表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/307

それが『ダメチーターの為した事』だった

今回少しグロテスクな描写があります。

覚悟して読んでください。

「あの事件って何ですか」


 俺は少し黙った。

 話すことを整えるように大きく深呼吸をして目の前に降り注ぐ水のカーテンを見た。

 間違いなくここは小日向さんと俺の二人きりで、他の誰ものぞくことが出来ない。

 雨は全てを隠してくれる。

 俺はその時、そう思った。


「忌まわしい事件です。あの日、いつもと同じように親戚が家に訪ねて来た。いつもと違ったのは母は買い出しに出ていて俺だけが一人家の中に残されていたんです。いつもは連れ出してくれるのですが、その日は雨がひどく振っていたので、俺が『外には出たくない』と言ったのです」

「佐々木君。雨は好きなんですよね?」

「そのころは嫌いだったんです。いや、その時までは嫌いだったんです。俺はその日を境に雨が好きになりました。その時までは俺は濡れるのが嫌いな至って普通の子供だったんです」


 俺はそう言いながらそう言えばそうだったと思い出す。

 その日までは俺は雨が嫌いだったのだ。他の子どもと同じように、雨の降る日は必死になって走りながら家路を辿っていた。

 俺が物事に好き嫌いを示すというのはあまり見られないことだし、ましてやそのころの俺は自我を必死に抑えて好きも嫌いも言わないようにしていたのだ。本当は嫌いな野菜もあったし、買ってほしいおもちゃもあったが、全てをシャットアウトしていた。

 おかげで俺は好きな物も嫌いな物もないような性格になってしまったのだ。

 そんな中でも自然に雨が嫌いだと思えたのは、単にその時まで好き嫌いとして認識していなかったからかもしれない。


「その時の俺は少し機嫌が悪かったんです。だからつい反抗的な気持ちになって母に着いて行きませんでした。母は特にそのことについて言及する様子もなく何事も無かったかのように出て行きました。後から考えて思ったのですが、その時俺は、父がどこかで使ったチートを模倣していたのかもしれません」

「それがどう事件に繋がって来るんですか?」


 俺はまた息を整えた。

 知らないうちに手先が震えていた。多分これは、雨で手先が冷たくなったせいではないのだろう。

 俺はこの話をすることに怯えている。

 だから勿体つけて後ろに後ろに先延ばしにしているのかもしれない。


「父はいつもと同じように親戚を家に連れ込みました。家に俺が居たので俺をしかめ面で睨みつけていきました。その時は父も腹が立っていたのか、親戚に要らない命令を押し付けていました」

「いらない命令、ですか? どういう命令なんですか?」

「それは言えません。ここで言うのもはばかられるぐらい下品なことだと思って頂ければ結構です。子供が家にいると知っていながらすることではないとだけ言っておきます」


 その時に小日向さんの頭の中でどんなことが思いを駆け巡ったのかは分からなかったが、少なくとも良い事でないことだけは確かだ。

 小日向さんは表情を歪めた。

 別に俺は聞いた小日向さんを責めているわけではないのだから、気にしないで欲しいと思った。しかしそれを俺が言うのは少し違うような気がした。


「俺はそれを屏風(びょうぶ)の隙間から見ていました。好奇心がどうとかいう問題ではなくて、ただ単に俺がアイツへの憎しみや怒りを高めて、俺がアイツと同じ人間ではないということをはっきりと自覚するために目に焼き付けていたのです」

「そんなことをする必要は、」

「無いですよ。でもあの時の俺にはその行為が一番意味のある行為だと思えていたんです」


 俺はその時の光景が脳裏に焼き付いていた。

 親戚に馬鹿な事をさせる父親の姿は滑稽そのものだったし、それに素直に従っている親戚にも腹が立った。

 ここに人間は居ないのか。

 そう思えた。


「父は母が帰ってきたのを見てようやく親戚を帰らせました。母はその行為を見ても特に何も気にすることなく厨房で料理の支度を始めました。入れ替わりに俺は父親に詰め寄りました。一言文句を言ってやりたい。他の人間ではない家畜たちに変わって、『それは非人道的な行為なんだ。良識的な常識人がそんなことをするのは間違っている。早くそんなことはやめて真っ当に生きるんだ』と言いたかったのです」

「佐々木君はその時、小学校高学年だったんですよね?」

「そうです。だからそこまで言語化することはできなかったし、理性的に叱るなんてことも出来なかった。だから怒りをぶつけるしかなかった」


 そして俺はアイツに詰め寄った。

 アイツの顔が鮮明に浮かぶ。

 世界で唯一自分の魔法が効きにくい俺の存在を、ヤツはバケモノとして見ていたのかもしれない。

 奴が口を開きかける。

 あの瞳は俺に命令するときの目だった。ヤツは俺に何かを命令するつもりだったのだろう。

 そしてヤツの瞳は人を殺せる狂気に染まっていた。


「俺はアイツに向かって思いの丈をぶちまけました。『死ねばいいのに』と」

「え?」

「それが俺の怒りの言葉でした。子供の悪口になるはずでした。俺がダメチーターでさえなければ」


 小日向さんは青ざめた。

 これから起きることを理解したようだった。


「アイツは納屋の中から麻のロープを持ってきました。ヤツはおもむろにその家の大黒柱に紐を引っかけて括ると、椅子をその下に設置しました。俺は何をし始めるのか理解できなかったし、母はただその様子を見ているだけで止めようとはしませんでした。そこに居る誰もが、ヤツの行動を止めようとはしなかったんです」

「嘘......嘘でしょ?」

「彼はそこに首を引っかけて、椅子を押し倒しました。苦しそうに呻いた後、ぐったりとして動かなくなりました。俺はそのことが何を意味しているのかも理解できず、そして俺が発した言葉の意味についても明確に理解しているわけではなかった」


 小日向さんが頭を抱えている。

 信じられないという風に目を見開いたまま、下を向いている。

 自分が今まで話してきた人に、実はそれだけの重い過去があったなんて思ってもみなかったのだろう。

 でも受け入れてもらうしかない。

 それが『ダメチーターの為した事』なのだ。


「母は父がぐったりとなった瞬間に正気を取り戻しました。しかし一度に起こった事実を受け止めるには起こったことの数が多すぎた。いつの間にか自分が結婚していて、いつの間にか子供が出来ていて、分からないまま自分は中途半端な子育てをしてきて、いつの間にか子供は夫を殺していて、その一部始終を何の疑問も持たずに見ていた。それは母には耐えられないことでした。母は呻きながら暴れた挙句、転げまわった時に自分が片手に持っていた包丁が自分の体を何度も突き刺して死にました。俺はそれを止めようとしましたが、なにも出来ませんでした」


 小日向さんが口元を抑えている。

 俺も吐き気がしてきた。

 鮮明に思い浮かぶ。あの時の光景。


「俺は家を出て大雨の中を泣きながら走りました。いくら叫んでもいくら泣いても誰も自分に気づくことはありませんでした。俺はそこら中にあった植物を嫌と言うほど引きちぎりながら体中を泥まみれにして歩きました。気が付くとそこは交番でお巡りさんに保護されていました」


 俺はこれでも起こったことをオブラートに包んだつもりだった。

 余りにショックが大きすぎる。

 俺は小日向さんが口元を抑えるのを辞めるまで傍で座っていた。

 雨は降り続いていた。

読了お疲れさまでした。

多分この作品で一番反吐が出るシーンはここだと思うので、ここからは割と大丈夫だと思います。

もう少し柔らかくしようかとも迷いましたが、ここだけは譲れなかったのですいません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