一年後のエイプリルフール
「……」
『……』
今日一日、自分へと向けられる強い視線に、ゴードンは顔を引き攣らせっぱなしだった。
その視線の主は勿論、金色の超大型猫――エルシュオン。付け加えて言うなら、犬達もエル同様、ジトっとした目をゴードンに向けている。
当然ながら、込められた感情は良いものではない。ただし、これが自業自得であることは、当のゴードンが一番理解できていた。
去年のエイプリルフールにおいて、ゴードンは『ミヅキを里子に出す』という嘘を、エル達についているのだ。
協力者はエルのブリーダーである女性。丁度、彼女と会う約束があったことから思いついた、ささやかな悪戯……のはずだった。
ところが、犬や猫達は勿論、新入りのミヅキも人の言葉を理解できる賢さを持っていたわけであって。
当然の如く、警戒された。
と言うか、ミヅキに全力で抵抗されたのだった。
エルが今の幸せとミヅキの幸せを天秤にかけ、戸惑った姿を見せたのは、ゴードンにとって想定内のことである。
エルは非常に賢いので、『里子に出し、一匹だけに愛情を注いでもらう』という幸せがあると理解できている。
しかも、里親候補(という建前だった)という女性を連れて来たのは、飼い主であるゴードン。
ゴードンに飼われている彼らは、ゴードンがおかしな人物を里親にしないことも知っていた。
……しかし、すでにミヅキの親猫と化していたエルにとって、可愛がっている子猫はそう簡単に手放せるものではない。
犬達が心配そうに見守る中、子猫の良き親猫であるエルは悩み、誰の目から見ても困っていた。
しかし、当の黒い子猫――ミヅキは賢かった。
状況を悟るや後退りし、『絶対に行かない!』とばかりに、エルの尻尾へと抱き着いたのだ。
今更だが、エルは猫である。生きているので、当然、尻尾ごとミヅキを引っ張るなんてできない。
そのふわふわな尻尾にミヅキがじゃれて遊ぶことはあれど、縋り付くことなんて、今までなかったのだ。明らかに、全力で抵抗されている。
これにはエルも固まった。怒ることも忘れ、ミヅキをガン見するエルの姿に、ゴードンは呑気にも『エル達も呆気に取られたりするんだな』なんて思ったりもした。
人の言葉を理解できるミヅキは賢い子なのだろう。
ただし、その賢さは少々、普通ではない。
日頃からエルにしばかれ、躾けられているのも、野良生活で身に付いた行動ばかりが原因ではあるまい。
その後、エル達にネタばらしが行われたが、里子に出されそうになったミヅキの警戒心が薄れることはなく。
結果として、暫くの間、ミヅキは物陰に潜むこととなり。極力、皆に姿を見せないという事態に陥った。エル達が鳴いても出て来ないので、人間のゴードンにできることは皆無である。
子猫のストライキが決行されている間、エル達はミヅキを必死に宥め、その元凶たるゴードンへと恨みの籠もった視線を向け続けたのだった。
――そんなことがあったのが一年前。
賢い子猫は今日という日を警戒し、朝から姿を見せていない。
いつの間にか、子猫が姿を消していることに気付いたエル達が『大丈夫だから』と言うかのように鳴くも、野良生活によって警戒心が鍛えられたミヅキが応じることはなく。
約一年前と同じ状況が繰り返されているのであった。賢さとは時に、学習能力として発揮されるようである。
「いや、今年は何もしていないのだが……」
『……』
「そ、そんな目で見られてもっ」
ミヅキの認識が改善されない限り、この日は自動的に『飼い主VS飼い猫&犬』といった状況が繰り返されるのだろう。
下手をすれば、それなりの期間はこの状況が続くため、ゴードンは過去を非常に悔いている。
人間にとっては、『些細な悪戯』。
子猫にとっては、『住み慣れた場所から引き離される可能性』。
親猫達からすれば、『子猫を失うかもしれない恐怖』。
……。
人間以外にとっては、割と洒落にならない嘘である。
そもそも、ミヅキは慣れてきた場所から再び、見知らぬ場所へと連れていかれるのだ……そりゃ、抵抗する。
次の場所のボスが、エルのように優しいとは限らない。先住猫(犬でも可)と相性が悪ければ、小柄なミヅキにとっては死活問題なのだ。
エル達にとっても、素直に見送ることはできない。特に、親猫としての自覚が出てきたエルからすれば、可愛い我が子(養子)がいきなり連れ去られるように感じたことだろう。怒って、当然である。
そんな飼い主と保護者達の様子を気にせず、ミヅキは本棚の隙間ですやすやとお昼寝中。
安全な場所を確保した子猫にとっては、飼い主や保護者達がどれほど騒ごうとも、気にならない。ここを出ていく気など、ないのだから。
……呑気に寝ていられるのは、隙間から親猫と慕う金色の猫の背が見えるせいかもしれないけれど。
『いくらエイプリルフールでも、嘘は選ぼうね』というお話。
猫は執念深いのです。