頭を回すのが俺の存在価値だ
俺達は壁に囲まれた狭い道を歩く。いつどこから敵が出て来るかもわからない。
雨姫が居るから大分安心だが、一応用心しなければ。
俺はこの状況を打開するために頭を回転させる。数秒立ち止まって、一番簡単な解決方法を提示する。
「小日向さん。小日向さんのチートで時間を停止させて、その間に弾丸を全て当ててしまうって言うのは銅でしょう? 人には危害を加えられないけれど物体を動かすことなら出来る。そうでしたよね?」
「ダメですよ! これはゲームですよ!? なら真剣に、正々堂々やらないと! じゃないと練習にならないじゃないですか!」
「デスヨネー」
そうだった。小日向さんはまだ普通よりもリアルなゲームだと思っているのだ。
実際これはただのゲームだ。製作者にどんな意図があるのかは分からないし、この空間をどんなチートによって作り上げたのかは分からないが、今のところはただのゲームだ。
ちなみに銃で撃ってしまったら死んでしまうという心配もないみたいだ。
それは中央のモニターが映し出していた。弾に当たって倒されてしまった人たちがモニターに映った檻の中でこちらの様子を見ながらワイワイ話していた。
ここに来る前に試しに撃たれてみた。その時にあの檻の中に転送されて、ゲーム開始直前だったので檻から出してもらったのである。このゲームが始まる前にこっそりと気づかれないようにだが。
こういう視点からあの檻の中を覗いているとまるでテレビで放映されている逃走中を見ているみたいだ。もしかしたらこれは転移系のチーターが作り出したもので、ゲームを起動した瞬間に実際の場所に転移されるチートを使っているのかもしれない。
「でもそれだと、屈強な男たちの説明がつかない。いや、もしもこのゲームが二人、いやもっと多くの人によって作られていたとしたら? 弾もこの世の物とは、いや、転異能力を使えば当たる前に転移が可能? でも痛みに説明がつかない。あれは掠った痛みではなくて本当に入り込んだような」
「佐々木くーん! もう行っちゃいますよー!」
「置いてこ。小日向さん」
俺は慌てて彼女たちに着いて行く。
どうにかして考えなければと思うけれど、そちらに気を取られてしまって銃も構えられないようであれば話にならない。
ここはゲームに専念するしかないか。
「......待って」
「どうした、雨姫」
「......気配、する。見張ってて」
雨姫が目を凝らし、地面にうつぶせになったまま、遠くの方をライフルで狙っている。
俺は雨姫の邪魔にならないように、路地の反対側に素早く移動して相手が向こう側から出てこないか見張ることにした。
一直線の道ではなく二股になっているのでどこから敵が出て来るかもわからない。もしかしたら後ろから出てくるかもしれないと考えると鳥肌が立つ。
シンとした空気が場に流れた。
物音ひとつ聞こえない張りつめた空気だ。おそらく相手もこちらに気が付いているに違いない。
その時、前方から何かが飛んでくるのが見えた。雨姫がソレを撃ち落とそうとして指先がピクリと引き金に触れた。
だが、その引き金が指に触れることは無かった。
それと同時に発される声。
「目を閉じて!!」
普段、声を張り上げるどころかまともに話もしない雨姫が、大きな声で叫んだ。
俺は慌てて目を閉じようとするも、その大きな声に反応が少しだけ遅れてしまった。
刹那、閃光が走った。
甲高い音とともに放たれた閃光は一瞬で視界を塗りつぶした。
瞳孔はそれに反応できるはずもなく、瞳の中に光をもろに取り入れた。
「ゴー!!」
遠くの方で声が聞こえた。おそらく俺達を狙っていた敵の声だろう。
光が無くなって真っ黒に塗りつぶされた視界の中で、ヒリヒリと痛む目をギュウッと瞑りながら必死に痛みをこらえていた。
銃の撃ちあいのような音が聞こえた。
