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心の距離を縮める前に物理的な距離が縮まった。

 俺はいそいそと傘を開く。

 そして俺の体操服を着た小日向を見て、自分の傘の下に招く。


「さぁ、どうぞ」

「佐々木君も一緒に入りましょうよ」


 こんな体験をしたことがないので、俺は精神的にも物理的にも腰が引けていた。

 へっぴり腰で傘を差しだす俺を見て、彼女は自分に気を使ってくれていると思ったのだろう。

 俺はヘタる気持ちを押し殺し、傘を普通に持つ。彼女が間近に近づいてくる。


 肌と肌が触れそうな距離。触れなくても相手の温度を感じる。

 小さく彼女の胸のふくらみが上下している。自分のものでさえも意識したことのない呼吸をこんな形で意識することになるとは思わなかった。

 彼女の頬がいつもより若干赤い。

 彼女がチラリと横目で俺を見る。

 彼女が......

 近い!


「行かないんですか?」

「行きます! 行きましょう!」


 俺は足を踏み出すが、同じ方の手と足が同時に出てしまう。

 相当緊張している。

 これではもっと気まずくさせてしまうではないか。


 俺は深呼吸をして無理矢理、意識を彼女から逸らした。


 俺達は帰路を辿る。

 一緒に歩いているとこれまで気づかなかったことに気が付く。

 彼女は俺より歩幅がかなり狭い。なので早く足を動かさなければ、俺と同じ速さでは歩けないのだ。

 俺は彼女と一緒にこうやって並んで歩くまで、そんなことにすら気付けなかったという訳である。

 速度を落とす。

 今度は彼女の歩幅に合わせて。


「すみません」

「いや、謝るのはこっちだよ」

「もう少し速くても良いんですよ」

「いや、俺はゆっくり歩きたいんだ」


 彼女を説得させるために言った言葉だったが、もしかしたら俺はとんでもなく恥ずかしい発言を下のではないかと思ってしまう。

 俺はゆっくり歩きたいという発言。これはもしかして取り方によっては、「あなたと一緒に長い間歩きたい」という意味にも取れるのではないか!?

 彼女がその言葉をどう受け取ったのかは分からないが、少し嬉しそうな顔をして歩いている。これなら多分、言葉通りの意味として受け取ってもらえたに違いない。

 俺達はいつも小日向が乗っているバス停までたどり着く。

 だが、俺はそこをスルーしようとした。

 彼女が頭に疑問符を浮かべて立ち止まった。

 俺は彼女の腕を引っ張って傘の中に引き入れた。


「もともと相合傘をし始めたのはバスから降りた後に時止めが使えず、雨に濡れてしまうからだよな? だったら家まで送らなきゃ意味がないだろ。バスも次の便はかなり遅いはずだ。待っていたらいつ帰れるか分からない」

「でもそれは佐々木君にすごく迷惑がかかって――」

「俺が苦しまずに小日向を3倍苦しませるより、俺と小日向で等倍ずつ苦しんだ方が良い。それにこんなところにそんな恰好の女の子一人置いて帰るなんて、心配で心が裂ける」

「そう、ですか」


 小日向がぽかんとした表情になる。

 彼女に否定させないためには多少強引なぐらいが良いのである。一年も一緒に話していればそれぐらい分かる。

 ただ落ち着いて考えてみれば、かなり恥ずかしいことを言ったような気もする。

 今日は恥ずかしいことを言ってばかりじゃないか!

 それに体操服姿の女の子をそんな恰好って、そんな言い方はないだろうが! お前にはデリカシーが無いのか!?


 自分が恥ずかしさで悶え死にしそうであることをおくびにも出してはいけない。そうなってしまえば余計に小日向を苦しめるような気がする。

 大体、この『小日向呼び』がいけないのだ! なぜだか親近感がわきすぎて、これまで出来ていた気遣いが出来なくなってしまっている! 自制心が無くなってしまうではないか! 


