その勝利も敗北もとても鮮やかなものだった
「な!? 馬鹿な! 今さっき俺は能力を使ったはずで......佐々木が俺の能力を使いこなせない以上、それを無効化するのは不可能のはず......それに目の前には瞬間移動女が居て、壁はいつの間にか解かれていて......一体何が起こった?」
「慌てるな。ネタばらしはするから」
男が混乱しながら起こったことを述べた。
無理もない。あらかじめ起こることが分かっていれば落ち着いていられるだろうが、そうでなければ俺も相手のように混乱してしまうだろう。
「クソッ......こんな拘束......」
「俺から目を離すな。そこから一歩も動くな。能力の使用はするな」
「くっ......」
一度にかけることが出来なかった催眠の重ね掛けを行う。
相手はどんな抵抗もすることが出来なくなっただろう。
これで安心してネタばらしをすることが出来る。
「まず、勝利条件について考える。それは相手を拘束することだ。どんな方法でも良いから相手を拘束しさえすれば良いんだ。力技でも、搦め手でも何でも良い。でも今回の場合は拘束の仕方がかなり限られる。小日向、何故だか分かるか?」
「えっと......相手が何をしてくるか分からないから?」
「もっと単純だ。相手の方が力が強いからだよ。唯一相手の力を力でねじ伏せられる可能性があった傑は戦闘には出てこられなかった。だからどんな方法で拘束しようとしても、相手に力で跳ね返される可能性があった。だから力による拘束はアテにしてはいけなかったんだ」
小日向がなるほどと言った風にポカーンと口を開けていた。
彼女には作戦を伝えるように指示はしたが理由については説明していなかった。
だから作戦の意図を知っているのは俺一人である。
よくもこれだけ作戦の内容が分かっていない状態で皆が従ってくれたものだと思う。
「ララのチートも長期的にはそんなに期待するべきものじゃないから、生徒会長の催眠能力で拘束するしかないというわけだ」
「あら、私のチートにケチをつける気かしら。これでもジャッジマンのために頑張ってあげたのよ?」
「はいはい、アリガトウゴザイマス。出来ればもうちょっと真面目にチートをかけてもらえる良かったんですけどね」
ララが傘の先端をこちらの喉元に突きつけながら間近で話しかけてくる。
彼女は頼りにはなるのだが、時々病んだ感じの行動をとることがあり......知的ではあるのだが、自分から危ない橋を渡る節がある。正直、諸刃の剣を使っている気分だ。
まぁ、誘導のチートが相手のコンディションやこちらの言葉遣いにかなり左右されるあやふやなチートだから期待できないというのが一番の理由なのだが。
「生徒会長の催眠を相手に当てるためには、目を見て的確な命令をする必要がある。『動くな!』とかだと発生は速いかもしれないが、チートで一瞬にしてこちらが倒されるなんてこともある。だから確実に拘束できるように不意を突く必要があった」
「何だかまどろっこしいですよね。もう少し直接催眠をかけようとしてもよさそうなものですが」
「それをすると確実性が落ちるんだよ。そういうの俺は嫌いだからね」
「知ってます」
小日向はにっこりと俺の言う事に頷いた。そこには俺の事を大体知っているという確信が見て取れた。
だからこそ付き合ってくれていたのだろう。
......なんだか子供のわがままに付き合うお母さんみたいな感じだ。なんだかしっくりこない。
それはさておき、
「まず準備を整えるために相手の視界を遮る必要があった」
「だから催眠ヤローに俺の周りをうろつかせて壁を作らせた。それは分かる」
「そして壁で視界が遮られた隙にフェンスを持った仲間をこっちに呼び寄せた」
ちなみにこのフェンスは学校のグラウンドを囲む一部から取ってきたものである。これだけの人数が技術室から取ってきた適切な工具を以ってフェンスを取り外せばそう時間はかからない。実際かなり早く持ってくることが出来た。
