俺は蚊が大嫌いだ
終業式が終わり、夏休みに入る。
とはいっても補習授業のオンパレードで夏休みを楽しもうという気にもなれない。
教師からは「もうそろそろ受験勉強モードに入るから覚悟しとけよー」と言われた。
まさか教師もコロナの影響でこんなにも授業日程に遅れが出るとは思っていなかったらしく、例年なら「この夏休みが最後の遊べる夏休みだからめいっぱい遊んどけよー」と言うらしいが、俺達にそんな余裕はないらしい。
そんな知りたくもなかった事を知りかなりナーバスになった同級生は、これからやってくる夏休みをいかにして過ごそうかと画策し、そして期待感と悲壮感を入り乱れさせながら来たる時を待ちわびていた。
そして夏がやって来た。
クラスメイトがそんな混沌とした面持ちで過ごす中、俺はと言えばこの世の終わりを見たかのような顔をして自室に潜り込む。
例年のごとくエアコンなどという高価なものを自室に備え付けることは出来ず、扇風機も新しい物は買ってもらえず、新しい戦友となる100均の扇子を手に夏の夜を乗り越えようとしていた。
俺がこの世の終わりを見たような表情をしている理由。
それは今の俺の部屋が地獄と化しているからだ。
すなわち、部屋の中に蚊が居るのだ。
俺の夏が嫌いな理由はいくつかあるが、一番の理由は蚊がいるということだ。
ただの虫なら別に良い。
でもやつらは俺に危害を加える。
血を吸うならせめてかゆくないように吸えないのだろうか。
「――またか」
俺は歴戦の勇者のように敏感に敵の気配を察知する。
扇子をピシャリと閉じた。
耳を澄ませば聞こえてくる、忌まわしい虫の羽音。
「そこかっ!」
静かな部屋に木霊する手拍子の音。
手をゆっくりと開いてみると、そこには一匹の蚊の死体があった。
俺はホッと胸をなでおろす。
伊達にコイツらと十数年戦っているわけではない。
時々、虫の命も人の命も同じ一つの命だと言い、虫を殺す事を躊躇う人間が居るが、俺はその考えが全く以って論外だと思う。
それは何故か?
少々長くなるが解説する。
俺はこういうのをちゃんと理論づけて言わないと気が済まないタイプなのだ。
まぁ、ちょっと難しいし屁理屈のようになってしまうので、そこまで気にしなくて良いと思う。
人間と虫とでは命の重さが違う。
俺は虫と人間の価値の違いを考える時に、『人間と蚊の産む子供の量の違いと、それによってどれだけの子孫の数を増やせるのか』ということがカギだと思っている。
人間は生涯に一人当たりどれくらい子供を産むかというと、国によっても異なるが日本の場合は約0.7人だ。平均特殊出生率を二分の一にしただけなのでかなりガバはあるが多分そのくらいだ。
自分が死ぬときにおじいちゃんになっているとする。事故などで誰も死んでおらず結婚も出来たとしたら、二世代の時を経て孫の数は0.5になるということだ。つまり祖母祖父合わせて8人居たとすると自分達の孫が4人になるということである。
次に蚊が生涯にどれだけの子供を残すかについて考えていく。
蚊の一回の産卵個数は約300。生涯で4~5回の産卵をするため1200~1500もの子孫を残すことになる。つまり産卵にオスが必要なことを考えると生涯に残す子孫の数は700個ぐらいだ。
これだけ見ると一匹の蚊の命の価値は一人の人間の1500分の1ほどにしか感じられないかもしれないが、これを人間一人の寿命が尽きるまでに増える人間の数と比べて考えてみよう。
なぜこんなことをするのかというと、今のまま考えると蚊の死ぬまでのサイクルと人間の死ぬまでのサイクルの速さの違いが考慮されていないからだ。サイクルが速ければ速いほど一匹あたりの価値は小さくなるのだ。
