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私はどうやら好きになってしまったかもしれない。

 私はカバンの中で濡れてしまった傘を乾かすために、部屋の隅で傘を開いて乾かす。

 今日は色々ありすぎた。


「まさかこんなことになるとは」


 私は濡れかけの体操服のままベッドにへたり込んだ。


 最初は軽い気持ちだった。

 仲良くなるには一緒の秘密を持つことが一番いい。

 それに話して楽になるならそちらの方が良いと思った。


「いきなり重すぎだよぉ」


 気の抜けた声が漏れる。

 外ではいつも気を張ってしまうので、こんなところを見られたら恥ずかしさで頭が沸騰してしまうと思う。


「昔の黒歴史ぐらいかと思ったら、全然違うじゃん」


 確かにいつも梅雨の時期や雨が降っていると悲し気な顔をしているので何かあるのだろうとは思っていた。

 軽率だった......

 もう少し考えてから聞いた方が良かった気がする。

 思えば雨になったら決まって悲しい顔をしているのだから、それ相応の理由があって当然でしょ。そこまで分かっていたのに、それでも聞いてしまった。

 私の悪い所がまた出てしまった。


「だから今日は結構サービスしたんだけど、サービスしすぎてしまいました......」


 悪い事を聞いてしまったから、その分楽しませてあげなければいけないと思って、色々したが、少々しすぎてしまったかもしれない。

 もともと、佐々木君が私の事を好きな事は知っている。

 というかあそこまで隠すのが苦手な人の好意に気が付かないほうがおかしい。わざと気が付かないようにふるまってはいるけれど、佐々木君はそんなことにも気づかない。

 佐々木君は、とても恋愛慣れしていないし、頭がいいはずなのに、妙にそういうところは疎い。まるでマンガの主人公みたいだ。

 だからこそ私の方が余裕があると思って色々なサービスをしてしまうのだが、今日はちょっと調子に乗りすぎてしまった。


「さん付けを取り外しただけなのに、まさかここまで大胆になるとは思っていませんでした......反省です」


 佐々木君の呼び方を変えさせたのはもちろん佐々木君との距離を縮めようとしたのと、少し戸惑う佐々木君が見たかったからだ。

 ちょっとからかってみたかっただけなのである。

 でもそれがまさかあんな効果を生み出してしまうとは......


「佐々木君、いきなりかっこよくなりすぎだよ......」


 佐々木君が私を呼び捨てにするようになってから、遠慮が無くなったのかは分からないけれど、私の余裕が崩れ始めている気がする。

 これまでの佐々木君はかっこいい事はしているはずなのに、最後の最後でドジを踏むせいで良くも悪くもかっこよく見えないというのが魅力だった。もちろん佐々木君はそんなことに気が付いていない。だからそんなところが少し可愛いと思っていた。これが母性をくすぐられるというヤツなのかもしれない。

 今回もその一環だったはずが、今回、佐々木君が私を呼び捨てにすることによって、ドジなところが小さくなってしまったのである。

 しかもそれだけではなく、私を強引に引っ張ることも出来るようになっていた。前のヘタレな佐々木君からは考えられないほどの進歩である。


「強引に引っ張られるのは......悪くは無いんだけど」


 今日、私は何度か佐々木君の誘いを断ろうとした。

 私は人に迷惑をかけるのがとても嫌だからだ。

 私に何か服を持ってこようとしてくれたのを断ろうとしたのもその一つだったりする。

 どうしてそこまで人に迷惑をかけるのが嫌いなのか。それを頭に思い浮かべると、暗い闇のようなものが心の奥を蝕んでいることに気が付く。

 そしてそれは今も私を雁字搦めにしている。


 私は他の人に色々迷惑をかけすぎた。

 これまでの人生の中で。

 思い込みかもしれないけれど、さんざん色々な人に迷惑をかけて、そして沢山の人を困らせて来た。

 

 佐々木君に最初に会った時もそうだった。私が自分のチートさえきっちりと正確に把握できていれば、佐々木君は事故にあわずに済んだ。

 罪滅ぼしするために退院するまでほとんどの日にちを佐々木君のお見舞いに行った。

 もちろん、罪滅ぼしなんて一言も言い出せない。

 

