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そして俺は『あの頃』に立ち返る

 何事もなく授業が終わる。

 本当に何事もない、何の変わりもない一日だった。

 世間がコロナで騒ぎになっているからか昼食や各授業の間など先生の気遣いが見えるところはあったし、授業の進みも遅々としたものだった。

 でも、それでも何か違う所があったかと聞かれればそれしかない、本当に退屈な一日だった。


「それで、話してくれるんですよね」

「......もちろん」


 外では雨が降り続いている。

 俺は雨が嫌いではない。

 雨は言葉を雑音で霞ませる。それが泣き声であれ何であれ全てを溶け込ませる。思いも全て洗い流してただのたわごとにしてくれる。

 俺達は体育館裏の少し長い屋根の軒下で滴る雨を眺めていた。

 滴る雨は土を削り、窪みに水をとどらせる。


 丁度あの日もそんな日だった。


「小日向さん。俺の今の両親が本当の両親ではないという話、言ったことがありましたっけ?」

「えぇ、確か聞いたことがあるような......ないような」

「一年も前の話だし、少しだけしか話したことが無かったから、覚えていないかもしれませんね」


 小日向さんは小首をかしげながら思い出そうとしていたが、思い出せないようだった。


「うちの今の家はいわゆる孤児院のような役割をしています。両親のいない子供を引き取って育てるんです」

「え、」


 小日向さんが言葉を喉に詰まらせる。言ったことがなかっただろうか。


「まぁでたらめに何人もという訳でもないし、普通の孤児院とは少し形態が違うのですが、それはまぁ置いておいて」

「そうだった、んですか」


 小日向さんは相当ショックを受けていたようだった。薄々勘づいていたのかもしれないが目の前に居る人間がそういう人だと言われると確かに扱いに困ると思う。

 小日向さんは言われたことをそのまま飲み込むように喉に唾を送り込むと、頭を振って俺の言葉に耳を傾ける。


「俺がここに来たのはちょうど中学に入る前の頃でした。その時までは俺は普通に両親と暮らしていたんです。アレを両親と言って良い物か俺もはばかられますが、とりあえず俺を産み落としてくれたという意味では両親でした」

「......」

「......言いすぎました。それに俺は取り返しのつかないことをしてしまった。こんなことを思っているようではまた同じことを繰り返しかねない。嫌ですね」


 俺は口の端々に皮肉をにじませていた。

 小日向さんは黙ったままだった。俺の事を良く知らないのでまだ何も言えないのかもしれない。

 これだけ一緒に居ても何も知らないと言い切ってしまえる。

 出会ってから一年半だ。なのにこれまで、こんな放課後に話せば知ってもらえるようなことさえ話していなかった。

 これはあまり良い事ではない。


「俺は小学生の時、とても暗い性格でした。今でこそこんな感じで振舞えているけれど、昔はもっと淡泊で人の事をあまり信頼することは無かった」

「なんか、分かる気がします。佐々木君はなんか、とおくから物事をぼうっと眺めているようなタイプだと思います」

「そうか、あの頃の名残が......消し去ってしまいたい。ともあれ、俺は小学生の頃は上手く学校になじめていませんでした。というのもそれには明確な理由が在ったのです。何だかわかりますか?」

「......さぁ?」


 小日向さんが少し考えた後、結論を出せずに聞き返す。

 小日向さんであれば、俺がもともとそういう性格だから馴染めなかったとかそういうことを言うかと思ったが、この雰囲気だ。そういうことを言うのは憚られたのだろう。

 もう少しフランクに話せないものだろうか。重たい話を重たくしか話せない自分に嫌気が刺す。

 誰かのことを嫌だと思うと、自分の事まで嫌だと思ってしまう。

 悪い癖だ。


「俺はあの頃、俺の持っているダメチートの制御ができていなかったんです。普通の人なら、例えば小日向さんなら、手を叩けば時間が止まる。それだけです。ちゃんとした条件付け、ちゃんとした機能。だから理解も速いし制御も出来る。だけど俺の場合はそれが難しかった。チートの能力者が範囲内でチートを使うと勝手にその能力が発動する。それに気づくのにも時間がかかったし、(すぐる)と今のような関係になるまでは検証することも出来ませんでしたから。だから俺は周りに迷惑をかけてばかりだった」

「それは......仕方ないですよ」

「そうなのだと思います。でも周りにそんなことを理解してくれる人はとても少数です。なにせあの頃は自分も小さければ、周りも小さかったですから。子供はくだらない事ではしゃぐ」


 語尾には俺の私怨が含まれていた。

 あの頃はイジメとはいかないまでも周りから避けられていた。

 大人もそれを擁護しなかった。なぜなら俺の場合はなぜ避けられているのかを大人も理解できなかったからだ。

 もちろんそれが俺の周りで起こる超常現象のせいであることは誰から見ても明らかだった。

 俺が触れたものがある時ははじけ飛び、体が空に浮かんだり、言葉を発すれば相手は昏倒し、周りの物が奇妙な場所に吸い込まれ、時には生き物の死体が転がっていることもあった。

 それがチートによるものだと説明できた人間は誰も居なかった。

 当時何でも知っているとさえ思えた教師でさえ何も知らなかったのである。

 だから止めようがなかった。


「俺も誰かに助けを頼んだことは無かったですけどね」

「何故ですか?」

「どこかで諦める心があったんでしょう。でも俺と同じような超常現象を持った人がこの世に居ることを俺は物心ついた時から知っていました」

「そうなんですか? それならその人に助けを頼めばよかったではないですか」

「それが俺の父親です」


 小日向さんは絶句した。

 ならば何故、そう言いたい顔をしていた。

 本来ならば頼れる人間の中に両親が居るなら真っ先に頼るべきだと思うだろう。俺も端から同じ話を聞けばそう思う。

 でも小日向さんがかろうじてとどまっているのは、俺に今両親が居ないからだろう。


「そもそも俺はあの人のことが好きではなかった。あの人は紛れもなく人間の屑ですよ」


 俺は真っ直ぐに雨を眺めた。

 その目は遠く、さらに遠くを見つめる。

 俺は少年の頃の自分を見つめていた。

父親は一体どんな人間だったのでしょうか。

次回も語りは続きます。

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