女は強くてしたたかだ
由香は友達と遊ぶと言って家を出て行ったが、集まってきたのは女友達ではなく、大量の男どもだった。
まさか妹が、自分の知らないところでこれだけの男と絡んでいるとは。と言うかこれだけの男と集まるって一体何を始める気なんだ!? ナニか? ナニなのか!?
「......動き始めた」
「ついに動き始めたか......!」
雨姫が俺に変わって行動を見張っていた。本来なら自分も見張るべきなのに、動揺してしまうと周りが見えなくなる。
妹のことになると、前も後ろも見えなくなるのは考え物だ。
俺達は妹と男の群衆をひそかに追いかける。
不意に後ろから声をかけられた。俺は驚いて思わず飛び跳ねながら振り向く。
「あ、佐々木君。こんなところで何してるんですか?」
「こ、ここ、小日向さん!?」
「はい。小日向時雨です」
小日向さんはにっこりと太陽の様に笑った。自分の心の緊張もほんの少し和らいだ。
そんなことより何でこんなところに居るんだ?
「何か用事でも?」
「いえ、まあただ買い物に来ただけですけど。それより佐々木君は何しにここまで?」
「尾行です」
「び、尾行?」
俺は黙って妹の方を指差した。妹に男が群がっているように見えるのは俺だけかもしれないが、それでもこの状況が普通でないことぐらいは伝わるだろう。
小日向さんが小さく驚く。
「何事ですか?」
「俺にも分かりません。だから尾行しています」
「なら私も着いて行きます!」
小日向さんは小走りで雨姫の後ろにつき、後ろから覗くようにして男の集団を見つめていた。
幸せだ。幸せな温もりが背中から伝わってくる。
「移動しています。俺達も移動しましょう」
俺達は本人たちだけには見つからないように物陰に隠れながら彼らを尾行した。
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「この建物の中に入っていったな」
「ここ、大衆食堂ですよ。しかも結構安いところです」
「そうなんですか。確かに妹は友達と外で昼食を食べると言っていたので昼食を食べていません。小日向さんはここに来たことがあるんですか?」
「んー。食べに来たことはありませんね。量も多いって聞くし」
俺はその話を聞きながら持参したおにぎりを持ち出した。
おもむろに選んだおにぎりを雨姫に手渡し、もう一つおにぎりを取り出した。
「小日向さんも食べますか?」
「そうですね、お言葉に甘えていただきましょう。......あ、これ美味しい。なんだか昔、おばあちゃんのところで食べたおにぎりを思い出しました」
「なんだか喜んでいいのかわかりません」
「絶妙に優しい塩加減で美味しいですよ?」
小日向さんに褒められているというのは分かるのだが、何だか素直に喜べない。
優しい塩加減と言うのは、グルメリポーターが良く使う表現だ。一般的にダシが効いている高級料亭の味だと若いリポーターには薄味に感じられるため、マイナス表現を避けるために『優しい味』と呼ばれることが多いのだ。
これは薄味と言われているのか。それとも美味しいと褒められているのか。
少なくとも自分は普通の味だと思うのだが、自分が日頃から作っている作り慣れた味なので正直に言って良く分からない。
「あ、料理、運ばれてきましたね。やっぱり大きいです」
「そうですね。まあ由香は大食いなので大丈夫でしょう。俺より食べますから、アイツ」
「でもこれであの男の人たちが恋人という線は消えましたね」
「何でですか?」
俺はその言葉の意味が分からなかった。
沢山食べることと何の関係があるというんだ?
「女の子はね、猫を被りたくなる生き物なんですよ。好きな人の前では可愛い姿を見せたくなる生き物なんです。だから恋人の前で沢山食べることはしないですよ。特に由香ちゃんみたいなタイプは」
小日向さんは確信しているようにそう言い切った。
俺はその言葉が信じられずにいる。由香がホントにそんなタイプか? あの恥知らずが? それは確かに外面は良いけれど、そんなに猫を被るようなタイプには思えない。
「小日向さんもそうなんですか?」
「そりゃそうですよ! 私だって可愛く見られたいですから!」
自分にもそうしているのだろうか。少なくとも今の俺には小日向さんが可愛く見える。
「小日向さん。もう一つ食べますか?」
「あー、いやー、良いですー。今さっきのでもうお腹いっぱいになってしまいましたー」
凄い棒読みだ。今さっきの話をしたばっかりだからわざわざ棒読みにしたのだろうか?
でも、好きなら悟られないように断るんじゃないのか?
好きじゃないけど、俺には好きになっているように見られたいのか?
やはり小日向さんの心は簡単には読み取れない。流石、小日向さんだ。
「あ、出てきましたね」
「隠れて!」
彼らは移動するみたいなので、自分達も移動した。
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「ここは......」
「サバイバル......ゲーム?」
敷地の広い場所に出た。そこには様々な障害物とレンタルで貸していると思われるエアガンがずらりと並んでいるのが見て取れた。
まさかこんなところにこんなものがあったとは。
「なんだ。サバイバルゲームだったのか......」
「逆に何だと思ってたんですか?」
「なんかもっとこう、ヤバいヤツかと」
「由香ちゃんがそんなことするわけないじゃないですか。妹さんをそんな目で見てたんですか? 流石にそれにはドン引きですよ」
分かってしまえば呆気ない。
むしろ、自分の考えが可笑しかったことに気づいた。
「帰ろうか」
「いえ、この状況を見過ごせるわけないじゃないですか」
「へ?」
小日向さんがつかつかと妹の下に歩いていく。
俺は少し遅れて、慌ててその行動を止めに行く。だがそんなので止まる小日向さんでは無かった。
「由香ちゃん!」
「こ、小日向さん!? どうしてこんなところに......あ、おにーちゃん!!」
マズい。ここまで尾行していたことがバレてしまった。
どう弁解して良いのやら。
「今、コロナの感染で多人数でのイベント参加は自粛要請が出ています!」
「それは知ってるけどでも......せっかくサバゲサークルで集まれる機会だったし......」
「でもじゃありません! ここでもしものことがあったとしたら責められるのは皆さんですからね!!」
周囲の人たちがかなり混乱している。
それもそのはずだ。見知らぬ少女に説教されたら混乱するに決まっている。
「とりあえず今日はやめてください!」
「で、でもねえちゃんよ。俺達、一応社会人だし、集まれる機会ってのにも限りがあってだな」
「そうですよ。拙者もせっかく有給を取って来たのにこれでは休み損でござる!」
ブーブーとブーイングが吹き荒れる。
小日向さんがバッと両腕を広げた。途端にブーイングが止む。突然のことに皆が黙ってしまった。
「分かりました。もしも今日休んでくれたら、次の時に私も参加します!」
「............おー」
まんざらでもない。まんざらでもなさそうだ。
確かに小日向さんは美人だ。そこに居るだけで花がある。ましてこのほとんど男ばかりの場所なら効果は倍増する。
「じゃあ......やめるか」
「コロナのこともあるでござるから」
「コロナのこともあるしな」
「やっぱりこんな時期に開催するべきじゃなかったな」
「仕方ねえよなぁ」
綺麗な掌返しだ。ここまで綺麗なものも初めて見た気がする。
しかも本音を隠そうとしている。親近感に近い何かを感じた。
やはり小日向さんにはかなわないみたいだ。
これにてコロナ編終わります!
皆さんもイベントや外出には気を付けて下さいね。
後日談を挟んで次は二回目の春です!