これは恋バナなのだろうか
稲原が戸惑う小日向の脇腹を小突く。
ひゃうっと小日向が甲高い声を上げた。それだけで可愛い。何なんだ、この可愛すぎる小動物は。
だがそんなことに浮かれてばかりいられる状況ではない。
「ねぇねぇ、どうなのよー! 佐々木君との関係はー!? 思えば高校始まった時から一緒に居たよね? 中学校おんなじだったとかいう訳でもなさそうだし、幼馴染とか?」
「そういう訳では......無いのですが」
「じゃあどういう意味なのよー!?」
只今、恋バナの真っ最中である。
まさかこんな近い距離感で女子のリアルな恋バナを聞くことが出来るとは思わなかった。まぁ、近い距離感と言っても心理的な距離感が著しく縮まったとかそういう訳ではなくて、単に物理的な距離が近いというだけの事なのだが。
「こんなところで話すのは......ちょっと」
「大丈夫よー! 誰も聞いてないし、佐々木君はーー......どっか行っちゃったみたいだし」
「誰かに聞かれては困るということはやはり何かあるのね」
珍しく新浜さんが乗り気だ。てっきり優等生だからこういう話にはあまり興味がないものかと思っていた。
分かりにくいが原田さんも乗り気だ。あまり口数の多い方ではないが頬がかすかに赤くなっている。きっとこの話題に静かに興奮しているに違いない。
「そう......ですね。恋人ではないですけど」
小日向さんはコクりと頷きながらそう言った。
どうやら話す決意をしたらしい。
「私と佐々木君はただの友達ですよ」
「ただの、というには少し親密ね」
「ただ共通点があるというだけです」
「趣味が一緒とか?」
「そんなところです」
いくら話す気になったとは言えチーターの話まではしないらしい。
いきなりチーター云々の話をしたところで話がこんがらがってしまうだけだ。同じチーターである原田さんは何かを察したようだった。
「で......小日向さんは佐々木君のことをどう思ってるの......?」
よくぞ勇気を出して聞いてくれた、原田さん。
問題はそこである。
今の関係はたいして問題ではない。関係は心の持ちようによって変わるものだからである。
「どう、ですか。とても良い人です。優しいし、男らしい......かと言えばそれはちょっと違うかもしれませんが頼りになるのは間違いありません」
「えー、何か当たり障りのない答えだねー。もっと言いたい事言って良いんですわよ、奥様」
「まぁ、別に口外するわけでもないわ。さっさと吐いちゃいなさい」
みんなから期待の視線を受けとった彼女に逃れる道はない。
針のむしろにされた小日向は観念するように両手を上げた。
「最初はあまり男性として意識はしていませんでした」
「おっ、ついに観念したなー?」
稲原がその答えを聞いて興奮する。
無論、俺もだ。
小日向さんは『最初』と言った。これはとても重要な言葉ではないのか?
「だって、鈍感だし、頼れると言っても最後の最後でミスをすることが多くて、あまりかっこいいとは思えなかったんです。かっこいいというよりは佐々木君らしいという表現の方があっている気がします」
「あぁ、確かに」
新浜さんがクスッと笑った。
俺は新浜さんの頭に何が思い浮かんだかが手に取るように分かった。
おそらく去年の体育祭の事だろう。
体育祭のクラス対抗リレーで俺は見事一位になることが出来た。でもそれはわりと偶然の賜物によってなせた事だと思う。
最後の最後で毛躓いて顔からダイビングするようにゴールしたのは今でも思い深い。
思えば小日向さんにはいつもかっこ悪いところばかり見せていた気がする。
それを佐々木君らしいと表現されるのは何だか癪に障る。小日向さんは俺の事をそんな風に見ていたのか。
「でも、まぁ、なんやかんやあって、佐々木君がちょっとだけ、ほんのちょっとだけですよ? 変わりまして」
「なんやかんやってなんなのよー」
「それは......秘密です。こればっかりは秘密にさせてください」
小日向ははっきりと言わなかったが俺には分かる。多分、あの梅雨の日の事だろう。
俺が過去を打ち明けた日の事だ。
あれから少しだけ彼女のことが理解できるようになった気がする。
彼女は、俺が彼女の事を理解するようになったと言いたいのだろう。
「佐々木君がちょっとかっこよくなったんですよね」
その言葉を聞いた瞬間、周囲のクラスメイトも含めて絶句した。
俺が、かっこよく?
しばらく顔を見合わせた後、ちらほらと話し始める。
「聞き間違えかな?」
「聞き間違えね。多分、おそらく、集団幻聴?」
「ししょーはエロゲ主人公みたいでかっこいいですよ?」
「あなたは黙っておきなさい」
全否定である。いや、擁護の言葉は多少あったが。
そこまで否定するか? まぁ、俺も自分で否定してしまったのだが。
原田さんは手で顔を隠して頬を真っ赤にしたまま絶句していた。
「いや、私もまさかそんな風になるとは思ってもみなかったのですが、なんというか行動が大胆になったというか、言動が大胆になったというか、タガが外れたというか。もうなんといって良いのか分からないのですが、かっこよくなってしまったんです!」
今度は誰も聞き間違えだと否定しなかった。否定できなかったのだ。
それはそうだ。ここまではっきりと言われたらもう否定のしようがない。
確かに俺の行動は少し大胆になった。
やりすぎかもしれないと思うことも何度かあったし、その度になぜ自重できないのかと後悔した。
だがそれは結果的に功を奏していたらしい。
直接的な言動は俺にとってかなり恥ずかしいものだったが、彼女にとってはそんな言葉の方が心に刺さったのかもしれない。
少々セリフはクサい方が良いのか?
これ以上考えるとつけあがってしまいそうなので、考えないことにした。
「そのー、じゃあ時雨ちゃんは佐々木君のことが好きなんだ?」
「いや、そう言われると、ちょっとまだよくわからないと言いますか。好きだと断定するのはまだちょっと早いというか」
「わかるよー。その気持ち。まだ落ちてないんだねー」
うんうんと稲原が頷く。
しかし小日向はその意味が分かっていないようで小首をかしげた。
稲原は指を立てながら得意げにコホンと咳払いする。
「小日向クン。恋はするものじゃなくて落ちるものなんだよ」
周りがシンと静まり返った。
「Fall in Love デスねー! でも落ちたらどこに行っちゃうんデスかー?」
「ちょっと黙ってようか」
かくして恋バナはしまらない終わり方で幕を閉じた。
恋バナ......恋バナってこんな感じでしたっけ?
それにかなり罵倒されてましたね、佐々木君。