表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/307

ひっそりと特等席からお送りします

 俺達は蚊のチートを解除し、とある場所に向かっていた。


「僕たちはどこに向かっているのかなぁ。もしかして君の知ってる女の子の家だったりとか?」


「それだとお前と同じだろうが。俺は犯罪を犯す気はない」


「別に覗き見をするんだし、もうちょっと割り切って覗き魔への道を一歩踏み出してみれば良いのに......」


「それをしてしまったら、俺は俺でいられなくなる気がする」


 そこは超えてはならない一線だ。

 犯罪を躊躇なく犯せるような人間になってしまうということは、それは俺が嫌いなチーターと同じになってしまうということだ。

 今は悪い事をしているという自覚を押し殺しているからこうやって行動できているのだ。


『小心者というか肝っ玉がちっさいというか、なんというかお前らしいのぉ』


『それは良かった。俺は俺らしく生きると決めているんだ』


『生きにくいのぉ』


 ポチ太がやれやれと嘆息する。


「それでどこに行くつもりなんだい? 僕としては駅で5つほど行ったところにある女子寮前の大きな木の上とかが良いと思うよ。あそこなら塀と窓が近くてのぞき見もしやすいし、何より上空からなら着替え場所も丸見えで――」


「やらないからな」


 流石に今のおじさんの舌の回り方は最高に気持ち悪かったので、俺は侮蔑するような目線を向けながらおじさんを見つめた。


 すでに俺は行き場所を決めている。

 俺はとある会話を思い出していた。

 それは夏休み前にした小日向との会話だった。

 彼女の家の近くでどうやら地鎮祭が行われるらしいという話だった。

 その地鎮祭は時間の都合で夜に行われることになったが、その地に立てられる建物が結構大きいらしく、地鎮祭にしては少し大きめの催しになる予定なのだそうだ。

 要はその地鎮祭に俺も来てみないかという話だったのだ。

 俺は家から場所が離れていることと夜遅くであることが相まって、なくなく同行を断念したのだ。

 しかし、今考えてみるとこれはある意味チャンスなのかもしれない。

 このおじさんを連れていくことによって、自然体の小日向が見られるかもしれない。


「というわけで隣り町の地鎮祭に行くことにしたわけだ」


「んー、なんか思ってたよりビミョーな感じだねぇ」


「うるさいな、お前は」


 そうこうしているうちに隣町まで来てしまう。

 一人で歩くとかなり遠い道に感じられるが、誰か話し相手が居ると道のりがぐっと短くなる。

 こんな男でも話し相手になるということか......


「ここが地鎮祭の会場かぁ」


「思っていたよりずっと広いな。それに人も多い」


 そこは思っていたよりも格段に広い土地だった。

 総合施設か何かの地鎮祭と聞いていたので、てっきり公民館のようなものを思い浮かべていたのだが、この土地の広さはアミューズメントパーク級だった。もしかしたら、総合運動施設などの公共施設の中でもわりと大きい部類の話だったのかもしれない。

 人々の視点は一点に集中していた。


「こんなところにかわいこちゃんが居るのかなぁ」


「お前は黙ってチートを発動しろ」


「ほいほーい」


 俺達の体は小さくなる。

 人々の間を潜り抜けると、視線が集中していた場所がありありと見えてくる。

 そこは祭壇のような場所で、四隅には竹が立てられており縄で囲まれていた。

 沢山のお供え物があり、新鮮な魚や野菜、お米などが邪魔にならないように置かれている。

 俺達はもっと先に進む。観客席よりも前の特等席へ。


 そして誰かの通り道を開けるため観客がうごめくのが見えた。

 俺はその姿にハッと目を見開く。


「小日向だ」


「むっ、どれどれ......ほぉー! なかなか可愛い子じゃないかぁ!!」


 おじさんが唸りながら強く俺の背中を叩く。

 俺はその手を無言ではたき落とす。

 おじさんが興奮するのも当然。

 彼女の姿はいつにも増して洗練された美しさを醸し出していた。


 彼女は白装束を羽織っていた。

 彼女の長い黒髪とのコントラストが絶妙にマッチしている。清楚なイメージをさらに昇化させているような気がした。

 祭壇の前に作られた即席の手水場で体を清める。ゆすいだ口から一筋の水が零れ落ちる。滴る水にすら彼女の清らかな魂が宿っているような気がした。

 一歩足を踏み出す度に白装束はまるで天使の羽衣のように揺れる。月明かりが彼女の所作に呼応して瞬き髪飾りが輝いた。

 夏の夜風が彼女の艶やかな黒髪をたなびかせていた。


 彼女は何やら緊張した面持ちで息を整えているようだった。

 それもそのはずだ。

 これだけの人だかりの期待を一身に受けるのは、彼女の小さな体には少々重すぎるだろう。


 チラリと彼女がこちらの方を見た。

 正確には見たような気がしただけだ。これだけ小さい俺達の姿が見える訳が無い。

 そしてフッと笑ったような顔をした。

 何故かはわからないが少しリラックスしたような表情をしていた。


「今、僕達のこと見なかった? ねぇ、僕達のこと見なかった!?」


「アイドルから自分に向けてウインクされたような気がした時のドルオタみたいなこと言うなよ。見えてないのはお前が一番良く分かってるだろうが」


 俺の冷めた態度を見ておじさんがはぁーっとわざとらしく溜息を吐く。


「ロマンが無いねぇ、ロマンが。若いうちしか夢を見れないのに」


「それは夢をかなえるのは大人だからか?」


「そうともいえるねぇ」


 おじさんはしみじみとそう言った。

 その間も俺達は祭壇と言う名のステージから目が離せずにいた。

 彼女はお供え物が置かれた祭壇と真正面から向かい合っていた。その真剣なまなざしは、本当に神様が目の前に居るかのようだった。


「えー、それではこれより地鎮祭を開式致します。お集まりいただいた皆様には深く御礼申し上げますとともに、すこやか運動センターの建設が大事なく完了いたしますことをお祈り下さればと存じます」


 どこからか聞こえて来た声の元を探す。

 少し離れたところで何人かの大人が体育祭などで見かけるような組み立て式集会用テントを張っていた。

 おそらくあそこに居るのは運営側の人間なのだろう。

 つまり、あの中に小日向のお母さんとお父さんも居るかもしれないということか。


 そんなことを考えていると、小日向さんが厳かな様子で歩みを進めた。

 どうやらこれから儀式が始まるらしい。

 なんだか俺まで緊張してきた。

 俺は生唾をごくりと飲み込んだ。

 大胆な事も出来るのに佐々木君はやはりチキンですね。

 自分だったら見られないことを良い事にあんなところやこんなところを......見ることが出来るんですかね? いざとなったら自分もチキンしそうな気もします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