初キルはやはり気持ちの良いものだ
「あの~、やっぱり時間を止めて全員倒してしまうのはナシなんですか?」
「ナシです」
「例えばいきなり囲まれて襲われた時とかでも......?」
「ナシです」
「逃げ出すだけなら......」
「今回は時間停止を一切使いません!」
小日向さんはプイッと顔を背けながらそう断言した。
どうやら小日向さんは自分がソレをやってしまったらこの場が興ざめになってしまうことを分かっているらしい。例え自分が負ける時になったとしても小日向さんは時間停止のチートを使うことは無いだろう。
小日向さんらしいと言えばらしい。こういう所で根を曲げてしまうようであれば、彼女の事を好きになったりはしなかったであろう。
「さてとどうしたものか......」
「おにーちゃんも普通に撃って戦えば良いのに」
「え、でもそれは......」
「やらなきゃ上手くはならないでしょ」
由香の言う事はもっともである。
自分で言うのもなんだが、俺は絶望的にゲームが苦手だ。
体を使う事になれば、生まれ持っての運動音痴が露見する。
頭を使う事になれば、一手一手に時間をかけすぎる。
どちらにも不向き。極端で中途半端なのだ。
「まぁ、避けては通れないよなぁ」
俺は由香の入っている学生、社会人混合サークルのサバイバルゲームに参加を申し込んだ。
参加を申し込んだは良いものの、俺はサバゲの経験は全くない。
ここで出来なければ現実の世界に出てからも出来ることは無いだろう。
だとしたら多大な迷惑をかけてしまうことになる。
俺は見様見真似で銃を構えてみる。
これはエアガンではないので中々に重いし、そのせいで照準が上手く定まらない。
その上、反動も並々ならぬものが来る。はっきり言って初心者が持つべきものではない。
由香が持っているのは自分と同じアサルトライフルだが、由香はかろうじてこの自動小銃を操ることが出来ているようだ。
何か持ち方に工夫でもあるのだろうか。
「何? そんなにじーっと見られても照れるだけだよ」
「あ、いや、どうやって持てばそんな風に撃てるのかと思って」
「どうやってと言われてもねぇー」
由香が俺の後ろに立つ。
そのまま俺が構える銃に手を添えた。
そして俺の銃の持ち方や角度を適切なものに直していく。
どうやら俺の銃口はほんの少し上を向きすぎていたらしい。
「それからあとはここね」
由香が俺の腰を握り拳で叩いた。
「イッ!? お前、何しやがった!?」
「おにーちゃんはへっぴり腰なの。構える時に腰がくの字に曲がってるんだよ」
「そ、そうか? それにしてもいきなり殴ることは無いだろ!?」
「でも今のおにーちゃんの姿勢はなかなか良いかも」
「そうか?」
「あ、戻った」
俺の猫背は筋金入りである。
俺は基本的に椅子に座ることは無い。座椅子や座布団、はたまたクッションなど床に座ることが多い。
その場合、背を伸ばすのではなく背中を寄りかかるように座るため、否が応でも猫背になってしまう。
......と言い訳はしてみたものの、俺の猫背の原因は単に気を付けていなかったから自然になってしまったものである。
「今さっきの姿勢、良く覚えとくんだよ」
「なんか偉そう」
「実際これに関してはおにーちゃんより私の方がえらいもーん」
「それだったら雨姫は?」
「もっと偉い」
どうやらうちの家は女子の方が強い家系みたいだ。血がつながっていないというツッコミはナシである。
雨姫はこうやって話している間も無言で周囲を警戒している。
俺は曲がった背筋を伸ばすように注意しながら雨姫の後をついて行った。
「......来る!」
「おう!」
雨姫の号令と共に俺達は壁際に銃を向けた。
「......宗利は後ろ」
「え?」
「少ないけど来る」
雨姫は俺の体を反対方向に向けた。背中側から発砲音が聞こえる。
この俺に背中を任せる? 俺に背中が任せられると思っているのだろうか?
よく耳を澄ませると小さな足音がかすかに聞こえてくる。
これがどのくらい遠くなのか分からないが、普通の場合であればこんな足音を出して戦場を駆けまわるべきではないだろう。
格好のカモになるにも関わらず、その危険を承知して一心不乱に走る理由。それは一つしかないだろう。
それよりも重要なことがあるということである。
「不味いぞ、雨姫」
「......何が?」
「来るかもしれない」
俺達は背中合わせに話し合う。
その時、駆け出して来た一人の敵が見つかった。
彼はこちらの方を見て驚いた。慌ててこちらに銃を向けようとする。
俺はそれよりも銃口を向けるのが早かった。
照準を合わせるのも元から構えている方が早い。
後は引き金を引くだけ。
俺はすぅーっと長く息を吸い、吐くと同時に引き金を引いた。
大きい反動を背筋でしっかりと受け止めながら銃弾を発する。
軽快で大きな発砲音が三発響き、それに呼応するようにマズルフラッシュが銃口から光り輝いた。
銃口から放たれた弾丸は重力をもろともせず、一直線に宙を駆け抜けた。
二発が相手の体を掠り、一発だけが相手の体の真ん中に命中した。
相手の体はパシュンと消えて、中央モニターに映る。
最初は混乱していたようだったが、すぐに何が起こったのか分かりクソッと言いながら監獄の石畳を拳で叩いていた。
俺の初めてのキルだった。
「......おめでとう」
「いや、まだだ。まだ終わりじゃない」
確かに嬉しい気持ちはある。
だが、あの男は走っていて、自分に対処が遅れたから弾に当たってしまったのである。
まるで誰かに追われるように。
「多分、もっとたくさんの人が来る。多分1グループ分は来ると思って良い」
「そんな!? こっちも目の前に人が居て大変なんですよ!?」
「完全に囲まれてるってわけだ」
俺は歯ぎしりをした。
「でもやるしかないだろう」
小さい足音が聞こえる。
かすかに石畳が擦れるものだった。
「やろう。一緒に」
「今さっきまでドシロートだったのに、えらい口の利きようだね」
「良いじゃないですか。真摯に取り組むのは良い事ですよ?」
「......うん」
俺達の戦いが正念場を迎えようとしていた。
佐々木くん初キルおめでとうございます。
まさか動かない的にも当てられず天井を撃ちぬいた男が、まさか人を撃ちぬけるようになったなんて......
この調子で上手くいけば良いですけどね。