『年末の親猫』(エルシュオン視点)
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
――ゴードン宅の一室にて
「……」
「♪」
自分にじゃれている黒い子猫――ミヅキを、私はじっと見つめた。
この子は冬を知らない。雪を知らなかったことから、それは知れた。まあ、この体の小ささを考えれば、冬なんて越せない可能性もあったけれど。
……ただ、ミヅキは非常に逞しく野良生活を満喫していたようなので、試行錯誤の末に生き延びそうな気もする。
この子の保護者となった今となっては、ゴードンが保護してくれたことに感謝してやまないが。
だって、ミヅキは今や、立派にうちの子だ。
破天荒な性格だろうと、私達の家族なのである。
親猫呼ばわりされる――極一部の者が勘違いするような『母猫』ではない! 私は雄だ!――私からすれば、『ミヅキの命運を分ける選択』に思えてならない。事実、子猫が一匹で冬を越せるとは思えなかった。
……そう、『子猫』。
性格はともかく、ミヅキは紛うことなき『子猫』なのである!
……。
成 長 、 し て な く な い か ?
ミヅキは『ちまい』。それはもう、私達と比べると雲泥の差だ。大型犬であるアル達に踏み潰されたとしても、文句の言えない小ささなのだ。
それは私にとっても同じ。
なにせ、初対面時、ミヅキは私を見上げて初めて視線が合ったくらいの体躯の差があるのだから。
ゴードン曰く、『ミヅキは雑種で、一般的な猫と比較してもかなり小柄』だとか。まあ、猫にしろ、犬にしろ、個体差があるので、そこは仕方がないのだろう。
異様に大きい個体や小さい個体、果ては種が違う両親の特徴双方を受け継いだ個体も存在するので、『異様に小さい』と言われてもそれほど不思議に感じない。
これで痩せ細っていたならば、栄養不足からくる発育不全とでも言うのだろうが……ミヅキの場合は違うようなので、完全に生まれ持った性質なのだろう。
そもそも、寸足らずにしか思えない短い脚や小さい体も、人間の目から見れば愛らしい要素でしかない。飼い猫である以上、そういった点とて愛される長所なのだ。
ただ、保護者を自負する私からすれば少々、不安になるのも当然であって。
私はしみじみと、じゃれてくるミヅキを見つめているのだった。
――そして。
「みゅ!?」
「……」
徐に、ぼふっと顔を前足で挟んでみた。
小さいままとは思ったが、少しは丸くなった気がしたのだ。いや、全体的に丸みを帯びていたような。
……が。
「冬毛で膨れただけだったか……」
育ったわけではないらしい。益々ぬいぐるみのような姿――ぶっちゃけて言うと、ふかふかが増して丸みを帯びてきた――になってきたミヅキだが、温かくなれば元通りの見た目に戻るのだろう。
……。
だ か ら 、 成 長 は ど う し た 。
「う〜……親猫様、いきなり何するの〜?」
「……いや、何だか丸みを帯びてきたと思って」
「それ、冬毛に変わっただけ!」
「うん、よく判った。と言うか、君、成長してなくない?」
「皆が大きいんだよー!」
むぅ、と膨れながらミヅキが抗議する。その抗議を受け、私はアルとクラウスに視線を向けた。
クラウスはともかく、アルは一段と丸い。肥満ではなく、ただでさえ多い毛が益々その量を増やし、毛玉と化しているのだ。
余談だが、アルがこの姿になってからミヅキがベッド代わりにする機会が増えたらしく、アル自身はいたくご満悦である。
稀に、潜り込んだミヅキがアルの毛に埋もれ、黒い猫耳だけが見えるという状況になることもあった。
ゴードンがそんな二匹の姿を逃がすはずはなく、真剣な表情で記録しているのは余談であろう。上機嫌な犬と、その毛に潜り込む黒い子猫……確かに、微笑ましくはある。
だが、面白くはない。ミヅキの親代わりは私なのだから! ま、まあ、ミヅキがアルや私の毛に潜り込む気持ちも理解できるような気がした。
