夏バテは軽いものとそうでもないものがある
この頃、なんだか食欲がない。
だからと言ってご飯を食べないわけではない。作ってもらったものは必ず食べるし、体調が悪くなっているという訳でも無い。
「それって夏バテじゃないんですか」
「だよな。俺もそう思う」
小日向が首を傾げながら尋ねてくる。黒髪の長髪が夏服のポロシャツの上で揺れる。
夏という単語を聞くたびに嫌になる。
夏は俺の最も嫌いな季節だからだ。
「でも俺、これまで夏バテになったこと無いんだよ」
「え、ホントですか? 私なんて毎年バテ気味ですよ?」
その言葉に俺は少し驚いた。
彼女が夏バテをするような人だとは思えなかったからである。
いつも元気溌剌なイメージがあるのに、まさか夏バテをしているとは。
俺は去年の夏にあったことを思い出しながら、その断片に映る彼女に思いを馳せていた。
「ホントに夏バテだったのか? 俺にはそんな風には見えなかったんだが」
「夏バテなんてそんなものですよ。わりと気力でどうにかなりますから」
彼女はふんすと息を吐きながら気張るようにガッツポーズをした。
夏バテは俺にとって冷え性やら生理と同じで、辛い人はとても辛い重大な疾患のように思っていた。俺は夏バテの事を大きなものだと勘違いしていたのかもしれない。
「こんなにやる気が起きないことも初めてで、正直何をする気も起きないんだよな」
「それって普段の佐々木君と何が違うんですか?」
「人を『いつもやる気を起こしていない無気力ニート』みたいな認識で呼ぶんじゃない」
「違うんですか?」
「違う。『やる気を出せるけど出していないスリープモードのハイスペックパソコン』みたいな感じだ」
それを聞いて小日向が笑う。
人を小馬鹿にしておいてこの態度である。
――まぁ、彼女の笑顔が見られるのなら、小馬鹿にされることもやぶさかではない。
「おー、いっつも思うけど二人とも早いな」
「傑か。もう少し遅く来れば良いのに」
「男女を教室の中に二人きりにしておくわけにはいかないんでね」
何だか、ネットスラングの一つである『百合の間に挟まる男』を思い出した。
もちろん俺は男で彼女との関係も友達以上ではないのだが、百合の間に無自覚に入り込んでしまう男も傑のような図太い神経をしているのかもしれない。
「で、何を話してたんだ?」
「佐々木君が夏バテなんじゃないかって」
「奇遇だな! 俺も夏バテなんだよ! この前なんか食欲がなくって、朝飯どころか昼飯まで抜いちまった!」
「それは大丈夫なのか......?」
まさか傑まで夏バテとは。
こんなに元気の塊で、むしろ元気を取り除いたら蛇の抜け殻どころか、亀のカピカピになって剥がれ落ちた甲羅の欠片ぐらいしか残らないようなこの男が?
「お前、死ぬのか?」
「トシ......その時は一緒に死んでくれるか? 俺達は運命共同体だろ?」
「そんな運命、ループでもなんでもして断ち切ってやる」
軽口の言い合いを聞いていた小日向がクスクスと笑う。
こんな軽口の言い合いで彼女が笑ってくれるなら、俺は何度だろうが傑との縁を断ち切ることもやぶさかではない。
思ったんだが、俺は小日向さんのためなら命張りすぎじゃないか?
傑が何かに気が付いたようで俺に耳打ちする。
「思ったんだけどさ、小日向さんと何かあった?」
「......!? なにも無かったデスケド」
「そうか」
傑がニヤニヤしながら俺の顔を眺めていた。
バレたか?
「何コソコソ言い合ってるんですか?」
「別に」
「いや、小日向さんとトシの間で何かあったんじゃないかと思って」
俺は勢いよく傑の方を振り返る。
何故今のタイミングでそれを言ってしまったんだ!?