 何事も無かったかのように一緒に歩き始める。


「あっ」

「どうしたんですか」

「家、知らないな......」

「......一緒に行きましょうか」


 どうしてここまで格好良く決まらないのだろうか。

 俺は彼女に道を教えてもらいながら進む。

 小日向がふぅっと胸をなでおろしたような気がした。俺はその行為の意味が分からなかった。


「小日向、なんかちょっとホッとしてないか?」

「ッ!? してないですよ」


 彼女は動揺を隠そうとしているらしいが、それが出来てない。

 いつもの彼女なら軽く受け流して終わりなのかもしれないが、今日の彼女は少し不器用だ。まぁ、俺が色々な事を話した後だから動揺しているのかもしれないし、呼び方が変わっていつもの調子が狂っているのかもしれない。

 俺は深くは追及しないことにした。


 小日向の小さな肩幅が上下に動く。

 俺達は雨粒をかき分けながらバケツをひっくり返したような雨の中を進む。

 来たことのない路地、見かけたことのない家。

 隣町には何度か行ったことがあるが、これまで見えていなかった光景ばかりだった。

 彼女が隣に居るから新鮮な気持ちで見られているのかもしれない。


 あれだけ恥ずかしかった相合傘も少しすれば案外慣れてしまうものである。

 俺達の距離は最初よりもかなり縮んで、歩くスピードも安定する。

 時々肩が触れて、俺の体が跳ね上がるのはまぁご愛敬といったところだろう。

 

 あたりが真っ暗になった頃、左側に何やら荘厳な雰囲気の神社がたたずんでいることに気が付いた。

 本殿が大きいとかそういう訳ではないのだが、何故かスピリチュアルな雰囲気を感じる。

 とても神聖で近づいてはいけないような、けれど何か力をくれるような、そんな気がした。


「すごい」

「凄いでしょ? ここ、私の家の神社なんですよ」

「えっ!? こ、ここが!?」


 そう言えば小日向の実家は宮司である。

 正月ごろ俺がラノベに浸っていた時にチラッと聞いた。

 あの時は彼女の巫女服姿が拝めなかったことが、心底悔しかった。

 今年こそは見てやるのだ。


「では私はここらへんで」

「玄関先まで送るぞ?」

「それだと親にバレちゃいますよ」

「あ、そうか」


 彼女も流石に男と一緒に帰ってきたところを親に見られるのは不味いのだろう。

 その相手と何も無かったとしてもこんな夜遅くに送ってもらったところを見られたら、何らかの説明を求められることは必至だ。


 彼女がタッタッと水たまりを蹴散らしながら帰っていくのを黙って見送る。

 今日の彼女は少し様子がおかしかったが、俺にはなぜかそれが小日向の自然体であるように感じられた。

 彼女との距離が縮まった。

 そう感じながら、俺は誰にも見られていないことを良い事にスキップをしながら家に帰った。


--------------------


 帰ってきた私は、とりあえず玄関先で座り込み、ふぅっと一息ついた。


「どうしたの、時雨。今日はえらく遅かったじゃない」

「ちょっと用事があってねー」

「そう? それにどうしたのその服」

「制服がびしょ濡れになったから、友達から借りたの」

「早く洗濯物のところに出しときなさいよ」

「はいはーい」


 お母さんが疑わしそうに私を見て来るので、足早に自分の部屋に潜り込む。

 お母さんは勘が良いので、あまり一緒に居ると何か気づかれてしまうかもしれない。


「今日は色々あったなぁ。......色々起こしすぎちゃったかもしれないね」


 勉強机にカバンを置いた。

 ずぶぬれになってしまった制服、教科書が濡れていないか確認する。

 そして、カバンの中から使わなかった折り畳み傘を取り出して机に置いた。

 おっと......

 どうやら小日向さんはちゃんと傘を持っていたようですね。

 そして唐突に始まる小日向さん視点。

 次回は初の小日向さん視点でのスタートです。

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