正体はかなり複雑で
「それはもしかして波なんじゃないかい?」
「どういう......ことですか?」
その言葉に頭が追い付かず、思わず聞き返してしまった。
光、音、電気、壁、地震、衝撃吸収――これらが相手の能力で、これらの共通点が波......本当にそうなのか?
「まず、光、音と聞いて少し引っかかるものがあったんだ。そして地震と聞いて波じゃないかと思ったんだ」
「光と音が......波? 音が波と言うのは聞いたことがあるのですが、光が波なんですか?」
「あー......君たちの年じゃまだ知らないか」
小日向さんが首を傾げる。
保健室の先生が頭を抱えた。
「まず、光って言うのは波なんだ。波長を変えると色が変わったり、屈折させると見える場所が変わる」
「言われてみればそんなことを聞いたことがあるような......?」
「理系の学生なら受験勉強ですることになるから、ちゃんと覚えとけよ?」
何だか物理の授業のような雰囲気が出て来た。
こんなことをしなくてはならないのかと思うと気が滅入る。
「見える景色が青一色だったのは――」
「波長を変えていたか、それとも」
「屈折で見せる場所を変えていたか......?」
どんどん話が複雑になっていく。考えることが多すぎて頭が熱い。
そもそも自分達はまだそのことについて習っていないのだから、分からないのは当然だ。
「でも自分は範囲の中からだけではなく、外からも見ていたんですよ! 向こうの景色がはっきりと見えたんです! それについてはどう説明するんですか?」
「光の進行方向を変えて、無理やり向こう側の景色を見せていたのかもしれないね。正直、現実離れしすぎていて自分でも何を言っているのか分からなくなってきたよ」
「俺、頭痛くなってきたぜ......トシ、後は任せたぞ......」
傑がベッドの上でがくりと項垂れるのを見ながら、俺は先生の話した内容について吟味していた。
先生はそう言っているが、一つのチート能力でそんなことまでできる物なのだろうか。
先生が言っていることが正しいとすれば『波と定義できる物ならどんな挙動でもさせることができるチート』だ。
これは一種の勘に近いが、あのボロ衣の男がしていることはもっと複雑なことなのではないかと思った。
その理由は彼の扱える物が多すぎるからだ。扱えるものが沢山あって、それを自由自在に動かせるチートは存在しない。それが出来るなら、もっと強引な方法で相手を屈服させることも出来るはずだし、チートを隠す必要性すらない。相手がチートを隠すのは弱みがあるからだと思う。
「次に音を聞こえなくしたり、聞きとったりするのはどうしているのでしょう?」
「聞こえなくする方は簡単だな。外からの音の波をオフにすれば良い。問題は――」
「聞こえるようにすることだよね。波をそのままの形で保てるとか?」
「周りからの影響をオフにしたら音がクリアに聞こえるようになる......んだろうか?」
断定はできないが、実現は出来る。
今の所、波を操るという能力で矛盾はない。
「問題は、電気だな。こればっかりは波じゃない」
「いや、波だよ?」
「え?」
俺は先生を聞いて思わず聞き返す。
自分の常識が一気にひっくり返りそうで混乱する。
訳が分からなくなってきた。
「電流において直流と交流というのは聞いたことがあるかな?」
「確か乾電池は直流......とか聞いたことがある気がします」
「そう。そして交流電流は波なんだよ」
「んー......?」
小日向さんが目を白黒させている。
ここまでついてこられている小日向さんは立派だ。習ったことが無い事をここまで沢山言われて、頭が爆発していないだけでも立派だ。
「つまり、電気も波で表すことが出来て、波を操ることが出来れば電気も作り出すことが出来るということですか?」
「無から何かを生み出している時点で大分おかしいけどね。出来る。うん。多分、出来るよ」
ここまで来ると、大分自分の頭でも理解出来た。
ここからは俺も推理に参加できそうだ。
「では壁を周囲や任意の場所に作ることが出来たのは?」
「衝撃が伝わる時には必ず波が起こる。多分、それを無くそうとしているんだろうな。弾力があるように感じられたのは、そのチートが完全に0にできる訳ではなく外からの力を全て止めることはできないんだろう。だから反発力で弾力があるように感じたんだ」
「壁が破れたのは?」
「チートに限界があるからじゃないか? 多分、力を加えすぎるといくらチートでもどうにもできなくなるんだろう。ただ、それだけの力があるのは傑しかいない。それもphase3並みに本気を出さないと無理だ」
その言葉に先生が反応した。
「傑君がもう一度血まみれになるのはダメだよ」
「どうしてですか?」
「貧血。死んじゃう。今でも結構ギリギリだから。貧血で一回気絶してる時点で気づいてよ」
確かに。
傑もチーターとはいえ人間だ。チートの及ばない範囲は普通の人間と同じである。
血が足りなくなったら死ぬ。念頭から抜けていた。
これがドクターストップというヤツか、と思いながら俺は話をつづけた。
「相手のチートの限界を無理やり突破しようとするのはやめておいた方が良いだろうな」
「そうみたいですね」
だとしたらどうやって相手の能力を突破するのか。
それはまた後で考えよう。
「地震を起こすって言うのは......」
「地面を波に変えたんだろうな」
俺はここで一つの矛盾点を導き出した。
「ねぇ、先生。地面は波ではないですよね」
「......そうだね」
地面は波ではない。波のような動きをすることがあるだけだ。
これはとても重要な事だ。
少なくとも最初に言った『波と定義できる物ならどんな挙動でもさせることができるチート』ではないことが分かった。地面は波とは定義できない。
『あらゆるものに波のような動きをさせることができる』という能力ではないかと推測できるのだ。
「つまり、これまでの現象は全て波のような動きをさせているということだけで説明がつく訳です。どうやっているのかは知りませんが」
「佐々木君......君はとても独特な考え方をしているよね。なんというか、チート特化みたいな」
「まぁ、能力が一つで簡潔に説明できることがチートの絶対条件ですからね。その考え方が頭の根底にあるんだと思います」
先生の言いたい事は分かる。
チートの特定をして様々な理不尽に対処することに慣れているのは、とても学生らしくないと言いたいのだろう。
これまで俺は様々なチーターと出会い、因縁をつけられ勝負してきた。
学生で出来ることではないし、普通の人間が踏み入れて良い常識が通じるところではない。
先生から見たら「普通の学生がするべきではないことをこの子はしている」と思うに違いない。
こんなダメチート、持ちたくなどなかった。
「衝撃吸収については?」
「もしも任意で発動しているなら、相手の攻撃に波長を合わせて波を起こし衝撃を吸収しているんだろうな」
「それは少し難しくないですか? 相手の攻撃の強さに合わせて変えるなんて」
「キャッチボールと同じ感覚なんじゃないか? 強いボールが来ると分かれば筋肉に力を入れて受け止めるし、軽いボールなら片手でパシッと受け止める。まぁ、それをあの状況で的確に行うことが出来るのはバケモノじみているけどな」
三人でため息を吐く。
相手のチートは粗方分かった。
だが、肝心の対策がまだ出ていない。
ちらりと時計を見る。
午後二時。猶予は二時間。
「どうしますか、佐々木君」
「ギリギリまで考えてみる。でも」
俺は小日向と向き合った。
ここに来てから初めて故意に目を合わせたような気がする。
「二人で話しておきたいことがある。出来るか?」
「......私も話しておきたいことがあります」
多分話したいことは同じだろう。
何を言っているのか理解できない先生を置き去りにして、世界から音が消えた。
何やら小日向さんと佐々木君の間が不穏な感じです。
原因は多分アレでしょうねぇ......