工具を持ってくる際に技術室の先生を催眠にかけた。フェンスが無くなっていることについて生徒全員を誤魔化す催眠をかける時間はなかったのだが、その件に関しては保健室の先生が騒ぎを誤魔化してくれている......はずである。
「フェンスで電気を遮りたかったというのが一つの理由。もう一つの理由は雨姫の異空間移動の準備を済ませたかったからだ」
そう言われて男は周りに散らばった雑貨を見る。
黒板消しに学生カバン、筆箱、サッカーボールなど沢山の雑貨があるが、比較的ソフトなものばかりで椅子や机に比べれば当たっても痛くない物ばかりだった。
これらの準備をするためには、ここに物をかき集めた後、雨姫のチートで異空間に送り込む必要がある。
雨姫のチートは異空間に移動することはできるが、物を異空間で持ち運ぶことはできない。
つまり異空間に入ったところからしか出てくることが出来ないのだ。
相手がこの場所を監視しているので、あらかじめ準備するということは出来ない。
そこで相手の視界を遮る必要があった。
「フェンスのような大きい物を持っていれば、もう片方の手に持っている学生カバンを気にかけることはない。そして一人一人が持っている量は少なくても、合わせれば相手を埋もれさせるぐらいの量にはなる」
「それで準備した場所に俺を誘導したってわけか」
「そういうことだ」
「そこまでは分かる。だが、何で発動したはずの俺の能力が無効化された? 発動のタイミングを見ることぐらいはできるかもしれないが、発動した後じゃどうすることも出来ないだろう」
「いや、こちらには秘策があった。お前の攻撃を無効化出来る唯一の手段があった。一回きりの大技だけどな。お前が追い詰められたらメチャクチャ大きい攻撃を仕掛けてくるだろうということはあらかじめ予測していたから、そのタイミングに合わせて彼女にチートを発動するように頼んでおいたんだ」
そう言いながら俺は小日向の背中をポンと叩く。
急に話を振られて驚いたのか、体をビクンと跳ねさせた。
「女......? そいつは瞬間移動の能力者だって聞いてたが」
「ところがどっこい。彼女は時間停止能力者だ。正真正銘のチーターだよ」
「時間停止......! なるほど、道理で」
「時間を停止すれば波の衝撃も関係なく動ける。波は震えているから力があるのであって、震えていなければただの空気と変わらない。そこらへんを歩き回るだけで波を掻き消すことができるってわけだ」
相手は何か考え事をする風に斜め上を見上げた。下半身が雑貨で埋まっていなければそれなりに格好もついただろうが、その様子ではちょっと間抜けだ。
「よく慎重なお前がそんな危険な目に人を突っ込ませるような真似をしたな。タイミングがずれれば全員波に巻き込むことは無いにしろ、女やお前が怪我を負う可能性はあっただろう」
「それはまぁ......信頼関係の為せる業じゃないか? それに小日向も頼ってくれと言っていたからな」
俺の顔を見ながら男は口を曲げていた。
男はもう負けを完全に認めているらしく、男との会話はまるで将棋の感想戦のように淡々としたものだった。
先程までとは全く雰囲気が違うが、これも相手が策士だからなのだろう。
「ということは、あのララとかいう女が俺に話しかけた時から俺の敗北は決まっていたということか」
「いや、そんなことは無いぞ」
俺の言葉に男はキョトンとした表情を見せた。
「お前は戦っている時、俺の思う通りに動いている感を感じていた。その時に取るべき行動は何だったか、今の冷静なお前なら分かるはずだ」
「......逃げること、だな」
「逃げてもう一度体制を立て直せば良い。それだけの話だったんだ。お前のプライドがそれを邪魔していただけだったんだよ」
「......俺の完全敗北だな」
男は長いため息を吐きながら空を見上げた。
秋の雲一つない空に鮮やかな夕焼けが光り輝いていた。
ボロ衣の男との戦い、これにて終了です! 後日談を一回挟んで新しい話になります!
いやー、強かったですね。こういう魅力のある敵キャラは大好きですよ。