敵から悲鳴が上がる。おそらくこんな状況下でも雨姫は頑張っているのだろう。俺は痛む目を無理やりこじ開けた。
小日向さんは目を抑え、由香は必死に銃を発砲していた。由香はサバゲ経験者らしいので、こういう事態も普通に起こり得るものとして認知できていたのかもしれない。
相手との撃ち合いは五分五分。いや、こちらが少し押されているようだった。
「クソッ、仕方ねぇ! 挟み撃ちだ! お前らはあっちから回れ! こんなことはしたくなかったが、あそこにいるチームにも呼びかけろ! 一気にここで仕留めるぞ!」
その言葉に雨姫の表情が引き攣るのが見えた。そんなことをされたらいくら雨姫でも対処のしようがないのだろう。
こんな状況なのに、俺は見ている事しか出来ない。
何と情けない事だろう。
俺に力があればどんなに良かったことだろう。
銃もまともに撃てない俺では何の力にもなれない。
皆の足を引っ張って、誰も守れない。
ここでやみくもに突っ込んでも何もできずに檻に送られるだけだ。
何か方法はないか。
頭を回せ。
どんな方法でも良い。
この状況の中で俺の出来ることを考えろ。
俺にしか出来ないこと。俺だから出来ること。
状況を少し変えるだけでいい。
少しの労力で劇的に状況を変化させ、なおかつこちらに勝算がある方法。
「来た!」
頭に電撃が走った。閃いたアイデアをすぐさま実行に移す。
俺は躊躇なく壁の中に手りゅう弾を投げ込みながら、投げ込んだ場所に走って行く。
壁は俺のたどり着く寸前に手りゅう弾によって破壊された。
破片は俺の方に飛び散ってくる。痛いが現実世界ほどではないし、銃弾ではないので監獄送りにされることは無い。
「雨姫! チートを使え!」
「......でも、そんなことしてたら」
「5秒で良い! 早く!」
俺は壊れた壁の瓦礫の中に飛び込んだ。瓦礫のとがった部分が体に刺さってとても痛い。
瞬間、瓦礫とともに白い部屋に移された。
白い部屋の中には雨姫、俺、それとその人たちが持っている所有物だけが取り込まれる。外では時間が普通に流れるし、外からこの中は見えない。
俺は瓦礫の中から立ち上がり、座禅する雨姫をそのままの形で持ち上げた。
「じっとしててくれ!」
俺は雨姫を回転させた。
雨姫を回転させることによって何が変わるかというと、雨姫の向きが変わるわけではない。世界が反転するのだ。
雨姫がこのチートを解いた時、雨姫はそのままの方向を向いている。こっちに来た時と同じ方向だ。
ではどうなるのかというと、こちらの部屋に持ち込まれた所有物の出現位置が変わるのだ。雨姫を中心に同じ距離、同じ角度が保たれる。
と言うことはどうなるかと言うと、
「チート解除だ!」
白い部屋の中から現実世界に戻る。瓦礫は俺達の右斜め前の壁から左斜め前の通路、つまり相手が回り込んでやってくる方に配置されていた。
「どうなってる!?」
「分かんねぇよ! だけど、このままじゃそっち側に行けねぇ!」
「バグか!? 仕様か!? 何しろメチャクチャじゃねぇか! クソがッ!」
回り込めると思っていた彼らは逆に戦力の分散に陥っていた。雨姫がライフルを構え直し、相手を撃ちぬいた。
そのまま凸砂の体勢に入る。
凸砂とは、スナイパーなのに銃を持ったまま比較的近接で戦うことである。実際の戦法としては通用しないとされているがFPSゲームでは割とよく見られる光景だ。
雨姫は華麗に相手を撃ち倒した。帰ってきた相手も冷静さを欠いている。雨姫の的でしかなかった。
相手は瞬く間に監獄送りにされてしまった。恨めしそうにこちらを見ている。
「やったな、雨姫」
「......うん」
俺は雨姫とハイタッチをする。雨姫も心なしかいつもより嬉しそうだった。
佐々木君、やる時はやるじゃないですか。
でもまだまだ難関は残っていますよ。ガンバレ佐々木!