俺の能力のマネなんてできない
そんなことある訳が無い――
男は目の前の小僧と拳を合わせながら起こった事の整理をしていた。
俺の攻撃を打ち消すなんてこと、そんなことが今日能力を知ったばかりの相手が出来るのか?
俺の能力はとても扱いづらく、条件が整わなければ発動すら難しい。
現に俺が自分に能力があることに気が付いたのは中学生になったころ。自在に発生させることが出来るようになったのは、波について学び色々と検証し終わった高校卒業の頃だった。
だが24歳になった今でも、この能力の使い道は無限大で新しい使い道を模索し続けている。
俺の能力は『あらゆるものに波の動きをさせること』だった。
発生させるためにはとある概念を知らなければならない。
それは波がどんな要素から出来ているか。
周期、振幅、波長、波の速さ、位相。この五つが理解できていないと発動させることはできない。
これらの五つ、それに動かすものの材質を指定して初めて能力が発動する。
つまり目の前の小僧はこの能力の正体をあれから3時間で突き止め、俺のチートが使えなかったにも関わらず発生条件を突き止め、俺が十年間をかけ模索した波の打ち消しをいとも簡単にやってのけたということだ。
出来るのか? そんなことが。
どれだけの天才だったとしても、それが出来るのか?
「かなり動揺してるみたいだな」
「そりゃ動揺もするさ。何せ不可能なことが目の前で起こってるんだから、なッ!」
拳を振り絞り、第二撃。
俺が筋肉に力を入れるのとまったく同じ動きで相手も拳を振り出す。
波の構成確認、完了。
発動条件クリア。触れると同時に敵の拳に打撃をッ――
「どうした?」
嘘だろ?
また受け止めやがった、だと?
拳は触れた位置でピタリと止まり、動かない。
同じ位相の波をぶつけて波と波を打ち消したって言うのか?
俺だってこれを出来るようになるために十年かかったんだ。
十年もかかったんだぞ?
「馬鹿な......」
思わず本音が漏れた。
俺は冷静さを取り戻すために少し呼吸を整える。
そう。ここで俺が相手が能力を発動したことに疑問を持つこと自体はおかしい事ではない。
むしろ自然な事なのだ。
何か訳があるに違いない。
あの男はこれまで二度の奇襲に対して、誰一人として仲間に致命傷を負わせることなく、何事もなかったかのようにやり過ごしている。
それだけのことが出来る男だ。どれだけ疑っても十分ということは無い。
目の前の男がデキた策士だということは分かっている。
稀にみる強敵。
そう考えると、少しゾクりとした。
高揚感。血が煮えたぎって、生存本能が高まるこの感じ。アドレナリンが体中を満たしていく。
蒸発しそうなほど体が熱く、対して脳は冷静を極め相手の動向を探り続けている。
そんな瞬間が狂おしいほど心地良い。
ニヤリと笑う。
「そそるねぇ......」
「何を考えてるのかは知らんが、俺のことも忘れてもらっては困るな」
「お前は俺に目を合わせようとするんじゃない! 大人しく黙ってそこに突っ立っていろ!」
パチンと指を鳴らし、ヤツの前の風景を変える。
これも波の動きの応用だ。
まず、空気に波を作ると密の部分と疎の部分が出来る。密の部分というのは空気が集まっている部分、疎の部分というのは空気が集まっていない部分の事だ。
これを通常では考えられないほど圧縮し、さらに何重にも重ねることによって空気に壁を作る。
さらに作り方をかなり細かく設定したり、空気中の水分をいじったりすることによってその場所の光の屈折率を変えることが出来る。
だからあの場所から俺の姿を見ることは不可能になったわけだ。それと引き換えにこちらからも奴の姿は見えなくなるわけだが。
ちなみに指をパチンと鳴らすのは、自分の能力の発動に必要だからではなく、自分がどうやって能力を発動させているのかを勘繰らせないようにするミスリードのためだ。俺と同じ能力を出そうとして指パッチンばかりさせるためのフェイクである。
ここまで考えられた能力だったのだ。
そう簡単に見破られるはずが無かった。
万一見破られたとしてもこれを使いこなすのは不可能なのだ。
いくら頭が良くて、飲み込みが良くて、どれだけ技の上達が早かったとしても、そんなことはマンガやアニメの最強設定が付与されたチートキャラや中から読者が見えているようなメタキャラにしかできないのだ。
何か裏があるに違いない。
「なぁ、そろそろネタばらししたらどうだ?」
この間にも何度か拳を交えているが、それもことごとく受け止められたままだった。
しかし相手から手を出している様子はない。
自分と拳を交える以外の行動をしていないのだ。
倒そうという気配が感じられない。
波を出して俺の攻撃を打ち消すことしかできないからというのは分かる。
だが、何故それ以外の何の行動をとらないのだろうか。
「ネタばらし? 一体何のことだ?」
「しらばっくれるじゃないの。いいぜ。自分で探してやるよ」
コイツがどこまでできるのか突き止めてやる。
俺は拳を握り直す。
相手から仕掛けてこないのならこちらから試させてもらおう!
「でやッ!」
一撃目、真正面から顔面に、予想通り封殺。
間髪入れずに二撃目、下顎、相手が対応する暇もないほど速く! しかし相手の掌で受け止められる。
三撃目、隙を突く! 今は両手が上がっている。攻撃に対応するため顔を守って空いた脇腹。そこに死角から攻撃を入れる!
パシィッ!
乾いた音。見ると掌で受け止められている。
まるでそこに攻撃してくることを知っていたかのような位置に掌があらかじめ据えられていたのだった。
いよいよ違和感が湧き上がってくる。
この対応力。今まで素手で戦えなかった人間の動きじゃない!
おかしいのは俺の能力が扱えるだけではなかったのだ!
「テメェ、俺の体に何かしやがったな?」
「もっと気づくのには時間がかかると思っていたんだがな」
ヤツの言葉で疑惑が確証に変わった。
佐々木が俺の能力を使いこなす超天才なのではない。俺は何かをされたのだ。
一体、自分の体は何をされたというんだ!
今回は相手視点でした!
一体佐々木君は何をしていたのでしょう?