時には本気が形勢を変えることだってある
第二回戦。
相手は円陣を組んでえいえいおー、と威勢の良い声を上げている。
これは、すこしまずいことになるかもしれない。
甲高いホイッスルの音が鳴る。
相手チームは一斉に走り出した。
俺たちはそれに対応するように迎え撃ち、攻撃部隊が奇襲するための時間を稼がなければいけない。
少しずつなら押されてもいい。
時間を稼げれば良い。
そういう作戦だ。
応戦しようと迎え撃つようにクラスメイトがまばらに走り出す。
これは、いけない。
直感的にそう思った。
これでは負けると思った。
迎え撃ったのは良いものの、ガードをすり抜けてやってくる相手が多すぎる。
棒倒しは数の勝負なのだ。
エースが一人や二人居るから勝てるというものではない。
加えてこちら側は団結力があちら側より弱い。
総力戦になれば確実に負ける。
しかし、打開策が思い浮かばない。
焦燥感が...思考を食いつぶす。
逃げるのは...一人で決めても...混乱するだけ。
持たせることはできなくないが...一人では何もできない、かもしれない...
敵は...そこまで...来て...いる...のに。
走る音一つ一つがはっきりと明確にゆっくり聞こえる。
体育館の中を響く音。
こちらを振り向く人間も何人か、いる。
そして止まった。
ん、止まった?
「どうしようか。」
「どうしましょう。」
目の前にいるのは敵ではなくて小日向さんである。
時は止まったのだ。
時間の余裕はおよそ15分間。
止まった時の中でなら味方の棒も離して良いし、なんなら相手の棒だって倒せる。
しかし、いきなり相手の持っていた棒が倒れていて相手の負け...なんてことが許されるわけはない。
それにチートの存在はできるだけ人に知られない方が良いのだ。
こんなに多い人が居る場所で使ったりしたら、バレることはまず間違いない。
では、どうする?
やるしかない。
考えるしかない。
ここまで来てやらないという選択肢はないのだ。
少しでも勝ちたいと思ってしまった瞬間に、頑張ることは確定したのだ。
...すこし無理をしなくてはならないかもしれない。
「時間停止が終わったらすぐにここを代わってもらえませんか?...そしてここから皆を誘って逃げてください。そうだな...あっちの方角です。」
そう言って人の少ない場所を指す。
「大丈夫です。十秒?いやもうちょっと?まぁそれぐらいでいいんです。その間になんとかしてみます。」
「あ、え?ハイッ!?」
「もう大丈夫です。覚悟はできました。」
「へ?じゃあ、解除で...いいですか?」
「よろしくお願いします。」
「では、解除!」
小日向さんがパンッと手を打ち鳴らす。
時がゆっくりと動き出した。
「私が持ちますッ!」
「おい、待て、佐々木ィ!どこいくんだよ~!」
「悪い!あっちに向かって走ってくれ!そこにいたら、もう少しでつかまっちまう!数秒持たせろ!」
「えぇ~!嘘だろ!?この状況で走れって!?」
「行きましょう!」
「ハッハイィ!!!」
パッと走り出す。
あちらの奇襲集団はマークされているから、突破は難しいがこちらを走っている奴らは棒に目が釘付けだ。
横を走って行くものが居てもただの頭のおかしい奴としか思わないだろう。
別にそれで良い。
今、最優先すべきはそんなことではない。
人ごみを走り抜ける。
すっと視界が開けた。
俺は後ろを向きながら叫ぶ。
「傑!走れ!」
その声に皆が反応する。
だがもう遅い。
こんな時、一番早くに動き出すのは、傑だ。
「了解ィ!」
こういう時の走れは、決まっている。
できるだけバレない程度の全力だ。
傑は前を固めていた相手達をチートという名の馬鹿力で押しのける。
弾丸のように飛び出した傑はグングンと俺との距離を縮める。
これがチートの力だ。
「なんて奴だ...」
相手も呆れて愕然としている。
俺も前に向き直る。
前には三人がガードを固めている。
三人が俺にしがみつき、動きを封じようとする。
だが傑がチートを使っているときは、少なからず俺も恩恵を受けている!
「うおぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」
「ぐぁああああ!こいつらバケモンかよ!」
三人ごと引きずり回しながら前へと進む。
俺の仕事はここまでだ。
「傑ゥ!」
「行くぞォォ!!!」
突如背中を襲う強い衝撃。
準備ができていなければ踏みつぶされているところだ。
歯ァ、食いしばれェェェ!!!
「行けェェェェェェェエエエエエエ!!!!!」
俺を踏み台にしたハイジャンプ!
優に2mは超えている。
傑の手が棒にかかる。
そのまま、掴んで、ねじ伏せるッ!!!
棒が、倒れた。
湧き上がる歓声...とはいかない。
ざわめきが漏れてくる。
いそいそと自分のチームの場所に帰り、仲間の顔をチラリと見て顔を伏せながらスーッと横を過ぎ去る。
「ちょっと待て。」
ピタリと止まってぎこちなく振り向く。
しかめ面をした内藤の顔がそこにはあった。
これは、ヤバい。
「おい、今のは何なんだ。何なんだ!」
「あれだ...火事場の馬鹿力ってやつだ!」
「そうだ。人間がんばったら何でもできるもんな?」
「本当か?では、なんで最初からそうしなかった?」
「それは...」
できるだけチートは使わない方がいいという理由は言えない。
「あー、それはだな、俺たちは幼馴染でな、ちょうど中学二年ぐらいのときにこういう感じのことをやってたんだよ。」
「そういう感じのことって......なんだ?」
「あー、あのー、非常に言いにくいことなんだが、そのー、必殺技、とか、奥義、とか、そんな感じのアレだよ。」
「あ、お前!それは言うなって!!おい!」
「もう、もう良い!分かった!なんか...すまないな。」
チートの話はしなかった。
だが、その話もしては駄目だ!
顔が焼けそうに熱い。
誰にだって消し去ってしまいたい過去の一つや二つあったって良いだろう!
「ちなみに、今さっきのは、ドロップ・ハイ・ジャンプって」
「やめろ!傑!......もう、やめて...」
それは俗にいうトドメだ。
「まぁ、良いじゃない。何はともあれ勝てたんだし、」
どこかからそんな声が上がった。
こうして第二回戦は終わった。
もう1チーム6組vs8組の戦いが始まった。
6組の一人の女子が後ろで指揮を執っているらしい。
機敏な切り替えしで相手を翻弄し、見事な勝利を勝ち取った。
湧き上がる歓声と盛大な拍手、負けた相手も拍手していた。
「私たち、次、勝てるんでしょうか...?」
「...もう...無理......」
「生まれ変わったら......貝になりたい...」
「小日向さん、あれ、どうにかしてよ。」
「あれは......無理ですね。私でも無理です。」
結局、最終戦は絵にかいたような完敗だった。
相手の為すがままに翻弄されて、最後は綺麗に押し負けた。
どこを写真で撮ってもこちらが負けていることが分かるようなそんな負け方だった。
「結局、負けちゃいましたね。」
「仕方ないわ。あれは、ダメージが強すぎた。大体、メンタルがゴミみたいな奴だからどうにもならないわな。」
「もう、いや......早く、おうち、かえりたい......」
「治るんですか?アレ。」
「時間が経てば戻るんじゃないか?多分、」
こうして俺たちのオリエンテーションは呆気なく幕を閉じた。
オリエンテーションはこれにて閉幕です!
次は何が佐々木宗利を待ち構えるのでしょうか!
明日も連続投稿!
よろしくお願いします。