ったんだ? 考えるのが得意なら自分の体力に合ってる所ぐらい分かるだろ。

 早速心が折れそうになった。


 そんな時、後ろから声がした。


「オゥ! こんなところでどうしたデスカー?」


 この聞き覚えある声。

 今、この場所で一番会いたくなかった相手だとも言える。


「フラン......それはこっちのセリフだぞ。どうしてこんなところに?」


「ミーはいっつもここで走ってるネー! やっぱり健康って大事だヨー。元気溌剌ファイト一発朝から一発って感じだヨー」


 色々混ざってないか? というか朝から一発って何だよ、下ネタじゃねぇか。


 突っ込む気力も失せる。だってこれで的確なツッコミを入れても、俺のツッコミは伝わらないのだ。これでボケではないのである。


「お前の超人的な体力の理由の一つが何だか分かった気がするよ......」


「そこに気が付くとは流石シショー。ラスボス戦の手前まで生き残るだけの実力はあるネ」


 死んでんじゃん、俺。それラスボス手前で主人公行かせて死んでるよ。どういう褒め方だよ。けなしてんのか?


「シショーが走り始めたということはミーも頑張らないとネ。シショーはすぐにへこたれたりしないからミーも着いて行かないと」


 それは俺にプレッシャーをかけているのか?

 どこからどう見てもプレッシャーをかけているようにしか聞こえないだろ。


「じゃあ行きますヨーォ!」


 超加速。風のような速さ。傑には及ばない......のか? これでチーターじゃないとか信じられないだろ。


「ってちょっと待て待て待て!」


 ここで置いていくかフツー!?

 空気が読めないとかそういうレベルじゃねぇだろ、これ!


 そして俺は走り出し、家に着くころには疲労困憊し、学校に着くころには意気消沈し、学校では一日中呆けて過ごし、結局体育の授業はいつもと同じようにサボり、走らなくて普通に学校で過ごすのと同じカロリーだったのではないかと考えながら一日を終えたのだった。


--------------------


「それで今も走ってるんですか?」


「......あぁ」


「へぇ! 意外ですね! てっきりそれで辞めたのかと」


「いやー、色々理由があってな」


 その次の日休むと、案の定フランから「何で昨日は会えなかったんデスカー? シャチョ―出勤デスカー!?」と言われてしまった。

 師匠と呼ばれているだけにそういうことを言われると弱い。なのでこれは走らざるを得ないと思い、また走り始めたという訳だ。決意は一周回ってとてもブレやすいものであるということを俺は学んだ。


「頑張ってくださいね。そうだ......私もちょっと運動してみようかな」


 これは......引き下がれなくなったという訳だな。

 運動の秋! というわけで佐々木君に運動させましょう!

 今年は体育祭無いから仕方ないですね。


 本格的な勝負をさせすぎたので生き抜きぐらいの気持ちで読んでくれれば幸いです。

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