女湯は男のロマンだ
夕食はいたって普通のオードブルだった。
食事はおいしいし満足はしているのだが、もしも昼みたいなことがあったらと気負っていた自分を少しだけ恥ずかしく思った。
「この後って何だと思う?」
「確か予定表によると、」
嫌な予感がする。
なぜだか分からないが背中を悪寒が走る。
明らかに傑の顔がニヤニヤとしている。
そう。
俺は束の間でも忘れてはならなかったのだ。
この新崎傑という男が、悪だくみばかりするロクでなしであるということを。
「そう、風呂の時間だ。」
「待て、俺は絶対にやらんぞ。絶対にだ。」
「おいおい。今のタイミングを逃したら、機会なんてお前には一生やってこないぞ。女の子の裸体が一瞬でも良いから複数見られるかもしれない機会だぞ!それに、女子の風呂は男子の風呂の隣!入る時間は同じ時間で設定されてる!覗くしかないだろ!」
「どうしてそういう風に考えられるんだよ。」
「お前...それでも男か!チ〇コついてんのか!」
「小学生かお前は。」
「頼むよ~俺一人じゃ罪が重くなるだろ~、ホラ、俺とお前は運命共同体だろ?」
「おまえ、その言葉がいつでもなんとかしてくれると思うなよ。」
決まってこういう時は運命共同体という言葉を使う。
これは俺の...中二病時代...よりずっと前からのいわばお約束という文言である。
小学校時代の俺は極度の人見知り...というよりは誰と話すことも意味を感じずのうのうと生きていたので、周りに人が寄り付くこともなかったのだ。
そんな中でも傑は『うんめいきょーどーたい』という不慣れな言葉を使いながら面倒ごとに俺を巻き込んでいたのだ。
だからと言って恩返しがしたいという訳でもない。
不思議と感謝という感情は少しも出てこない。
「ケチ!馬鹿!分からずや!女の子!」
「何とでも言えー。」
皿をカウンターに返しながら食堂を出る。
「っしゃぁ!お前ら行くぞォ!」
「イエァァァアアアアア!!!!」
「どうしてこうなった。」
話は10分前にさかのぼる。
傑が男どもをかき集め、この機会がいかに有効であるかを本気で演説しはじめたのである。
扇動家さながらの演説に熱が上がって、理性がなくなった男たちを横目で見ていた俺は行かざるを得ない状況まで追い込まれてしまったのだ。
こちらを見てニヤニヤと笑う傑がひどくウザい。
「乗せられた...のか...」
長く深いため息をついた。
作戦は...と言っても作戦もクソもない。
女子の風呂は露天風呂になっているらしく絶景を望める立ち位置にあるらしい。
外と風呂を隔てる壁をゴリ押しで乗り越えるだけである。
「しかし、思ったより高ぇなぁ。」
「当たり前だ。何のための柵だと思ってる。」
「だよなぁ...」
男が何人集まって超えられるのかわからない壁、その高さ約4m。
いくら何でも高すぎる。
「お前たち、なんかやってただろ。ホラ、あのなんていうの?ジャンプ...」
「言うな。」
「ヒィッ!すまん!」
この謝り方、どこかで聞き覚えが...
まぁ、そんなことは良い。
大体こうしている間にも俺の風呂の時間が削られているのだ。
ここで諦めてくれれば、それでいい。
「先生も肌綺麗ですねー。」
「なんか照れるなぁ、そう言われちゃうと。...でもあんたらの方が明らかに若いし可愛いじゃないのよ(小声)」
「? 先生何か言いました?」
「言ったけど言ってないです。」
「へ?」
先生と話をしながら湯舟へ進む。
中にはクラスメイトが居た。
「もう!時雨ちゃん遅いよ~!着替えに時間かかってたの?」
「ゴメンゴメン!先生待ってたら遅くなっちゃった。」
「私のせいにしないで下さいっ!」
湯舟に足先を浸ける。
ちょっと熱い。
ぴりっとするけど少し我慢してひざ下まで入れて浴槽の横に腰掛ける。
「こうして見るとデカいね~あんたたち。相当だよ。うん。」
そう言ったのは稲原咲希さんだ。
そういわれて胸元を見ると...
