敵は突然やって来た
俺は体操服を着て雲一つない晴天の空の下に立つ。
ひんやりとした風が体を通り抜ける。
もっとも、楽しく体育をしようという気分になるには、まだ少し暑い。
「今日の授業、すげー内容濃かったなー」
「まぁ、授業の内容は多少遅れてるらしいからな。学校も密度を濃くせざるを得ないのだろう。どこが遅れているのか俺にはさっぱり分からないが」
傑と運動場の隅の方で訳もなくたむろする。
グラウンドの中央のコートではサッカーが行われていた。だが例によってコートの数が足らないので男子は女子と入れ替わり、休んでいる間は女子の応援をしないといけない......らしい。
俺はチラリと応援部隊の方を見た。
とてもやる気のなさそうな応援だ。あんな応援ならない方がマシだろう。
まぁ、本気で応援されてもそれはそれで困ると思うのだが。
「ホラ、そこサボるな!」
「別にサボっている訳ではないんですが」
言い訳が口をついて出る。
なんだかんだ言いながらも逆らう事無く運動場の中央に向かっていく所に、小心者の気質が出ているような気がする。
その時だった。
ゾクりと背中に寒気が走る。
まさか、と思った。
俺はゆっくりと拳を握って開いてを繰り返す。
異変はない。異変は起こらない――だが、
「どうかしたのか?」
「......チーターだ」
「ッ!?」
傑が驚いた顔で周りを見渡す。
だが、それらしい人影はないらしく、困惑した表情のまま警戒していた。
俺もダメチートが発動したことに当惑しているが、それだけなら良かった。
この寒気、チートに殺気が含まれている時の発動の仕方だ。
傑はどこで発動しているのか探っているが、俺が頭の中に浮かべていた疑問はそれとは他の事だった。
何故?
何故、今なんだ?
今日は何かの節目という訳ではない。しいて言うなら始業式があったぐらいだ。
これまでにも同じような経験は何度かしたことがある。だがいつも行事毎にその行事に紛れて敵はやって来ていたはずだ。
その敵の名は『真理の探究者』。俺が大嫌いな類いのチーターたちが集まるカルト集団だ。
考えられる理由は三つ。
一つ目、偶然どこかの誰かが俺の知らない人、または不特定多数に殺気を向けたままチートを発動させた。だから俺もその余波を受けてダメチートを発動させた。これは三送会の時のパターンだ。
二つ目、誰かが俺に殺気を向けながらチートを発動させた。だがそれは『真理の探究者』ではない。これは生徒会長の時のパターンに似ている。
そして三つ目、これが一番厄介だ。
『真理の探究者』が俺達に向かって殺気を放ち、チートを発動させた。
もしもそれが本当なら――
「敵はすぐやってくるかもしれん。チートを発動させておけ」
「了解した」
俺はグラウンドの中央に向かいつつあった足先の向ける方向を変える。
ここに居ればだれかを巻き込むかもしれない。
そうなったらどうしようもない。
せめてここから少しでも離れなければ――
「やぁ」
「!?」
後ろから肩を叩かれ振り返る。
その風体を見て、俺は何も考えず飛び退く。
年は20代後半と言ったところだろうか。
ボロボロの服を着た男だ。若いがところどころ白髪交じりの髪をしている。
肌はただれており、とてもじゃないが清潔感があるとは言えない。
「誰だ、お前は」
「待てよ。お前は人の話も聞かずに逃げるような奴なのか? その態度が人に失礼だとは思わないのか?」
「気づかれずに学校に潜り込もうとするような不審者と話していられるか」
いかにも常識人を装っているが俺には分かる。
こんな状況で落ち着いて話そうとする奴を常識人とは言わない。
「傑!」
「無駄だ。この場所は他の所から見えないようにしてあるし、声も届かない」
そう言われて俺は周りを見渡した。
そして俺は気づいた。
周りが真っ青な空間になっていることに。まるで周り全てが空になっているような色だった。
だが地面はちゃんとある。土がある。
少なくともここは雨姫が作り出すような別次元の空間ではない。