彼女は一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「まぁ、色々ありましたよ。ね、佐々木君?」
「無かったと言えば無かったし、あったと言えばあったような気も......」
「新崎君には言いませんけど。何せ、二人だけの秘密なので」
口元に人差し指を添える小日向を見て俺はどうしようもない気持ちをどこに吐露して良いのか分からなくなった。
あざとすぎるッ!!
これはあざとい。完全に俺を落としにかかっているのではないかと錯覚するほどのあざとさだ。
傑は何で教えてくれないんだよーと言いつつも食い下がることはしなかった。
「......何の話」
「ああ、小日向さんとトシの仲が――」
「お、俺が夏バテだって話だよ! 何で夏バテになんかなるのかなーって話!」
現れたのは雨姫だった。
傑が小日向との仲について言い出しそうになったのを慌てて止める。
こんなところで何かが知れたら、由香と一緒になって言葉攻めにあってしまう。
それだけはなんとしても避けたいところだ。
「......私も夏バテ」
「雨姫が?」
「......毎年」
「毎年!?」
意外というほどでもなかったが、去年一緒に暮らしてきたにもかかわらず、雨姫が夏バテになっていたことにも気が付かないなんて、俺はなんて鈍いんだと思ってしまう。
そもそも去年は雨姫と出会ったばかりで、彼女の考えていることがまだ少しだけしか分からない状態だったのだ。
気が付けなくても無理はないかもしれない。
「しかし、皆結構夏バテになるもんなんだなー」
「夏バテ? 私も結構なるよ?」
「稲原!?」
「何でそんなに驚くのよ?」
教室に入って来るなりそう答えたのは稲原咲希。野次馬気質の放送部員だ。彼女も元気の塊だった気がする。
元気の塊多いな、このクラス。
「我もなるぞ! 我が同胞よ!」
「田中!」
「ちがーう! 我の名はオルクス=ルシフェノンだ!」
田中太一。中学の時の同級で、一緒に黒狼団と言う名のチート使いと中二病の集まる集団を作った仲間でもある。
話に入ってくることは別に良いのだが、彼が夏バテになるというのは、設定のファンタジーさを壊してはいないのだろうか。オルクス=ルシフェノン(笑)も大変なのだなぁと嘲笑する。
「私もなるわね。昨日なんて気力がわかなくて3時間しか勉強できなかったわ」
「高2の夏前でそこまで勉強できていれば十分なのでは......?」
「甘いわね。佐々木君。シロップより甘いわ」
そう言ったのは新浜さんである。
新浜香奈さんはこの学年の成績トップであり、容姿もかなりレベルが違う。学校のマドンナ的存在......なのかもしれない。結構キツイ性格をしているので、そこさえなければの話だが。
運動会の時にリレーで俺にバトンを渡したことがあり、そこからかなりフランクに話かけてくれるようになった。
「アタシもアタシもーー!!」
「俺もだ」
「......実は私も夏バテなんです」
「待て待て待て待て。かなり多すぎやしないか!? そんなに夏バテになるものなのか!?」
次々に名乗りを上げるクラスメイト達。
クラスはいつにないぐらい異様な盛り上がり方を見せていた。
「いやー、ホント、日本の夏はhumidで大変デスねー! ミーも汗がヤバい出てきてしまってめちゃめちゃデスよー!?」
「「「誰!?」」」
クラスメイト全員が息ぴったりに尋ねる。
金髪を下ろし、サファイアのように鮮やかな目の色をした白い肌の女の子がそこに立っていた。制服はうちのものと同じ服を着ているようだが、まるっきり見覚えが無い。
「ミーは、転校生デース! よろしくおねがいしマース!」
俺達は愕然として凍り付く。
みな驚きすぎて口が開けないようだった。
だが思っていることは同じだろう。
なんだコイツは!!!
新キャラ登場ですね! こうやってみると、今まで出してきたキャラも結構多くなったなーと感慨深く思ったりします。
新キャラに見覚え? ......どこかの艦船のゲームのキャラと似ているような気もしなくはないですね(すっとぼけ)