いつかそんな日が来るかもしれない
「よし、じゃあ帰るか」
「待ってよぉ! まだ何もしていないじゃないか! これだけの美女を前に何もしないのは、据え膳食わぬは男の恥ってやつじゃないのぉ!?」
「これだけ聞きたいことが聞けたんだ。何もしてないはずないだろ」
俺はクラスメイト達から離れた後、おっさんにチートを解除するように頼んだ。
理由は簡単である。
これ以上この姿でいる必要が無いと思ったからである。
「何もしてないじゃないかぁ! あんなことやこんなこと!」
「こんな姿じゃできることなんて限られているだろうが。それにこれ以上することもない」
「でも!」
「帰るぞ......これで良いんだよ、これで」
おっさんは不服そうなジト目をこちらに向けてくる。こんなおっさんのジト目なんて何の需要もない。
俺は意志を曲げないと主張する。
「はー......分かったよ、分かった分かった。分かりましたよ」
俺が折れないと分かるとおっさんは呆気なく折れた。
こんなにも簡単におっさんが折れた理由は一つ。
このおっさんは基本的に争いを好まないのだ。
そして俺がこのおっさんの言葉に流されてしまう理由はそこにある。
俺はチートの力に頼って誰かを傷つけるようなことをする人間は嫌いだが、チートを誰にも迷惑かけず倫理的に悪い事とされることもせず、その上で自分のしたいようにすることはあまり悪いとは思っていない。
それは足が速いとか料理が上手いとか、そういう自分の得意なことを活かしているに過ぎない。
筋が通っている。
だから俺は流されるのだろう。
「そういえば君は小日向ちゃんのこと、どう思ってるの?」
「小日向ちゃんって言うなよ。馴れ馴れしいぞ。それに名前を覚えたからって、ストーカーしたら許さないからな」
「おぅ、怖い怖い。でも大丈夫だよ。僕はね、他人に気がある女の子をストーカーする趣味は無いんだ。なぜなら気があると分かっているのにストーカーするのはとてもみじめだからだよ。自分がただの虫でしかないことを感じるからなぁ......そんなことよりあの子のことをどう思ってるの?」
「なんでそんなこと聞くんだ」
「だって、あそこまで相手から言われているのに『ふーん。相手は自分が気になっているのかぁ』なんて思って終わりだなんて、それは僕が許さないよ」
彼が許さないという言葉を使ったのに驚いて振り向く。
おっさんは今までに見せたことのないような真面目な顔をしていた。
俺は俯く。
「何、人生においてモテることのなかった男の僻みだよ。せっかく思いを寄せられているのだからそれに答えるべきだよ。好きなの? 嫌いなの?」
俺は顔を上げた。
「好きだよ。俺は小日向のことが好きだ」
「じゃあなんで告白しないのさ」
「それは......」
俺は再び顔を伏せた。
何故、告白しないのか?
理由は沢山ある。
小日向が俺の告白を受けてくれるかどうか分からないから。
俺が小日向の気持ちに応えられる存在かどうか分からないから。
そもそも付き合うという行為に意味があるのかどうか分からないから。
他にも様々。様々だ。
でもはっきりしていることがある。
分からないことは何をしても分からない。
分かるようにするためには告白するしかない。
だからそれは何故告白しないか、という問いの根本的な答えにはなり得ない。
それが分からなかったとしてもするしかないからだ。
俺の中で結論が出る。
一分弱。一分弱も考え込んでいた。
それにしてはとても簡素な答えだった。
「俺がヘタレだからだ」
「うん。それはとても君らしい答えだよ。君は言い訳をしないねぇ」
言い訳は本質的な理由にはならない。
こういうときには言い訳をするべきではない。
「それがわかっているなら良いんだ。それと向き合えるのであれば君はいつか乗り越えられる」
「なんでお前がそんなことを言う。お前は恋をしたことがあるのか?」
おっさんはおかしいという風に笑った。
「僕だって人間だよ! 恋だってするさ! 親以外の誰からも愛されたことがない自負はあるけど、沢山の歪んだ恋をしてきた自負もあるんだ! 僕の性癖がメチャクチャに歪んでいるという自覚もあるんだよぉ!」
かなり盛大なカミングアウトだ。
どうやら俺が思っているほど平坦な人生は歩んできていないらしい。
「で、分かったことが一つあるんだよ。それを教訓として授けることにしよう」
俺は眉をひそめた。
覗きばかりするおっさんの言葉にどれだけの信ぴょう性があるというのか。
ツッコミたい気持ちはあるが、黙って聞くことにした。
「人は愛される努力をするべきだ。そのためにあざとく振舞うことも相手を騙すことも罪ではない。騙したことは愛されてから謝れば良いんだ。君はその努力をすべきだよ」
「罪ではない......か」
罪ではない。
一番俺の理性を揺るがされる言葉だ。
否定する理由が無ければ否定できない。
俺は否定する理由を失ってしまった。
「それと、時々は欲望に身を任せてみるのも良いよぉ」
「それは遠慮するよ」
俺はそれだけ言って踵を返し、祭りの会場から立ち去った。
それ以上話すとおっさんに何も皮肉を言えなくなるような気がしたからだ。
反論の余地が無くなれば、皮肉を差し込むことはできない。
だから面と向かって話し合うことになる。
色恋に関してのディベートではあのおっさんに勝てる気がしない。
『それと向き合えるのであれば君はいつか乗り越えられる』
『人に愛される努力をしなさい』
言葉だけしっかり刻みつけておくことにした。
「告白か......」
いつかはしなければならない。
だが今はそれをする勇気がない。
いつか。
いつかそれが出来るかもしれない。
そんなことを考えながら空に煌めく満月を眺めていた。
これにて地鎮祭編完結です!
次回からはまた学校に戻ります!
世間の学校はもうとっくに始まっている?
細かいことは気にしないで下さい。