第1話 夢を見る人
――良い匂いがするなあ。
覚醒直前の淡い思考のなかで、ふとそんなことを思った。
鼻腔に流れ込んでくる空気にあるのは、爽やかな木の匂いと、どこか懐かしさを感じさせる優しい匂い。
鼓膜を震わせてくるのは、ささやかに重なった葉擦れの音。陽気にさえずる小鳥の声。涼しげな空気とともに、澄んだ音を奏でる風。
この心地の良い眠りの余韻にずっと浸っていたい、という欲求を押し退け、重い瞼を開けたとき、私は見覚えのない部屋にいた。
目に入ってきた木目調の静かな部屋には、簡素だが趣のある調度品の数々が置かれている。開け放たれた窓から差し込む陽の光に照らされ、思わず目を細める。
「ふぁ……」
小さな欠伸とともに身体を伸ばすと、腕に付いていた鐘から軽やかな音が鳴った。
「むー……?」
状況が呑み込めないまま、身体に付いている鐘を取り外していると、軽やかなノックの音とともに、若い男女が部屋に入ってきた。
女性は綺麗なキャラメル色の長い髪と同じ色の瞳を持ち、敵意など欠片もないような柔和で、どこか包み込むような優しい顔つきをしている。白い肌に女性らしいフリルの付いたかわいらしい看護服が、彼女の。
男性は黒く短い髪を後ろに流し、線の細めな、優しげな目鼻立ちで、瞳の色も同じく黒。肌はクリーム色で、流した髪とゆったりとした着物がよく似合う。腰には一目で業物と判る
二人の顔を見た途端、心の奥深いところがちりっと疼いた。しかしその感覚は捕まえようとした途端に消え去ってしまう。もどかしさを押し退け、この不可解な状況を
「よう、起きたみたいだな。怪我もしてねえのに三日も寝てやがったから、凪さんが珍しく心配してたんだぜ?」
「ちょっと、私がいつも患者さんに無関心みたいなこと言うのやめてよね!こんなにかわいらしい女の子と、頑丈っていう概念に脊椎が生えて歩き回っているようなリルとを同列に扱うわけないでしょ!リルは何かあっても、適当に回復魔法かけてそこら辺に寝かせておけば、大抵次の日には何事も無かったように起き出してくるじゃない。手がかからなくてお姉さん助かるのよー」
「いつも俺に対して冷たいなと思ってたけど、そんな風に見てたんだ!?やめろよ俺だって人間なんだから、三日寝込むときだってあるだろ!」
「それ呑みすぎで寝込んでるだけでしょ!」
凪の言葉を聞いたリルトは、ばつが悪そうな顔で頬を掻くと、助けを求めるような顔をこちらに向けた途端、起きたばかりの少女を置き去りにしていることに気がついたのか、わざとらしい咳をしてから、改めて状況の説明を始めた。
「すまん、俺の名前は……っと、名前は知ってたんだっけな。ここは俺がマスターをやってるチーム『トラスト』の拠点の一室だ。森で拾った嬢ちゃんをここで匿ってた。で、こっちは嬢ちゃんをずっと介抱をしてた医療班の凪さん。」
「かわいい子の介抱ならお手のものだよ!元気になったみたいでよかったよー」
にこやかに自己紹介をする凪に、「次はあなたの番だよー」とうながされると、俯きながら二人の言葉を聞いていた少女はほんの少し間を置いてから、ベッドから腰を浮かせて会釈した。
「私はアミナといいます。助けていただいてありがとうございました。えっと……それで……」
そこまで言うと、アミナは「すみません……助けていただいたということだけは覚えているのですが……どうして私があそこで」
天地の間に存在する遍くものには、静物や動物といった区別なく、必ず回復魔法。