『雪はふわふわに見えるけど冷たいんだね! 私は皆の毛並みの方が好き』
『ああ、君はよく潜り込んでくるものね』
『温かくて安心できるから、眠くなっちゃう』
意外と寂しがりなミヅキからすれば、『温い・誰かの傍に居る』ということが感じ取れるベストポジション。しかも、季節限定。
野良時代、たった一匹で過ごしていたことを想えば、ゴードンでなくとも微笑ましく思えてしまう。
「まあ、いいか。……君は私達の傍に居ればいいよ。そのサイズならば、ずっと私の腹の下に匿えるしね」
たまにはゴードンのベッドに皆で押しかけようか。一緒に居れば外でどれほど雪が積もろうとも、寒くも、寂しくもないだろうからね。
※※※※※※※※※
「……」
手にした本の該当箇所を読みながら、ゴードンはミヅキを思い浮かべた。
ミヅキはどう見ても雑種の黒猫。しいて言うなら、その体躯の小ささが特徴だろうか。ただし、性格は臆病ではない。
半長毛の子猫はぬいぐるみのような愛らしい見た目ながら、存外、凶暴だ。野良として生きてきた以上、それは仕方がないことなのだろう。
そもそも、ある程度の気の強さがなければ餌にありつけず、生存競争の敗者となるしかない。拾われ、家猫になれる猫ばかりではないのだ。
ゴードンは獣医として、また飼い主として当然、うちの子達を気にかけている。大型犬二頭に大型の猫一匹、そして……新たに加わったのが黒い子猫。
純血の大型種ばかりの中、黒い子猫――ミヅキは少々、異質だった。
「クロアシネコ……時には自分より大きな体の動物を狩り、状況によっては獰猛な一面を見せることもある、か……」
ミヅキは黒猫なので、クロアシネコではない。だがその体の小ささや、元野良ゆえの凶暴な一面は、この世界最小の猫をどうにも思い起こさせた。
余談だが、猫は意外と凶暴な個体も存在する。基本的に臆病……というか、警戒心が強いのは当然として、時にはとんでもない気の強さ(意訳)を発揮してしまう子もいるのだ。
個体差と言ってしまえばそれまでだが、人間から見ても危険な生き物に対し、猛然と敵意を露にする場合があるのが猫。売られた喧嘩は買うとばかりなその態度……爪と牙は伊達ではない。
「ミヅキはクロアシネコの血を引いていないだろうか……先祖に居たとか」
『小さい』『愛らしい見た目の割に凶暴』。この二点が、『ミヅキはクロアシネコの血が混ざっている』という予想をゴードンに抱かせているのであった。
そうは言っても、親代わりのエルや犬達が甘やかしているため、ミヅキは至って平和ボケした日々を過ごしている。当然、凶暴さに対する危機感は全くない。
そんな態度を取れば、親猫の役目とばかりにエルが容赦なく前足を見舞い、しっかりと躾けるのだ……群れのボスたる親猫様は存外、厳しいのであった。
「まあ、個人的にはどうでもいいがね。ミヅキが来てから、画像や映像の撮影意欲が湧いて仕方ない!」
本当はずっと『うちの子自慢』がしたかったゴードンにとって、ミヅキは救世主。微笑ましい場面の増殖振りに、『でかした、ミヅキ!』と思ったことも一度や二度ではない。
エルが『綺麗だけど可愛げのない猫』などと言われていたのは、もはや過去のこと。今では立派な親猫様だ。犬達とて、誰がどう見ても子守り犬。
そんな様を記録する度に、エル達に呆れた眼差しを向けられるのなんて、些細なことである。
飼い主としてのプライド? それがどうした!
この微笑ましい場面を間近で見れることだけで十分ではないか……!
真面目で優秀な獣医である彼は存外、自分に素直な性格をしているようであった。見た目はともかく、内心では『うちの子最高!』とばかりに、大フィーバーとなっているのだろう。
――そんな彼は今宵、ベッドに押し寄せてきた『家族達』の行動に、ひたすら萌えることとなる。
……群れのボス扱いされずとも、ゴードンは幸せな日々を送っている模様。
親猫や飼い主らしく、黒猫のことを気にしていた一人と一匹ですが、
『幸せだから、このままでいいや』という方向に落ち着いた模様。