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やはり格好良くきまらない

「どうしてこんなことになっちゃったんでしょうね?」

「テンション変わるって怖いよな」


 降り注ぐ雨。

 先程までの無音とは大違いだ。

 だが、今まで聞こえていたようなしみじみとした感じではなく、今はただの雑踏のような感じに聞こえていた。

 雨が自分に寄り添うものではなくなったからかもしれない。


 それはそれとして、今の自分にはもっと重要な問題があった。


「どうしましょう。この服」

「俺はべつにこのまま帰るけど......小日向がソレなのは不味いだろうな」


 俺達の体がびしょ濡れなのであった。

 つまるところ、異常な風景に我を忘れた俺達は、その場のテンションで色々なことを言い合った挙句、15分というタイムリミットを忘れて踊り続け、結果的にもの凄い量の雨を浴びてしまったのである。

 俺は一体、小日向に最初に会って車に轢かれた時からどれだけ成長できたのか。

 もしかしたら何も成長していないのかもしれない。そんなことを思いながら俺は水の滴るポロシャツを絞った。

 俺は横目で小日向をちらりと見た。


 彼女の髪からは水滴がしたたり、髪をいじる掌に水滴が伝わる。

 そして曲げた肘からぽとりと垂れた。


「何見てるんですか」

「すいません! つい」


 つい、でどうにかなる話じゃないだろうにと思う。

 とりあえずどうにかしなければ、と思ったが、彼女の水に濡れた肌が俺の思考の邪魔をする。

 そう言えばハチワンダイバーという漫画に、『女ができると将棋が弱くなる』という話があったような気がする。

 もっとも、俺の場合は隣に小日向が居るだけなのであるが。

 というかこの小日向って呼び方もあの頃の勢いの産物なのだから、今普通の呼び方に戻しても水に流してもらえるのでは?


「小日向さん。どこからか毛布でも――」

「敬語はダメです!」


 ぶー、と言いながら彼女が俺の裾をいじいじと引っ張ってくる。


 控えめに言って可愛い。


 だが、この状況をどうにかしなければ、彼女の服は透けたままだ。

 流石に女の子をその状態で帰らせるのは気が引けるというか、隣町から来ている彼女はバスにも乗らなければいけない。この姿のままで一人でバスに乗らせるのは流石に可哀そうというか、俺が気にしすぎているだけなのか?

 思考がまとまらない。


「べつに」

「へ?」

「別に大丈夫ですよ。このまま帰れますから」


 ああ。

 思い出した。

 彼女はあまり人に迷惑をかけたくないタイプなのだ。

 人が困っている姿を見ると励ましたくなるくせに、自分が困っていても人から助けを乞おうとは思わない。

 そこで俺はあることを思い出す。


「ああ、そうだ。確か、今日は......」

「何ですか?」


 俺は学生カバンを開き、中を確かめる。

 今週はもう体育が無かったはずなので確か......


「あった。体操服」

「週末じゃないのに、もう持って帰ってるんですか?」

「俺、こういうのは必要ないと思ったらさっさと持って帰るタイプなんで」


 彼女にその体操服を渡し、俺は体育館裏で外を見つめる。汗臭いのは許してほしい。

 外を見つめては居るが、その景色は脳内に入ってこない。

 かすかに漏れる衣擦れの音。それが俺の鼓膜を刺激して、一気に思考を蒸発させる。

 これは彼女にとってもかなり恥ずかしい事なのではないのだろうか? 俺は恥ずかしい事を彼女に強制させているのか?

 そう考えると、もっと最良の行動があっただろうにと思ってしまう。


「はい! 着替え終わりました!」


 俺はのっそりと立ち上がり、振り返り、卒倒しそうになるところを抑え、平常通り振舞った。


「似合ってますよ?」

「そうですか? これで似合ってるって言われてもそんなに嬉しくないなぁ」


 小日向はもじもじとしながらそのサイズ違いの服を引っ張った。


 何が似合っている、だ! この間抜け! 何で、俺の体操服を彼女が着ているのを見て似合っている、なんだ! それは服選びで彼女が気に入った服を手に入れた時に言う言葉だろうが! 男性ものの体操服が似合っているなんて言われて嬉しいわけないだろ!


 俺は心の中で自分に向けて罵声を飛ばしながらハハハと笑った。


 実際、その服は破壊的なインパクトを俺に与えた。

 腕の長さがあっていない半そではまるで七分丈。背丈の長さも長いため、まるで彼氏の部屋に来て彼氏のシャツを着る彼女のような構図を醸し出している。

 さらにズボンも夏用のものなので半ズボンだ。彼女のスラリとした足が、俺の体操服のズボンから伸びていると思うと、背徳感がメーターを超えて、俺の心がオーバーヒートしそうになる。

 そして極めつけが、体操服のサイズに合ってない胸のサイズ感だ! いつもは制服の下からなのであまり気が付かないが、こうして見ると彼女も中々スタイルの良い体をしている。俺の体操服が伸びてしまうのではないかと思うぐらい皺が寄っている!!

 破壊的だ。破壊的なインパクトだ。これで理性を保てている俺がある意味、不思議だ。


「じゃ、じゃあ帰りましょうか」

「あのー、実は......ほんとに言いにくいんですけど」


 俺は首を傾げる。

 何か後ろめたいことでもあるのだろうか。もしくは不満とか。

 まさか、俺の体操服が匂うとか!? ......言ってしまえばそれも事実だ。におわない使った後の男の体操服がある訳がない。


「私、今日傘持ってきてないんですよね」

「へ?」

「降り出したのは朝じゃないですか。私たちが登校してから。ホントなら持ってくるべきだったんですけど、バス停まで近いし、そこまでなら走って行けるし、そこからは時を止めて15分の間で帰れるので、あまり傘を持ってくる習慣が無いと言いますか」


 しどろもどろにそう答える彼女はとても気恥しそうだった。

 ここは俺から言うべきか。

 しかし、まさかこのタイミングでこれをすることになるとは。

 勇気を出せ! 佐々木宗利! お前も男だろ! 相手から言われなければ何も出来ないのか!?


 俺はパンッと勢いよく頬を叩く。

 小日向がびっくりしたような顔をしてこちらを振り向いた。


「俺と!」

「......」

「相合傘、してくれませんか!?」


 思った。

 果たしてここまで勇気を出す必要があったのだろうか、と。

 これではまるで告白ではないか、と。

 これはさらっと言い流すぐらいの方が良かったのではないか、と。


「はい! こちらこそよろしくお願いします!」


 小日向さんにこれだけはっきり言わせることも無かったのかもしれない。

 かくして俺達のなんとも言えない相合傘が始まった。

佐々木君が最高に陰キャムーブしてて作者は佐々木君らしいなぁと思いながら微笑んでおります。

次回はついにあいあい傘です。

作者は男とならやったことがありますよ。悲しい人生を送ってきたものです。

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