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白装束の天使

 これだけの人数、これだけの期待感や高揚が一点に集中しているにも関わらず、彼女のいる祭壇は奇妙な静寂と荘厳さで包まれていた。

 

 小日向が白いヒラヒラの付いた棒を持つ。後々調べて分かったことだが、あれは大麻(おおぬさ)と言うのだという。昔は(ふさ)とも呼んでいたらしい。あれをお供え物や人に振り払うことで厄や穢れを大麻に移し、お払いをするのだという。ちなみに白いヒラヒラは紙垂(しで)と言うらしい。

 これまでそんなことを調べたことは無かった。しかし、彼女が神職の子供ということがこの出来事を通して実感となって伝わってきたので、帰ってから急いで調べたのである。

 やはり好きな人の事であれば楽しんで覚えられるというのは本当らしい。小難しい知識もスラスラと覚えられる。一番上達する外国語の覚え方が外国人に恋をすることと聞いたことがあるが、それは真理だなと感じた。


「それではご低頭願います」


 観衆が戸惑いながら頭を下げる。

 なまじこの地鎮祭がお祭りに見えるせいか、いきなり頭を下げろと言われたことに戸惑っているのだ。だがこれは祭事、立派な神事の一つだ。

 小日向は緊張した面持ちで大麻(おおぬさ)を振るった。

 これは『修祓(しゅばつ)』という儀式だ。

 祭壇にあるお供え物と参列者をお払いするための儀式である。ちなみにこの場合の参列者は観客全員にあたるのだろう。

 

 静かに優しく音を立てないように大麻(おおぬさ)を振るっていることが感じられた。

 その真剣な姿をみて、観衆がお祭り気分から祭事に向かう神妙な心持ちに切り替わったのが容易に見て取れる。

 実際に俺もそんな気分だった。

 やましい気持ちを持っていたのが何だか申し訳ない気分になってくる。


「とうとう始まったねぇ。それじゃあ早速下着をチェックするとしますかぁ」


「馬鹿! そんなことしたら罰が当たるだろうが! いくら小さくなったからと言ってやっていい事と悪いことがあるんだぞ! ここから見てるだけで十分だろうが!!」


「えぇ......健康な若者ならもっとやることあるでしょうに。この頃の草食系男子は断食でもしてるのかなぁ......」


 おじさんが俺の言動が信じられないという風にげんなりとする。

 そんなに俺の言動はおかしかっただろうか。今の自分の体なら何でもできるかもしれないが、それでも保つべき秩序がある。俺はそう思う。


『理性が空回りしてるだけなのじゃ』


 うちの犬っころが何かほざいている。聞き流しておこう。

 そう決めて俺は小日向に向き直る。


 あんな彼女の表情を見るのは初めてだ。

 思えば彼女は人と話す時にその人と目線を合わせないということがあまりなかったように思う。目を逸らす時も常に相手の言動に気を遣っていた。

 彼女がただ目の前だけに集中し周りに気を遣っていないのは何だか不思議な感じがした。

 そんな彼女は次にこちら側を振り向き、観衆にも大麻(おおぬさ)をかざした。

 彼女の服の裾がふわりと揺れる。衣擦れの音すら聞こえてきそうなほど周りは静まり返っている。

 ゆっくりと人にそれを振りかざす姿を見ているだけでも清められていくような気がする。

 彼女は何かを唱えていた。

 あれも全て覚えたのだろうか? 俺の知らないところで彼女も頑張っていたらしい。


 お払いを済ませると彼女は祭壇の前に立った。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ......」


 彼女がそんな声を発したのはその時だった。

 長く、それでいてしっかりとした声だ。

 これは『降神(こうしん)の儀』という儀式だ。

 神様を迎える儀式なのだという。

 

「あんなに可愛い子だったら何をやらせても絵になるねぇ」


「当然だ。小日向が可愛くないなんてことある訳ないだろ」


「君はあの子の一体何なんだよぉ。べつに恋人ってわけでもないんだろうし」


「何でそんな風に決めつけるんだよ」


「恋人だったら別に覗きなんてしなくてもいいからじゃないかぁ」


 ......何も言い返せない。

 確かにそうかもしれない。


「でも俺は、俺がいない時の彼女の姿を見に来たんだ! だから別に良いんだよ!」


「なんか無理矢理自分を説得してるように感じるのは僕だけなのかなぁ?」


 今の俺なら全てを聞き流せると思う。

 都合の悪い事は全て聞こえなかったことにできる。まるで耳が遠くなったふりをしている老人のようである。


 彼女はすっと白装束の長い袖に手をかける。彼女の白く細い腕が服の中から姿を見せる。

 そしてそっとお供え物を手に取った。

 自分の息がかからないようにそっと掲げたあと、中央においてある本殿の前にお供え物のいくつかを置いていく。

 所作の一つ一つが洗練されていた。

 それゆえに神秘的。まるで彼女の周りが聖域になっているかのようだった。いや、なっているかのようではない。なっているのだ。聖域に。

 この無機質的な公団の住宅街のなか、唯一ここだけが聖域なのだ。

 俺の心の中でざわめくものがあった。

 このざわめきは恋のざわめきのようでもあり、圧倒的な神秘に触れた時に起こる身震いのようでもあった。

 俺は彼女を素直に綺麗だと思った。そして彼女に恋をする。恋をし直した。

 ずっと恋をしていたことに気が付いた。


「やっぱり、かなわねぇなぁ」


「どうしたのぉ?」


「いや、小日向はすごいなと思って」


 俺は完全無欠......とはちょっと違うかもしれないけれど、八方美人でとても気の利く少女に恋をしてしまった。人の悲しむ顔を見ることが嫌いで、相手の事を一番に考えてしまう。時間停止という何でも出来そうなチートを持っているのに人並みの事以上は何もしない少女。とても人が出来ている。

 不釣り合いだ。

 俺には不釣り合いだ。俺はイケメンじゃない。人に気を遣うなんてこともできない。自分さえよければ別に良いと思っている。持っているチートはダメチート。唯一出来るのはそのダメチートの使い方を考え出すこと。それも時間がかかりすぎる。燃費が悪すぎるのだ。


 なれるだろうか。

 彼女にかなう相手に。

 

 彼女が聖域の中から出てくる。

 それと立ち代わりに壮年の男性が入っていくのが見えた。上半身に白い羽織りを着て下半身に紫色の袴をはいている。

 どうやら彼女の出番は終わったらしい。

 彼女は聖域から出る途中にこちらの方をチラリと見たような気がした。

 そんなことはないと分かっているが俺はニコリと微笑み返した。

 この頃、投稿するのが遅かったり一日すっぽかしたりしています。申し訳ないです。

 ですが来週からは元通りになりそうなので、今後ともよろしくお願いします!

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