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忌まわしい『父親』を俺は心底嫌いだった

 俺は昔の記憶に思いを馳せながら語った。

 俺の意識を誘導させるように雨粒たちは彼らが穿った小路を流れ、一本の線を築く。


「俺の父親は俺達を養うために真っ当な職業に就こうとはしませんでした。アイツには使い勝手のいいチートがありましたからそれを利用して生きて来たんです」

「使い勝手の良いチート?」

「ええ。アイツのチートは単純明快、『相手に命令したことを絶対に実行させる』チートです。あの生徒会長のチートとも似ています」


 生徒会長の能力、『洗脳』は目が合った者の考えを支配する能力だ。生徒会長も父親と同じようなことが出来たと思うが、言うことを守らせるという点においては父親の方が強度は強いだろう。


「俺の父親は、多数の人間から金を巻き上げていました。目を合わせた人間に『金をくれ』と言うだけで、相手が不思議に思うこともなく有り金全てを貰う事が出来るのだから、これほどまでに簡単で空虚な金の稼ぎ方もないでしょう」

「......」

「あの父親は母にDVを働いていましたが、母は決して文句を言うことはありませんでした。俺はそんな母を見て『何で逆らわないんだろう』と思っていました。母に聞いてみたところ、一言返された言葉は『それがどうしたの?』でした。今から思えば、母は父から『俺のすることに疑問を持つな』とか『俺の言いなりになれ』と言われていたのかもしれません」

「佐々木君......」


 雨はしとどに降り続く。

 止まない雨は無いと言うが、俺にとってこの記憶は心の片隅で振り続ける止まない雨と同じだった。別にそれがどうということは無い。普通の時は別に気にしたりなんてしないのだ。

 聞かれたから答えただけ。心の片隅で降る雨の中に招待して、一つの傘の中で止むことのない雨の雨宿りをしているだけである。


「もしかしたら母と父が結婚したのも、父が『俺と結婚しろ』と言ったからかもしれないし、俺が生まれてきたのも『俺の子を孕め』と命令されたからかもしれません。母が俺の事をどう思っていたのかは知りませんが、俺に本を読み聞かせてくれたのも『コイツの面倒を見てろ』と命令されたからかもしれません」

「そんなことは......そんなことは無いですよ」

「確かにそうかもしれません。母と父はちゃんと結ばれて結婚したのかもしれないし、今ではその確認のしようもありません。俺にはもうどちらも居ませんから」


 小日向さんは止まない雨の中で陰っていたように見えた。

 関わる人すべてを笑顔にする彼女のスマイルも今は影を潜めている。

 小日向さんが何とか励ましてくれようとしているのは分かる。口を挟むタイミングをうかがっているのも分かる。

 でもその時は訪れない。

 雨は降り続いているのだ。


「父は俺の存在をあたかもバケモノを見るような目で見ていました。あまり近寄りたくないと言った感じかもしれません」

「......どうして?」

「俺には命令の効力が薄かったんです。それもそのはずです。俺には幸か不幸かダメチートが備わっていましたから。物心つく前から俺のダメチートは機能していたので、俺に命令しようとすると、勝手に俺の能力が干渉しあって俺への命令の効き目が弱くなってしまうんです」

「だから、お父さんから避けられたんですか?」

「自分の息子に命令して自分の思い通りにさせるのが果たして本当に父親のすることなのか、俺には疑問が尽きないですけどね」


 本当にそうだった。

 俺はアイツの事を尊敬できる父親だと思ったことは一度もない。

 ただの同居人。ただの命令をしてくる人間。

 他のクラスメイトが尊敬できる人間として『父親』を上げていることに俺は共感できなかったし、それに文句を言わない母にも共感は出来なかった。父はなまじ人間味があったが、母のことはもう傀儡か操り人形にしか思えなかった。

 だから俺に尊敬する人は居なかった。

 当時は傑とも本当の意味で仲が悪かったし、きれいごとのような言葉を口の中からいともたやすく吐き出す友達にも反吐が出た。

 だから友達を作ろうという気さえ、起こらなかった。


「学校でも辛いことは何度もありました。でもそれはいじめられたとかそう言う意味ではありません。何せみんな俺に近寄るとひどい目に合うと思ってましたから、うかつに近づけなかったんです。辛いというのが誰とも胸の中にあるわだかまりを共有できないことを指すのだと知ったのは、傑と友達になってからでした」

「新崎さんは佐々木君にとって、とても心の支えになってくれた人なんですね」

「......この話はやめましょう。恥ずかしい」

「え! 何でですか! このままだと暗い雰囲気のまんまですよ!」

「今日は暗い雰囲気の話をすると心に決めてここに来たんです。ここまで来たら小日向さんにも最後まで付き合ってもらいますからね」

「むぅ」


 そんな不貞腐れた顔をしながらも聞くことはまんざらでも無いようである。

 彼女はこういう時、とても優しい。少しでも場を和ませようと頑張ってくれたのだろう。結果的に俺がぶちこわしてしまったようだが。

 ともあれここまで来たのだから小日向さんにも責任がある。最後まで付き合ってもらわなければなるまい。


「辛い事を父に話して相手にてしてもらうのだけは嫌だった。幼いながらにその思いだけは鮮明で、とてもはっきりとしていました。父に頼っても力になるどころか、面倒くさがられるだけだと分かっていましたから。一応は親なので俺を養うだけの金は家に収めていました。それ以外の場面で顔を合わせることはほとんどありませんでしたけど」

「お父さんはお父さんなりに佐々木君のことに責任は感じていたのではないですか」

「それは無いと思います。ただ、子供が出来たという事実を認識していてそれに見合うだけのことはしていたというだけの話です。現に俺はアイツから愛情を貰ったことはありません」

「......佐々木君は悪い方に考えるのが得意ですね」

「良い方に考えると頭の中が矛盾して破裂しそうになりますから」


 それは少し大げさだったが、小日向さんに対する意思表示でもあった。

 つまるところ俺はこの考えを死ぬ間際まで変えるつもりはないという意思表示です。


「彼はお金の安定した供給源に自分の親戚全てを選びました。父のチートは一定時間しか効果を発揮しないみたいで定期的に命令しないと効力が切れてしまうからだったと覚えています」

「関係ない人ではないのですか?」

「父にとって関係ない人と関係ある人の境目なんてものは存在しないんです。自分かそうでないかだけ。彼は子供のころから無意識のうちに自分の両親までも命令を聞かせていたようでした」


 小日向さんはその考えに理解が及ばないようだった。

 当たり前だ。

 そして、こんな考えに至らないで欲しいと切に願う。


「親戚たちは自宅にかなりの頻度で来るようになりました。そして父と顔を合わせて金だけ置いて帰っていく。俺には見向きもしませんでした。そんなある日のことです。あの事件が起こったのは」

「あの、事件?」

「俺の人生の中で最も忌まわしい事件。限られた人しか知らない俺の過去の話です」


 雨は俺の話を隠すように一層強く降り始めた。

雨はザーザー降り続けています。

現実世界ももうすぐ梅雨入りですかね?

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