選択は自分の意思で
やはり俺には学校が合っている。
久しぶりに校内の空気を吸い机に突っ伏すと、自然にそんなことが頭に思い浮かぶ。
俺は学校が嫌いなわけではない。
授業が特別嫌いな訳でもない。
成績が優秀だったり何かが得意かと言われるとそうでは無い。勉強なんて所詮は努力するかしないかの違いでしかないし、努力さえすればどうにかなるだろうと考えているからだ。
学校にはこういう人間が合っている。
俺は視界の端に人影を捉える。
こんな時間に教室に入ってくる人なんて、俺を除けばあの娘しかいない。
「小日向、おはよう」
「おはようございます。珍しいですね?」
「何が?」
「佐々木君から挨拶するなんて。いつも私からだったじゃないですか?」
「そうかな?」
確かに言われてみればそんな気もする。
これが彼女の言うところによる「積極的になる」ということなのだろうか。
あまりにも小さい変化でしかないような気がするのだが、これがそんなにも大切な事なのだろうか?
重要な事とは思えない。
俺が過去の記憶について思い返していると、
「しかし、もう夏休みが終わっちゃいましたねー。あんまり夏休みを満喫したという感じが無かったです」
「今年は短かったし、それに補修が多かったからな」
「全員参加の補修なんて、それは補修じゃないですよー!」
同感だ。
なぜ普通に授業という言葉で表さないのか疑問である。
こういう融通が利かないところも学校らしい。
「そう言えば、数学の問題出来ましたか? あまり授業で解説されていなかったところが宿題で出ていたのでびっくりしましたよ」
「この頃はかなり数学の問題も難しくなってきたからな。答え合わせでもしてみるか?」
「良いですね!」
小日向がカバンから何枚ものプリントを書き込まれていた。
そこにはびっしりと計算式が書かれている。中々丁寧な書き方だ。
対して俺のプリントはあまり丁寧に計算式が書き込まれていない。大事な所だけ書き込み、あとは頭の中で計算する。それが俺のやり方だ。
先生には「これからは部分点が取れなくなるから、きちんと計算式も書け」と言われているのだが、計算式を丁寧に書こうとすると、体が拒否反応を起こしてしまうようにできているのだ。
こればかりは仕方がないと思う。
「えっと......これが合ってて、これは......答えが一致しませんね。どうやってこの答えを出したのですか?」
「これはこの辺を書き込むと分かりやすい。ここがこうなって、こうすると普通に計算できるだろ?」
「......佐々木君って何故か良く分からないけれど数学だけは出来ますよね。なんか、佐々木君より数学出来ないのはちょっと嫌です」
なんだ、誹謗中傷か? そんなに俺が数学が出来ないように見えるのか?
いや、言いたいことは分かる。
俺は特別、数学を必死にやっているわけではないし、彼女と比べると努力はしていないと思う。
数学においては宿題を丁寧にすることしか心がけていない。丁寧に、と言っても計算式は省くのだが。
そんな俺に数学が出来るのはやや不服かもしれない。
「それより俺は、小日向が何で理系に進んだのかが理解できないな。君は文系の方が似合っていると思うが」
小日向はその問いを聞いて口の端を結んだ。
何か言いたくない事だったのだろうか。
「別に言いたくないことなら良いよ」
「いえいえ、別にそういうのじゃないんですよ。ただ、そのー......あまり褒められた理由では無いものですから」
「そうなのか?」
彼女がもじもじとしている。
そもそも文理選択に褒められた選択なんてあるのかどうかも分からない。
だが彼女的には良い選択ではないらしい。
「もともと私、数学ってあんまり好きじゃないんですよ。どちらかと言うと文系の科目の方が好きなんです。それに文系か理系に限らず、大学には行けるので成績は別に気にしていないんですよ。こう言っては何ですが偏差値も低いので」
「だったら何で」
「だからこそ、何でも選べるのなら、そのー......見知った人が沢山居る方が良いじゃないですか。ここのクラスのメンバーは何故かほとんど理系みたいだし」
なるほど。小日向さんらしい。
普通はどちらでも良いなら文系に行ってしまいそうである。
どちらかと言えば文系の方が難しくないイメージがあるし、女子も多い。このクラスに限っては理系なのに女子も多いのだが。
だが、小日向さんは理系を選んだ。他の人がそちらに行くからという理由で。
先生からは「高校の友達がどちらに行くかで自分の文理選択を変えてはならない。文理選択は人によっては人生を変える物にもなりかねないから自分の意思で決めることだ」と言われている。
その言葉に従えば、あまり褒められた理由ではないだろう。
だが、俺としてはその言葉だけは全てではないような気がする。
「小日向は間違ってないよ。ちゃんと筋が通っているし、何より自分でメリットとデメリットが考えられている」
「そうでしょうか?」
小日向が不思議そうに首を傾げる。
彼女は俺の言っている事が信じられないようだった。
俺はありったけの持論を展開する。
「そうだよ。普通の人は中々デメリットを直視することが出来ないし、後でそれが牙を向いた時にデメリットのせいにしてしまう。けど、君はそうじゃない。きちんと色々な事を考えた上で一番大事なことを選んだのならそれでいい。それが出来るなら先生の話なんか話半分に聞いておけば良いんだ」
「そうなんですかね? 私だってこの道を選んだことを後悔するかもしれませんよ?」
「そういう人はまずメリットから語る。その道を選んだことに対するデメリットを指摘されると『それでも良いから』という理由だけで反論する。でも君はデメリットから話した。それは自分の選択が本当は間違っているんじゃないかと考えたからだ。それが出来る人は盲目ではない。だからそれで良いんだよ」
デメリットが牙を向いた時、後悔するのは誰だってそうだ。
本当に大事なのはそのデメリットを誰かのせいにせず、きちんと自分で受け止めて、そこから道を再選択できるかどうかである。
それが出来る人はほとんどいないだろう。
「あ、ここ間違ってる」
「え!? ホントですか?」
「もっと数学頑張らないとな」
彼女は頬をぷくっと膨らませた。可愛い。
俺はそんな顔を見ながら、いつか数学を教えられる日が来ないようにきちんと勉強しようと思うのだった。
今回は少しブラックボックスになっていた彼らの文理選択の話です。
色々ごたごたがあって書けなかったのですが、文理選択自体は高2に入る時にやってたはずなんですよ、一応。
今回は短編の綺麗な形で終わらせることができて割と満足しています。
ですが、これを次回につなげるとなると......なかなか難しいですな。