「大丈夫です!これから大きくなりますって!それに香奈さんの方が大きいじゃないですか!」
「あら、呼んだかしら。」
この人は新浜香奈さん、みんなのお姉さん的な存在だ。
「アレは別格だから。あそこまで行くとむしろだらしないから。」
「あら、そんなこと言う子は...お仕置きですよ。」
「ヒィッ!許して下さい香奈様~!」
咲希さんは両手を合わせて観念したようだ。
「許さないわよ~」
いつの間にか後ろに咲希さんの後ろに回っていた香奈さんの目が光る。
こうなったら見ているしかない。
「あひゃっ!ちょッ!やめて!謝ったじゃん!あひひひひ!!」
「私を怒らせたのが悪いのよ。」
「ふふふ、ハハハハハ!」
なんだかちょっと可笑しい。
垣根の上から見える夜桜の花びらが私たちを見守っているような気がした。
「お前、もうちょっとだから頑張れって!」
「うるさい!誰だ!こんなほっそい枝の桜に登ろうって言った奴!」
大体、なぜ覗き見しようとしている奴の尻を下から押して補助しないとならないのか。
結局、あの壁を上るためには俺と傑の連携プレイが必要だということになる。
「でもそれじゃあ、俺たちはここで黙ってそれを見てろってのか!?抜け駆けは許さねぇぞ!」
ということである。
大多数がそれに同意し、皆であの中を見れるか考えた上での行動だ。
......少し考えれば木の上にそんな大多数が登れるわけがないというのに。
「しっかり支えてくれよ!佐々木ィ!俺、木登り苦手なんだから!」
なら登らなきゃ良いだろうが!
なぜ登る!諦めろ!
「何か不穏な予感がするわ...」
「ん?香奈さん、どうかしましたか?」
「なんか、あっちの方から嫌な気配がするっていうか...」
そういって香奈さんが指したのは桜並木の方だ。
そんなに怪しいという感じはしない。
「こういう時は用心しといた方がいいと思うわ。」
「新浜姉さんの勘は当たるからね~。私も中学の時は苦労させられましたわ~。」
「姉さんって言うな。っと、こんなので良いかな?」
手に持っていたのは固形の石鹸だった。
「石鹸ですか?」
「そ。おりゃぁ!」
ブンッ!
すごい速さで桜の方に石鹸が飛んで行く!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
「ね?なんか居たでしょう?」
「本当だ。凄いですね!もしかして...いや、何でもないです。」
「ん?何?」
こんなに凄いのなら特殊な能力の一つでも持っているのではなかろうか...
うーん。
まぁ、考えすぎかなぁ。
まだ悲鳴が続いている。
複数人?すごい数だ!
「私、ちょっと見に行ってきます!!」
もしも大変なことになっていたら......宿泊研修が台無しになってしまう!
「ああ、え?ちょ、ちょっと!」
まぁ、あれからの展開はものの見事だった。
変な飛来してくるものがあり、俺が尻を抱えていた男子...確か、木原と言っただろうか。
ソイツの頭にぶち当たったのだ。
パコーンという小気味よい音が聞こえた瞬間に早々に見限った俺はソイツの下を離れて、案の定捕まっていた木の枝は折れた。
そして芸術的なまでの連鎖。
捕まっていた者も支えていた者も全員巻き込まれてものの見事に目を回している。
因果応報という奴だ。
さしもの傑でさえも倒れて目を回している。
「どうすっかなぁ。」
別に見捨ててもバチは当たらないだろう。
「どうかしたんですか!」
上方から声がした。
聞き覚えのある声。
「あぁ、小日向さッ!!!」
絶句、唖然、そして凝視。
「どう......したンッ!」
お互いに目が合ったまま数秒間停止。
「きゃぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
あ、意識が......
後ろに......倒れる。
「どう、どうしよう!なんか、みんな倒れてるし......!せ、せんせー!だん、男子達がっ!」
「どどどど、どうかしたんですかー!!」
気が付けば皆で保健室に居て、保険医の先生と城崎先生にこっぴどく叱られ、それから女子に白々しい目で見られたのは、もはや言うまでもない。
大☆惨☆事
という訳で宿泊研修一日目が終了致しました!
二日目は何事もないと良いですね!(微塵もそう思っていない)
明日も連続投稿するのでよろしくお願いします!