すれちがいは和解のためにある
静寂に包まれた空間で二人の男女は向き合った。
「小日向、まずは謝らせてくれ。すまなかった」
「何について謝っているんですか」
彼女はムスッとした表情のまま問いかけた。
彼女自身、何故謝られたのかは分かっているはずだ。
「君に全てを打ち明けていなかった。君に『敵はこの学校を壊すことが出来る力を持っている』と言ったら、多分錯乱してしまうだろうと思ったからだ」
「だからって、一人で抱え込むことは無いじゃないですか」
「......すまない」
「すまないじゃないでしょう!?」
小日向がベッド棚を勢いよく掴みながら、すごい剣幕で怒鳴る。
彼女がここまでの怒りを表すと思っていなかったので、少したじろいでしまった。
怒られても仕方がないとは思っていたが、ここまで怒られるとは思ってもみなかった。
「ちゃんと困っているなら打ち明けて下さいって言いましたよね!? それで打ち明けてくれたから『信頼されてる』と思えたのに、結局大事な所は抱え込んだままなんて......そんなのってないですよ」
彼女の声が萎んでゆく。
情報を隠されていたことが相当にショックだったのだろう。
「......すまない。でも、小日向にこんなに大きいことまで背負わせることはできなかった。これを伝えるってことは『相手の匙加減一つで学校が吹き飛ぶから、自分達は生徒全員を人質に取られている』ってことを伝えるようなものだ。それを言ったところで状況は変わらない」
「変わらないって......私がそのことを知っていたら、何か佐々木君の力になれたかも――」
「それは無理だよ」
小日向がハッと目を見開く。
俺は彼女の胸に槍を突き刺したような気分だった。
言えば彼女が傷ついてしまうことは分かっていた。
だからこんなことは言いたくなかった。
しかし、言うしかなかった。
彼女は俯いた。
「考えるのは俺の役割だ」
その言葉が意味するところを彼女は汲み取ってくれただろうか。
聡明な彼女のことだから気が付かないはずがない。
だから君が知ったところで力にはなれない、と。
彼女は俯きながら、俺に問いかけた。
「私は何かした気になっていただけで、何もしていなかったんですか?」
「君に聞いてもらって俺も色々と考えを整理することが出来た。君は何もしていなかったわけじゃない」
「私には話せなかったのに、新崎さんには話したんですか? それで私に深く相談もしないで死んでしまうかもしれないような危険を冒したんですか?」
「......人には誰だって役割がある。危険を冒すのは俺達の役割だ」
彼女は拳をギリリと握る。
突き放したような言い方に怒っているのが無言から伝わってくる。
俺だって彼女を突き放したくはない。
でもそうするしかなかった。
彼女に話したところで彼女にとってのメリットが無かったのだ。むしろ彼女にとってはデメリットしかない。
なら話さない方が、もっと言えば巻き込まない方が彼女のためだ。
「それでも――」
彼女が顔を上げた。
きつく歯を食いしばって。
俺があれだけキツイことを言って突き放したにも関わらず。
「そうだとしても、一人で抱え込む必要はないと思います。危険を背負う必要も、自分がどうにかしなければならないなんて責任を一人で負う必要はないと思います」
俺は失念していた。
彼女は俺が仲間外れのような行為をしたことに怒るような人じゃない。
自分に迷惑をかけまいという浅はかな心遣いのせいで、一人で物事を背負い込んで苦悩していたことに腹を立てていたのだ。
この子は、自分が不公平な扱いを受けるよりも、他の人が困っている時に力になれない事を悲しむような、そういう不器用で優しい性格をしているのだ。
彼女の気持ちを理解していたはずなのに、そこまで考えが至らなかった。
不器用な彼女の気持ちを。
「別に自分に迷惑がかかろうが、そんなことはどうだって良いんです。だってその分、人が背負うものが軽くなるのなら、そっちの方が嬉しいですから。あの時だって言ったじゃないですか」
あの時。
俺が自分の幼いころに犯した罰を打ち明けた梅雨の日。
彼女は俺の話を最後まで聞いて嗚咽しながらも、しっかりとそれを受け止めてくれた。
決して聞いていて気持ちの良い話ではなかったはずだ。
そしてその時理解したはずだ。
彼女は俺が思っているよりも不器用で要領が良い人ではないということ。
彼女に助けられているのは自分ばかりではなく、彼女も俺の行動によって助けられていたということ。
俺が彼女のことを好きなこと。
「――分かった」
俺の言葉に小日向が反応する。
「これからは何か問題があったら全て君に伝える。遠慮なく頼らさせてもらうし、君に出来る事があったらそれを全力でしてもらう。危険だろうが、何だろうが、一蓮托生だ」
彼女が息を呑む。
「手加減、しないぞ?」
「......はい!」
彼女は強く頷いた。
そしてにっこりと微笑んだ。
「これで私も運命共同体ってやつなんですかね?」
「......どうだろうな?」
彼女がえへへと笑うので、俺もつられて口角を上げた。
「さぁ、戻りましょう。作戦会議の続きをします」
「分かりました!」
パンッと手拍子が鳴り響いたかと思うと世界に色が戻った。
ベッドの脇から保健室の先生が目を白黒させている。
「君たち......何してたの? 今さっき、そこに居たと思ったら二人そろってあっちに......えぇ?」
「別に何も。ねぇ、小日向さん」
「何もしてないですよ」
俺達はしらばっくれるように目を合わせた。
そして二人でクスクスと笑いあう。
「と、とにかく、何があったのかは知らないけど、あの険悪ムードが元通りになったなら良かったわ」
保健室の先生がはぁっと溜息をついた。
この時間だけで色々な事が起こりすぎてかなり混乱しているのだろう。
だが、時間は待ってくれない。
「さて、作戦会議を再開しましょう」
次回は対策編! しかしそう上手く対策が練られるものなのでしょうか?