まず蚊が一年当たりに残す子孫が一匹当たり700と言ったが、これは厳密には間違いである。なぜなら蚊は成虫になるまでにわずか2週間しか要さないからだ。蚊が活動できる期間は本当に長い時もあるし短い時もあるが、ここでは便宜上7月と8月の2か月とさせてもらう。これを踏まえると2か月÷2週間で4世代進むことになる。一年で最大4世代も進むことになるのだ。
寿命以外の理由で死なない、オスとメスの割合が半分半分であるとし、様々な理由を鑑みると一年で増える蚊の数は一匹あたり6000万匹ぐらいである。(実は計算をかなり省いたので実際にはもっと多いが、そんなことさえどうでもよくなってくるような数字になるため、最早気にしていない)
最早この時点で笑えてくるぐらいおかしいが、問題はこの先だ。
これを80年続けることとする。なお、寿命以外の理由で死なず、全ての蚊が卵や成虫の状態(アカイエカは成虫の状態で年越しするらしい)で生き延びられることとする。
単純計算で6000万の80乗である。これは天文学的数字だ。そんなことになる訳がないと思う人も居るかもしれないが、これが事実である。なぜこんなことになってしまうのかというと、答えは簡単だ。こんなに理想的には生きられず、蚊はすぐに死ぬからだ。
蚊はすぐに死ぬから沢山子供を産まなければいけない。あんなやつらはゴミ同然、子孫も残せずに死ぬことを前提にして生まれなければいけないのだ。
つまり要約すると蚊は人間の6000万の80乗分の1の価値しかなく、何千匹殺そうが何万匹殺そうが別に大した価値にはならないということである。
長々と語ったが、蚊という生き物へのヘイトはそれぐらいでは納まりきらないのだ。
パンッ!
「これであらかた片付いたか」
俺はそう言いながら手を開く。
そこには蚊の死骸と、俺から奪い取ったであろう血がべっとりとついていた。
「長かったな」
そう言いながら俺は手の力を抜いた。
そして二の腕にのうのうと吸い付いている蚊を発見してしまう。
俺の頭で何かがブチッと千切れる音がした。
「うぉぉぉぉおおおおおお!!!」
二の腕を叩く。逃げられた。
部屋の中をかけずり回り追いかける。中々捕まらない。
「おにーちゃん、うるさい!」
「うるせぇぇ!! そんなこと、知ったことか!!!」
パンッ! パンッ! パパンッ!!
そして長きにわたる戦いに終止符が打たれた。
「やった、やったぞ......」
そこには一匹の蚊が四肢をバラバラにして事切れていた。
脱力してベッドにダイブする。
もういい。
このまま寝よう。
そう思った瞬間だった。
背中に悪寒が走ったのは。
俺の体はどんどん小さくなり、ついには蚊のような小ささまで縮んだ。
俺は一瞬でその正体について思い当たった。
チーターの影響だ!
俺はあたりを見渡した。
そして俺はソレを発見する。
何かが網戸の隙間から入ってくるのだ。
小さくなった体でそこに向かおうとする。その時はあまりにも自然にその行為をしていたので、俺自身不思議に思う事は無かった。
俺は空を飛んでいたのだ。
そして、目の前にソレが現れた。
ソレは、背中から羽が生えたおっさんだった。
「「ギャァァァァァァァァァアアアアア!!!!!!」」
俺も相手も目が合ったらしく、その姿に絶叫する。
そして俺達はそろいもそろって気を失ったのだった。
何か変なのでて来てるじゃないですか......
それと中央に長々と変な説明を書き連ねましたが、アレを理解する必要はないです。
あれぐらいの量の蚊に対するヘイトを佐々木君と作者が持っているのだと理解してもらえれば幸いです(主に作者です)
あんなに読みにくい文章を連ねる必要はないと思いましたが、気が付いたら筆が止まらんかったのや......反省はしていますが後悔はしていないです。不満は受け付けません。