キャラ被りしているかもしれない
体育館の中、バスケットボールが跳ねる。
ゴム玉が床板に当たる甲高い音が体育館中に木霊していた。
「運動神経は良いみたいだな」
「そうみたいだなー。やって来た時はどんな騒がしい子なのかと思ったけど、めちゃめちゃいい子だよなー」
俺達の目線の先には金髪の少女、フランチェスカが居た。
ゴムボールが跳ねるとともに、たわわに実った双球も跳ねる。体操服の上でも明確に分かるソレは、まさに外国人という偏見の塊をぶつけても問題なく受け入れられてしまうだろう。
木原も同じことを思っていたのか、ぼそりとつぶやく。
「おまけにおっぱいもデカいし」
「木原、お前、それはもうちょっと人が居ないところで言えよ」
「良いだろ! べつに、三人しかいないんだから!」
バスケットボールコートは常に人が満杯だ。
自分達のクラスでは男女が入れ替わりにコートに入りゲームを行っていた。
男子は散り散りになり、団子のように集まって、だべったり観戦したりしている。木原、傑、俺の三人は体育館の壁を背もたれに女子の試合模様を観戦していたのだった。
――まぁ、試合模様と言うよりは『女子そのもの』を観察していると言った方が近いが。
「はー。運動神経バツグン、容姿も可愛い。そして見たところ勉強もかなり出来ると来た。そして金髪外国人という個性も持ってるなんて、こりゃ小説の世界でもない限りそうそう居ないわなー!」
「それがまさか俺達のクラスに転校してくるなんてな! 男子高校生も捨てたもんじゃないぜ! なぁトシ!?」
「男子高校生以外の何にもなれないクセして、良く言うよ。でも普通の男子高校生より恵まれてることは確かだろうな」
確かにこんなに恵まれているクラスはそうそう居ない。
女子の容姿のレベルも平均よりかなり上だし、自分の性格を理解してくれている友達も割と居る。俺がボッチにならずに今もこうやって人と話すことが出来ているのは単に悪友に恵まれすぎたからだろう。
他の高校の男子高校生が見たらまず9割はうらやましがる環境がそろっていることは疑うべくもない。
「しかし困ったな」
「どうした木原。何か難し気な顔して」
「だってよ、眉目秀麗、スポーツ万能、頭脳明晰といえば、うちのクラスにもう一人居るじゃん。流石にそこの枠でキャラ被りは不味いだろ」
「新浜さんの事か」
新浜香奈。
眉目秀麗、スポーツ万能、頭脳明晰。この高校にトップで合格し、未だにそのトップの席を誰にも譲らない、この学校のマドンナ的存在である。
性格が真反対なのであまりキャラ被りは無いと思うが、確かに彼女に似ているところもあるだろう。
おまけに胸まで大きいのも一緒ときた。
いや、新浜さんの方が比べても若干大きいか......?