 私が合宿の時にも調理実習で迷惑をかけた。

 佐々木君が咄嗟に機転を利かせてくれなかったら、私たちは調理実習を綺麗に終えることが出来なかっただろう。

 それを恩返しするような気持ちで、人付き合いが苦手な佐々木君に話しかけ続けた。


 それからも佐々木君を何度も困らせ続けた。

 佐々木君はそんなことをもろともせず、たった一つの冴えたやり方を編み出して、私たちを救い続けた。

 だからずっと恩返しをしたいと思いながら、今のいままで付き合ってきた。


「佐々木君......」


 これ以上困らせたくない。そうやっていつも気を使いながら生きて来た。

 でもいつも自分の予想しないことで彼を困らせてしまう。


 今日の佐々木君は少し強引だった。

 迷惑をかけてしまうと断る私を振り切って、強引に私を救った。

 服を持ってくるのを断ろうとした時、彼は強引に私を押し切って服を貸してくれた。

 相合傘を途中でやめようとした時、彼は強引に私を引っ張って相合傘の中に入れてくれた。

 彼の私に対する気遣いがいつもよりも強くなったわけではない。彼は元から私に気を遣って、色々な案を出してくれる人だった。

 だけど今日、呼び捨てを止めたことで彼に大きな変化が起きた。

 私に遠慮するのをやめたのだ。


 私は少し濡れた彼の体操服を脱ぐ。

 その体操服は、生地が伸びてしまうのではないかというほど胸周りが小さくて、自分のスポブラの形がくっきりと浮き出ていたのではないかと思うと、少し恥ずかしかった。それに彼の匂いが染みついていて、正直言うと少し臭かった。

 そしてその体操服をくるめて折り畳み、抱きかかえるようにして顔を近づける。

 彼の匂いが全身に入り込んでくる。


「くさい」


 くさい。けれど、嫌ではない。

 彼の匂いを嗅いでいると、自然に心が不安から解き放たれる気がした。

 この人に頼っていれば、もしかすると、困った事や悩み事があっても、どうにかして解決してくれるのではないかという淡い期待感。


 そんなものを抱いてしまってはダメな事は分かっている。

 それはつまり、私が彼に迷惑をかけ続けるということだ。


『お前、自意識過剰すぎやしねぇか?』

『迷惑なんだよ。お前みたいなヤツ』

『メンドクサイやつだな』

『ふざけんじゃねぇ! なんでお前が起こしたことの尻ぬぐいまでしなきゃいけねぇんだ!?』


 嫌われてしまう。

 そんなことをし続けたら、きっとあの時みたいに嫌われてしまう。

 それだけは嫌だ。


 彼に嫌われたくない。

 その感情はずっと心の奥にあった。

 それは恋人に向けるようなそれではない。私は関わる人全員にそういう感情を持っている。

 彼に恋をしていたかと言われるとそうでは無い。

 彼は私にとって『優しくて尊敬できるすごい人』だった。だけど彼が私に恋をしていたのは知っていたので、出来るだけ『サービス』という形で恩返ししようとした。

 それは自分が彼に母性を感じて心に余裕があったから出来たのだ。もっとイヤミな言い方をすれば、私は彼が私のことを好きだと知っているけれど、彼は私がどんな気持ちなのか知らないという優位性があったから出来たことだった。でないとそんなに割り切って『サービス』することなんて出来ない。


 でもその優位性が崩れてしまうのを感じていた。

 彼が私の本質を知ってしまったからである。

 私が人に迷惑をかけるのが嫌だということを知られてしまい、佐々木君が強引に心の奥底で私が本当に望んでいることを叶え始めた。


 このままではいけない。

 このままでは彼と私が対等になってしまう。

 そうすると『サービス』が出来なくなってしまう。

 彼を好きになりかけている。

 

「佐々木君......っ!」


 佐々木君。

 こんな面倒臭い私を助けてくれますか?

 小日向さん、あなたも闇が深かったのですか......

 誰も理由もなく都合の良い女性を演じてくれるわけでも無く、彼女には彼女なりの意志があるという話です。

 

 そしてメタ視点で言ってしまえば、ここから彼らの関係も第二章に突入します!

 ここまで長い! 長かった!

 そして、ここからも長いです! エタらないし、すぐには終わらないので安心して着いて来て下さい!

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