「俺は話をしに来たんだぜ? 『真理の探究者』って言えば分かるよな?」
「やはり......」
「やっぱりお前が佐々木宗利か。報告にあった通りだ」
真理の探究者。
ということは第三の可能性が当たったわけである。
一番当たってほしくなかった可能性だ。
「何をしに来た?」
「直球な質問だ。だが回りくどい質問をするよりよっぽど良い。この状況まで追い込まれたなら逃げられない可能性を踏まえて素直に相手の話を聞く。賢い。そそるねぇ」
「良いから答えろ!」
「怒鳴るなよ。自分の状況が分かっていないわけじゃないんだろ?」
男は威圧するようにこちらを睨む。
残念ながら俺は反抗する手段を持ち合わせていない。
相手のチートが分かれば反抗する手段も思いつくのだが。
俺が押し黙るのを見て男はニヤリと笑った。
「俺がここまで来たのは組織の命令だ。つっても俺はいつもは命令を出される側ではなくて出す側なんだけどな」
「何故、今なんだ? いつもは行事に乗じてくるはずだろう?」
「今年は行事が無いだろう? つまり不特定多数の人間が出入りしても問題ないシチュエーションが無い。でもお前達への対処をおろそかにするわけにはいかないから、直々に俺が来るしかなかったってわけよ」
この男は姿を消せるチートを持っている。だから行事でなくても良いということなのだろうか。
「お前は一体何者なんだ」
「俺は『真理の探究者』の幹部の一人だよ。自分で言うのもなんだが、組織の中では五本の指に入る実力を持っている。やろうと思えば、この学校ぐらい一瞬でぶっ壊せるだけの異能がある。そして幹部の中でまともにコミュニケーションが取れるのは俺だけだ」
「今、なんて......?」
学校ぐらい一瞬でぶっ壊せるだけの異能?
ハッタリか?
だが、その言葉を鼻で笑うのは浅はかだろう。
ここで相手の実力を軽んじることは死に直結する。
何より、相手のチートの正体が全くつかめない。
「で、俺は要求をしに来たわけだ。何も無条件にお前を傷つけようとしているわけじゃない」
「仲間になれ......と」
「そゆこと。理解が速いのは良いねぇ」
『真理の探究者』が要求してくることはそれしかない。
だが、その要求を受け入れることは......死ぬよりも嫌だ。
「ことわ――」
「もしかしてここで断ることの意味が分かってないような佐々木クンじゃないよなぁ!?」
男は俺の言葉を遮るように大声を張り上げた。
そしてニヤリと笑う。
「それとも君の好きな『メリットとデメリットの話』でもしてみるか?」
「――どうしてそれをッ!?」
「ここで俺の話を断るメリットは、お前の意思表示が出来る事だけ! デメリットはここの周りにいる人間の命が危うくなること、異能の正体も分からない能力者が自分達に敵意を向けること、お前のお気に入りの小日向ちゃんの命すら危うくなることだ!」
俺の頭の中はいつになく混乱していた。
どうしてこの男がその話を知っている!?
その話は俺が今朝していた話だ。どうしてその話を聞くことが出来たんだ!?
この領域から?
無理だ。この領域は周りから完全に隔絶されている。こちらからの音は届かないし、周りの音を聞くことも出来ない。
なのにどうして!?
「そこでお前に温情をかけてやる。強者の余裕と言っても良い。放課後に体育館の裏に来い。そこで答えを聞いてやる。俺も事を大事にはしたくないからな。出来る事ならこんなところで死体を何人も作りたくはない」
男はニヤリと笑った。
こんなものは温情でも何でもない。
――遊んでいる。俺が抵抗できないことを良い事におもちゃにしようとしている。
一瞬でそう理解した。
「じゃあ、またあとでな」
男は指をパチンと鳴らした。
刹那。
体に電撃が走る。
痺れるような感覚と火傷するような熱さが同時にやって来て、目の前がブラックアウトした。
一体、何が......
考える間もなく意識が飛んだ。
なんだコイツは......
一体何のチートを持っているんでしょう? 出来ることの幅が広すぎないですか?
読者の皆様もぜひ推理してみて下さい。