まずは形から入るのが無難だ
部屋着姿の小日向さんに少々興奮していたが、そんな気持ちが収まって冷静になってくると次に湧いて出たのは羞恥心と疑問だった。
俺ははしゃいでしまった羞恥心を表に出さないようにしながら極めて冷静に問う。
「小日向さんは何でここに?」
「えっとですね......サバイバルゲームをすると言ったものの、良く知らなかったのでとりあえずそこらへんにある物から手を付けてみようと思いまして」
「それでこのゲームを買ってきて起動させたらゲームの中の世界に引き込まれてしまったという訳ですか」
「佐々木君もそうなのですか!?」
「まぁ、そんな感じです」
まさか小日向さんもこのゲームを買ってプレイしているとは。本人に面と向かって言うことは出来ないが、何か運命のようなものを感じてしまう。
そんな話をしているうちに、団体は先に行ってしまっていた。由香が向こうから上目遣いで睨んでくる。
急いで追いつくと由香が耳を引っ張ってきた。俺は耳を由香の口元に近づける。
「おにーちゃん。鼻の下伸びすぎ」
「そ、そうかなぁ?」
「そんなに露骨に見られたら小日向さんだって困っちゃうでしょ」
確かにガン見しすぎた気がする。それほど小日向さんが可愛かったのだ。
ルームウェアとして着ていたのはベージュ色で緩めのパーカーだった。胸元が少し緩めで、いつもとは違った隙がある。
日本独特のエロさは隙から生じるものが大きいと聞いたことがある。
例えば着物で言えば、花魁などのエロさの作り方は胸元をはだけさせたりするのではない。そういうことをすると、大胆過ぎて逆にハレンチという見方をされることがある。
本当にエロくしたいときは、うなじを見せることだという。つまるところ、少し着物を緩く着る事により、女性の背中に隙が生じる。それが得も言われぬエロさを生み出すのだという。現代版の「見えそうで見えない」というやつである。
いつも着崩す印象がない小日向さんだが、家ではこういう姿をしているのだと思うとやや新鮮である。少し跳ねた長い髪を気にして指でクルクルと弄っているのを見ていると心がグッと熱くなる。
「行くよ、おにーちゃん」
「お、おう」
引っ張られて赤くなった耳をさすりながら着いて行くとそこは荒れ地だった。
崩れてボロボロになった廃屋が至る所に建っていて、非常に見渡しが悪い。ここまで風化している建物をあまり見たことがないため、あまり現実感がない。
そんなことを言い始めるとこんな世界に現実感なんてあろうはずがない。
「お前達はここで戦うことになる」
「は?」
屈強な男が発した言葉に思わず耳を疑った。
まさか生きている人間同士で殺し合いでも始めろと言うのか?
「安心しろ。ここではお前の体は死ぬことは無い」
「それは......ゲームだからってことなのか?」
「だからといって気を抜けば痛い目をみることになる。ここは戦場だ。死ぬ気で戦え」
どういう仕組みか知らないが、ここで命の心配をすることは無いらしい。だが話を聞くに、手を抜くことは出来ないのだろう。
何だかわからないがやってやろうじゃないか。
「それではまずこれに着替えてもらおう」
「これは?」
「その服装では傭兵になれない。形だけでも傭兵にならないとな」
手渡されたのは緑と黒と茶色がまだらに印字された、いわゆる迷彩服だった。
俺のロマンのボルテージがじわじわと高まっていくのを感じる。まさかここまで本格的な服装をして戦うことが出来るとは。
俺は男が指さす方にあるテントの中に入って着替える。
「どうも」
「......ちわー」
「っす」
そこにはいわゆる陰キャばかりが集っていた。
こんなものだ。この空間だけは妙に現実感がある。俺のロマンのボルテージがじわじわと元に戻っていくのが分かった。
「こんなもんかな」
俺は迷彩服を着た。自分にピッタリの採寸だった。
少し重くて分厚いが、動きにくいわけではない。この格好は目立つようで遠目から見ると背景と溶け込んで分からなくなるらしい。
何よりロマンがつまっている。この服を着ていると自然に銃を構えたくなる。それだけの魅力がこの服にはつまっていた。
俺が自分の着た迷彩服に惚れ惚れしていると、向こうのテントから女性陣が出てくるのが見えた。
「あー、小日向さ......っ!」
「なんですか?」
小日向さんがこちらを見て困惑していた。
それもそのはずだ。俺は息が詰まって言葉が喉から出てこなかったのだ。
迷彩服を着た小日向さんはまるで戦場に咲く一輪の花のようだった。
長いロングヘアーを迷彩服の中に入れ込み、少し腕をまくって七分丈にしている。先程の部屋着のような緩い格好も可愛いが、こういうスポーティーな格好も中々見れるものじゃない。
胸がかわいらしいサイズなのも相まって良く似合っていた。
「どこ見てるんですか」
「え!? いや、何も......」
目線でバレていたらしい。
ここまで露骨だと変態である。もっとよく考えて行動できればいいのだが、よく考えるためには時間が必要だ。それが俺の質である。
「次、変なこと考えたらこれで撃ちますよ」
「小日向さん。冗談になってないですよ」
「冗談じゃないですよ」
小日向さんが慣れない手つきで手元の小銃に弾を装填した。ジャキッという擦れる金属音が鳴る。
笑顔でこちらを向いているが、裏に鬼の形相を宿しているような気がした。
俺はその顔に一抹の恐怖を覚えて視線を逸らす。
後ろからやって来た雨姫たちに逃げるように声をかけた。
「どう? おにーちゃん! 似合ってる!?」
「おー、すごくよく似合ってるぞ」
「なんか棒読みじゃない? もっと心を込めて言ってよねー」
由香が力のこもっていない腕で腹にパンチを繰り出した。
俺は痛がるふりをして腹を抑える。
「雨姫は......ホントに似合ってるな。まさしく歴戦を戦い抜けてきたようなオーラが漂ってるぞ」
「......FPSは遊びじゃない」
「そのネタ、16年も前からあったっけ?」
雨姫は体格が小さい事も相まって少し目を離すと消えてしまいそうなほど気配を消していた。
銃の構え方も本格的で、俺達が銃身をわしづかみにして持っているのとは全然違う持ち方をしており、初めてとは思えないほど様になっていた。
いつになく闘志を燃やす雨姫に場違いではあるがほんわかした気持ちになった。
「ではこれからパーティーを作ってもらう。4人パーティーだ。長くは時間を取らないぞ」
屈強な男がそう言うと同時に、後方の男たちが苦い顔をしたのが分かった。
俺だって見知らぬ人間に囲まれてそう言われたら同じ顔をしていただろう。
「私たちはちょうど四人ですね」
「わーい! 小日向さんと同じパーティーだー!!」
由香がはしゃぐ中、俺は後方で向けられている視線を感じ取った。
それは先程の陰キャたちの目線だった。俺は見ないように慌てて目線を逸らした。
「これってちょっとまずいんじゃないか......?」
ここから嫉妬と欲望に満ち溢れたデスマッチが始まることを俺達はまだ知りもしなかったのである。
さぁ、何やら不穏な雰囲気が漂っていますね。
果たして佐々木はこの混沌を切り抜けることが出来るのか!?