「あんな可愛い子は何人いても良いだろ! キャラ被りなんて誰も気にしないって」
「いやー、でも新浜さんは性格キツイし、フランちゃんの方が何倍も良い子だから、アイデンティティ潰しで存在感0に――」
その時、どこからともなくバスケットボールが飛来した。
ボールは見事に木原の顔面に衝突する。
ぶべっという轢かれたカエルのような声を上げて木原は倒れた。
「ごめんなさい。手がすべってしまって」
現れたのは噂の新浜香奈だった。
「じ、地獄耳が......」
「聞こえないわ。それより、鼻血が出ているから保健室に行った方が良いのではないかしら」
「言われなくとも分かって......る」
「木原ーーッ!」
俺達はわざとらしく叫びながら木原に駆け寄った。
体育教師が何事かと俺達に近寄ってくる。
「木原君を保健室に連れていきます」
「お、おう」
体育教師は状況が飲み込めないまま、体育館から出て行く俺達を見送っていた。
こうして俺達は体育の授業から悠々とエスケープする。
木原には悪いがここは利用させてもらう他ないだろう。
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保健室に着いた俺達を保健室の先生は嫌な目で見ていた。
『またコイツらか』と言ったような目である。
「貴方たち、怪我が多いんじゃない?」
「こればっかりはどうも」
祭りなどがあると、俺は決まってここを訪れている気がする。
しかも割と重症の場合が多い。
それもそのはず。俺達は『真理の探究者』とかいう連中に事あるごとに狙われているのだ。
『真理の探究者』とは、頭のおかしい奴らが集まるカルト教団みたいなところである。
しかも構成員には沢山のチート保有者が居て、『俺達が集まれば、割と世界が俺達のものになりそうな気がする』と本気で思っている集団だ。
この学校にはチート保有者が沢山居るので事あるごとにスカウトをしに来ていたのだが、仲間にならないと分かると邪魔をさせないために今度はそいつらを殺そうとするのである。
そして標的が俺という訳なのだ。
「もう怪我はしないようにしてよ」
「ハハハ......努力します」
先生が俺を睨んできたので、極力真面目そうな顔をしてそう言い切った。先生はでかでかと溜息を吐いた。
ちなみに先生は俺達が木原の付き添いであると同時に、授業をエスケープする口実に木原を使ったことを知っている。それが分からないほど鈍感ではない。それでも追い出そうとしないのは、この保健室の先生が優しいからに他ならないわけである。
チャイムが鳴り、俺達も保健室から出ようとすると勢いよく一人の女の子が保健室に入ってきた。
「木原クン、居るデスかー!?」
「ほいっ!? 俺です俺です!」
「さっきはすまなかったのデース!」
入ってきたのは金髪の美少女、フランだ。
勢いよくお辞儀をして、勢いよく顔を上げる。ゆっさと胸が揺れた。
「へ? 何でフランさんが?」
「さっきは私をじっと見つめていたじゃないデスか!」
その言葉に俺達三人はギクッと肩をすくめた。
まさか、バレていたのか!?
「いやー、私の動きを見学しようとしてくれていたのに、そのせいでボールにぶつかってしまうなんてもうわけないデース!」
その言葉に俺達は目を合わせる。
そしてアイコンタクトで会話した。
『もしかして気づいてないのか?』
『俺達がみだらな視線を向けていたとは思っていないらしい』
『フランは空気が読めないところがあるからな。そこらへんに疎いのかもしれん』
『まじかよ......』
そして何事も無かったかのように向き直る。
「いやー、全然! 不注意だった俺の方も悪いし、気にすることないよ!」
「そうだよ! フランちゃんは全然、一ミリも悪くないから!」
「オゥ! お気遣い痛み入りマース!」
アハハと笑う俺達の横で保健室の先生がじっと俺達を睨みつける。
そしてボソッと言葉を放った。
「このマセガキどもが」
その言葉は俺達の耳にしか届かなかった。
冷や汗をかきながら、アハハと引き攣った笑みを浮かべるしかない。
「フランちゃん! 早く着替えないと前の時みたいに慌てなきゃいけなくなるよ」
「オゥ! すっかり気を抜いていマシタ! 感謝デース!」
フランはそのままの勢いで保健室から出て行った。
俺は先生を一瞥する。
先生は俺達に侮蔑の目線を向けていた。
「次、同じような理由で来たら出禁にするかもね」
「じゃ、じゃあ、俺達はこれで」
槍のような言葉をかろうじて受け流しながら俺達はそろって保健室を出た。
そしてふぅっと一息つく。
「空気が読めないって、ここまでヤバいのか」
「でもそういうのもアリかもしれねぇ」
「......そうだな」
俺達は少し感傷に浸った後、俺達も着替えなければいけないことを思い出し、爆速で階段を駆け上がった。
こういう男子高校生って感じ、良いですよね。
まさに性欲と煩悩の塊だと思います。




