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こんなに疲れることがあっただろうか

 俺は由香と共に見通しの悪い道を全速力で駆け抜ける。


「というかっ、これっ、もうちょっと、ペース、落としてもっ、良いんじゃないか?」

「こんなことでへこたれてたら2km10分なんて走れないよ!」


 提案したのは俺だった。

 走って真反対の方向から檻の鍵を奪取する。

 だが俺は失念していたことがあった。

 俺は運動が苦手だ。


「まだっ、着かないのか?」

「ようやく半分ぐらいだよ! なに、音を上げてるの!」


 息切れが激しくなり、心臓の鼓動が早鐘を打つ。

 頭がくらくらとしてきて、慣れていない体にはとてもキツイ。

 由香はこう見えて運動系の部活所属だ。これぐらい走るのはなんてことないのかもしれない。

 だが、俺はここの所ずっと家に引きこもっていたんだ。外に出なくてもどうだって過ごせる体だから、何の運動もせずに二ヵ月経ったんだ。

 まさかたった二ヵ月、されど二ヵ月をこんなところで実感することになるとは。


「それにしてもなんでおにーちゃんはもう一つ鍵を取ろうなんてことを思ったの?」

「それが、最後の、切り札だからだよっ!」

「切り札?」

「そう、切り札」


 俺は切れる息を押さえながら独自の理論を話し始める。


「格上の相手に勝つためには、必ず切り札が必要なんだ。それは策略とか裏切りとか奇襲とか予期せぬことならなんでもいい。この場合は、相手が俺が持ちえないものを持っているという想定外。これが切り札になり得るんだ」

「急に饒舌になるね。関係ないんだけど、オタクって普段は饒舌じゃないのに、自分の領分に入ると急に饒舌になるらしいよ」


 俺は一気にしゃべり過ぎてむせた。


「好きな事ではないからオタクと言うのはちょっと違うんじゃないのか? 第一俺は兵法にはそんなに詳しくない」

「そーですかー」


 由香は気にも留めていないようだ。

 それどころか舌を出しながらべー、と生意気な声を出す。

 人を真正面から罵倒するとは良い度胸である。

 我ながら憎めない妹を持ったものだ。


「そう言えば、小日向さんとの仲は進展したの?」

「......ッ!?」


 つい先ほど唾が気管に入ったことでむせてしまったにもかかわらず、二度も咳き込んでしまった。


「何で、今そんなこと聞くんだ!?」

「気になったから」


 何でもないような顔をして全力疾走し続ける。

 これが恋バナだと言うのなら、いささかシチュエーションが間違っているような気がする。


「......してないよ」

「なんだ、つまんないのー。でも小日向さんだしね。そこら辺の一線は超えさせてくれないような気もするよね」

「どういうことだよ」

「気づいてないの?」


 由香は驚いていた。

 それは小日向さんと一番付き合いが長いと思われる俺が、まだ小日向さんを理解しきれていないということに驚いていたのだった。


「小日向さん、おにーちゃんが自分が好きな事知ってるよ」

「それは......なんとなく......薄々? 気づいていたけども」


 小日向さんはそういう事に気づかないほど鈍感ではない。

 俺の気持ちにも気づいていると思う。多分。

 最初そのことに思い至った時はなんていうボロを出してしまったんだと自分を恥じたものだが、こうも進展も後退も無ければ何も思わなくなってしまうのも当然だ。


「でもそれが分かった上で、この関係を続けていけるってすごい事だと思うよ」

「俺も凄い事だと思う」

「おにーちゃんじゃなくて、小日向さんが凄いってことだよ? でもって、恋愛関係になるのはとっても難しいと思うな」


 由香が難しそうなことを言っている。

 悔しいが恋愛に関してコイツの方が一枚も二枚も上手だ。

 俺はそういうことに関して奥手だし、中々自分から近寄ることが出来ないでいる。

 だが、そんなことで口出しをされたくない。


「それはお前には関係ないだろう」

「あるかもよー? だっておにーちゃんと小日向さんが、もしも、仮に? 万が一? 結婚するとしたら、小日向さんは私のおねーちゃんだよ?」

「け、けけけ、結婚!?」

「万が一、億が一、兆が一って言ってるじゃん」

「何もそこまで言わなくても」


 確かに俺と小日向さんが付き合う可能性は低いかもしれないが、無いと決まったわけでも無い。


「だって自分が好きってことが知られてて、それでこの関係を維持されてるんだったら、それって告白してから友達のままでいましょうって言われて、ホントに何とも思われずに友達のままでいるようなもんじゃない?」

「......確かに」


 言われてみればそうかもしれない。

 俺と小日向さんは少々特殊な関係だ。

 俺のこの恋愛の奥手さを小日向さんの度量の深さで補っているような関係だ。

 小日向さんは仮に俺が彼女のことが好きだということを知っていても、それを念頭に入れた上で何事も無いように接してくれる。

 普通の女子高生では出来ないだろう。

 何か手のひらの上で弄ばれてるような気がした。


「でもそういう所も好きなんだよなあ」

「きっしょ、いきなり何言ってるの?」

「きっしょって何だ。きっしょって。仮にも兄に向かって言う言葉じゃないだろ」

「おにーちゃんだからいえるんだよー。あー、そんなことを言っているうちに、鍵の位置が近づいてきましたわよー」


 気の無い声であしらうように由香がそう言った。

 マップを見てみると、確かに鍵がすぐそこまで近づいてきているような反応を示していた。

 目の前の祭壇にはやはり誰も居なかった。


「よし、鍵も残ってる。周りにも誰も居ない」

「ほんと。異様なほど上手くいってるよね」

「これも戦略の為せる業だな。きちんと計画を立て、人の心理さえ計算していれば、絶対に上手くいく。勝負は始まる前に決まっているのだよ」

「まぁ、そのせいで時間もかなりギリギリだけどね」


 俺は鍵を取ってその感触を確かめる。

 確かに俺があの時取った祭壇の鍵と同じだった。


「さて、小日向さんのところに帰りますか」

「そうだな」

「急がなきゃいけないんでしょ? ほら、もう一回シャトルランだー!!」


 由香が俺の手を引っ張った。

 俺の体はもうすでにへとへとだったが、こんなところでやられるわけにはいかない。

 俺は小日向さんが逃げたと思われる合流地点へと駆け出した。

佐々木君、難なく鍵ゲットです。

これで少しはあの男達への勝機も見えて来たでしょうか?

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