03 『鼻歌』響く船内
「~♪」
『鼻歌』を歌い、ゆらゆらとおぼつかない足取りで進む男の前に、船員が勇敢に立ちはだかる。
「止まれっ!この先は船長し…………」
だが、悲しくも言葉を言い終える前に船員の頭部が消えて無くなる。
隙の無い魔法の使い方、見たこともない魔法のため通路に血の跡はどこにもなく、命の危険がある私でさえ"美しい"と不覚にも思ってしまう。
「何者だ……?あいつは………」
足元に転がる、血が一滴も零れていない死体の首の断面を確認しても、刃物で斬ったような断面ではなかった。
「ゲーテ国が作っているという噂の魔戦士では?」
「いや、あれはまだ企画段階だった筈だ……」
「では、あの者は一体………」
得たいの知れない男が開けた隙間から便乗して逃げた私達は、ただ甲板を目指して男の後ろを屈みながら歩いていた。
後ろを振り向かれれば殺されるかもしれない。その緊張感から心拍数がはねあがり、呼吸が速くなる。
「~♪」
2段飛ばしで楽しそうに階段を上り、待ち受ける船員に気がついたのか『鼻歌』を歌ったまま足が一瞬止まる。
「level4《ファイア パラベラム》!」
「level4《ヘヴィ フラッド》!」
「level4《インパクト》!」
3人の船員による、高位の魔法攻撃を真正面からくらい、一体の通路に余波が走る。
「なんてことだ、level4の魔法を使える奴が3人も……」
「なんて衝撃だ……」
通常、魔法にはlevelが存在し、それにともなって脳への負担がかかる。その為、15歳未満には原則level2までの魔法しか認められておらず、大学教授でさえlevel4は珍しい。それなのに目の前では平然とlevel4を使う船員がいる。その事に誰もが驚いていた。
だが、激しい魔力の渦の中でも『鼻歌』は止まらない。
「~♪♪」
「うっ!」
「あっ…………」
「……………」
level4の魔法をくらいながらも軽い足取りで船員達に近づき、胴体の一部が消し飛ばされる。音もなく一瞬で。
「嘘だ……、そんなことがある筈がない………」
「無傷なのか……?」
「~♪」
気付かれないように足音を消し、男からゆっくり離れて甲板に上がる。やはり、船内の騒動に気を取られ、船員は皆船内に入ったようだ。
「皆様!速くボートに乗り込んでください!脱出します!」
最早プライドもなく、全員が謎の男や、高位の魔法を使える魔導師がいるこの船から、一刻も速く逃げたがっているのが分かった。
「逃がすか!level4《ウィンド サーペント》!!」
「level3《アクアリウム》!」
船頭にいた船員にバレ、魔法を撃たれるがなんとか軌道を反らしていなしきる。
「危なかった、ありがとう!」
「いえ!皆様はお先にお逃げください!私は水属性の魔法使いですのでどうにでもなります!」
自国、他国の要人を乗せ、ボートが陸へと漕ぎ始めたところで他の船員が甲板へと現れる。
その時だった。
轟音、振動、どちらも感じたことのない大きさのものが船に伝わる。帆は裂け、マストが折れて至るところに亀裂が入る。
悲鳴、呻き声、はたまた主犯を呪うような声もが船上をこだまし、尚も『鼻歌』がどこかから聞こえる。
「「船長!!」」
嘆く声も一瞬、静寂へと変貌し、『鼻歌』は止まらない。
何が起こっているのかもわからず、私はただただ折れたマストにしがみつく。
そして船が沈没するその瞬間を迎えた時、その男は『鼻歌』を止めた。




