ミイラ取りがミイラになる
俺は気絶したおじさんを縄で縛った。
今は気絶させたのでチートが発動されていない。だから腕を縛り付けるだけで拘束できている。
だがチートを発動されたらこの拘束も意味がなくなってしまう。
そこで実験の意味も含めて背中側にガムテープを貼り付けてみた。もしも小さくなって逃げようとすればこのガムテープがとりもちの役目を果たしてくれるかもしれない。
おじさんの目が覚める。
ゆっくりと状況を確かめて、はぁ~っと長い溜息を吐き、おもむろにカッと目を見開いた後、口を開いた。
「おじさんを捕まえてどうするつもりなのぉ!? まさか僕に乱暴する気じゃないよねぇ!? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!」
芝居がかった身振り。
他の部屋に聞こえないように声のトーンを抑えているのも分かる。バレてしまったら警察送りだからだ。
そこまで分かっているにも関わらず、この状態でこれだけの冗談が言えるのは肝が据わっているというか、単に恐れ知らずというか。
「そんなことはしないが、このままお前が諦めないつもりならここのポチ太がそれ相応の対応をすることになる」
『ワシもブ男には興味がないぞい』
『いざとなったら頼れるのはお前だけだからな』
おじさんがゲッソリした顔になった。
人間相手では臆することは無いが、ポチ太に対しては彼も無力らしい。
「その犬も何か能力があるのかなぁ?」
「どうかな? 俺とポチ太は以心伝心だからな」
俺は能力の正体をはぐらかす。
ポチ太は相手の考えを読み取ることが出来るチートを持っている。
通常であればポチ太は意思を読み取ることはできても、意思を伝えることはできない。
俺がダメチートを発動させることによって、俺はポチ太の意思を読み取ることが出来るようになり、疑似的な会話を成り立たせているのだ。
もちろんこの会話は同じようなチートを持つ人間にしか読み取ることはできないので、バレることはまずない。
チートの内容を話してしまうとその裏を取られてしまうかもしれないので具体的には話さないことにする。
「で、どうするつもりだ。このまま帰るなら見逃してやらんこともない」
「一目だけでも......だめかなぁ」
「ダメだ。往生際の悪い奴だな。こうなったら警察に連れて行って事情を説明するしか......いや、いっそのことぐーさんに連絡を取ればどうにかしてもらえるのでは?」
俺のつぶやきを聞き取ったらしく、少しハゲたおじさんは俺のつぶやきの内容について聞き返す。
「ぐーさんって言うのは誰かなぁ」
「俺も詳しくはよく知らないんだが、チーターを専門に扱う職の人で、政府とも少し繋がりのある怖い人だ」
おじさんの表情から血の気が引いていく。
「ま、待ってよ! 何で君がそんな人とつながりがあるのぉ!?」
「そこには複雑な事情があってな、それを説明するには俺の小学校時代までさかのぼらなければいけなくなるから、あまり話したくないんだが」
さらにおじさんの血の気が引いていく。
あまり冗談で言っているわけではないことを察したからだった。
「ともあれ、このまま野放しにしておくようなことはできないよなぁ......」
「ちょ、ちょっと待ったァァァ!!」
そこでようやくおじさんの声が熱を帯びた。
まるで駅構内で痴漢の犯人が警察を振り切ろうとするような、そんな雰囲気だ。
「じゃあこういうのはどうだ!」
「こういうのって?」
「君の知り合いを盗み見することを僕が手伝ってあげるんだ!」
その言葉に動揺が走った。
俺は、何を馬鹿な、とその言葉を一蹴しようとしたが、その言葉を遮ったのはポチ太だった。
『なるほど、それは良いかもしれん』
『何を言い出すんだ! 盗み見だぞ!? 盗撮まがいの事をするんだぞ!?』
『そんなことで欲望を束縛するからご主人は何時まで経っても童貞なのだ』
『はぁ!?』
俺はポチ太と顔を突き合わせる。
『大体、ご主人は女の一人も家に連れこまないではないか。せっかくご主人の周りには美人が沢山居るにも関わらず、だ』
『別にそれは俺の勝手だろうが』
『はーー、分かってない。分かってないのう! 学生という時間は有限なのじゃぞ。ご主人のような考え方では彼女が出来る前に学生生活が終わってしまうではないか! ここは、ご主人の度胸付けのためにも今一度この申し出を引き受けてみるのも良いかもしれぬぞ!』
ポチ太はふんすふんすと唸りながらそう言っていた。
どうやらその言葉に嘘偽りはないらしい。ポチ太は俺のことも考えてくれているようだ。
だが、この犬はそんな高尚な考えだけで動く犬ではない。
『本音は』
『ご主人が彼女を連れてくれば、ワシもたっぷりと目の保養が......って何を言わせるんじゃ!』
『やっぱりそっちが本心だったか』
俺は長いため息を吐いた。
おじさんがチートを発動させ体を小さくする。
「で、どうするのかなぁ? 僕としては君にも思っている人が居るだろうし、その人の日頃見られない姿をじっくりと観察してみるのが一番心の健康につながると思うんだけど」
「はぁ......あのなぁ、そんな悪いことに加担できるわけないだろうが」
「それなんだけどね、これは悪い事ではないよぉ」
おじさんがまた妄言を唱えている、と話半分で聞く。
「だってさぁ、その当人に危害を加える訳じゃないんだ。じっくりと気づかれないように自然体を余すところなく観察しているだけで、別に犯罪ではないよぉ?」
「でも......悪いことをしているっぽいじゃないか」
「それは思い込みだよ、思い込み。人間観察するだけさ」
果たしてそうだろうか、と猜疑心で頭が一杯になる。
確かにおじさんの言うことにも一理ある。住居不法侵入という点を除けば、これは犯罪に当てはまる訳ではない。
人間観察は俺の趣味だし、この行為を真っ向から否定する理由はない。
ただ、後ろめたさがあるだけだ。
おじさんが小さくなった体で浮き上がろうとするが、ガムテープが張り付いたようで上手く動けないようだった。
そこでポチ太が素早くおじさんの後ろに回り、ガムテープごとおじさんを咥えた。そしてポチ太はおじさんを抱え上げると、そのまま俺に詰め寄ってきた。
どうやらポチ太は完全におじさん側に回るらしい。
「どうする?」
『どうするのじゃ?』
俺の心の中で天秤が動く。
俺だって男だ。そりゃあ、女子のいつもとは違う姿だって見たいに決まっている。
それを押しとどめているのは、それはしてはならないだろうという根拠のない理性だった。
「別に悪い事をしに行くわけじゃないんだ。君が僕を止めたのは家族を守るためだったからであって、この行為とは一切関係ない。後ろめたく思う必要はないよ」
そうはいっても、ミイラ取りがミイラになるようなものである。
そんなに簡単に寝返って良いものか。
『ご主人はチートに振り回されてきたのだから、こういうときぐらいその恩恵に預かっても良いのでは?』
俺の心の中の天秤は案外正直だ。
合理的で、否定する理由が無ければ簡単に傾く。
今日はそれが少し悪い方向に傾いた。
「......犯罪に引っかかることは無しだ。良いな? それとお前の名前も教えてもらう。そうでなければ信用できない」
「僕の名前は盗実三太郎だよぉ! よろしくお願いするよぉ!」
「本名なのか......?」
「こんな状況で嘘がつけるほど命知らずじゃないよぉ」
そしてここに二人と一匹のよからぬことを企む集団が結成された。
佐々木君、やってしまいましたね......?
彼も男ですから、仕方ないと言えなくもないですね。
なんか小日向さんと踊った時から佐々木君の理性がガバガバになっているような気もします。