第九話。鷲翼騎士団。
触覚しか持たない私に暦を知る術は無く。体感で10日前の出来事になる。主人であるライク様が私に会いに別邸を訪れたのは……
「あのーーっ。私をお呼びだとお伺いしたのですが……」
別邸の応接間のドアを開けた私は、主人であるライク様に挨拶を言葉を告げる前に、同室していた黄金十時の紋章を胸に掲げた白い装束を身に纏う、優男に声をかけられた。
「やぁ、初めまして。貴女があの噂のラミアさんですね?」
私にそう握手を求めた優男は、柔かな笑顔を保つ細眼。歳は若く、ダンテ様と同じくらいに見えた。
噂とはなんだろうか?差し出された手を触れていいのか?判断に困る私は主人であるライク様の方に目を流し、伺いを立てると、怖い顔をしたライク様がコクリと頷いたので、私は優男と握手を交わす事に。
「ラミアさん。貴女は選ばれた魔族の者なのです。貴女の力があれば、いずれこの混沌する世界を救う事になるでしょう。人や魔族が争い続ける世を一緒に終わらせませんか?皆が幸せに暮らせる世に戻しませんか?かの″伝説の勇者″が齎した世界のように、私達の手で、今の世界を塗り替えてみませんか?どうか私達に協力して頂けませんか?」
優男は私の手を握ったまま、メラメラと情熱の火を眼に灯し私に迫った。
その時の優男の目は、真っ直ぐな眼差しでとつも嘘をついている者の目では無く。
「わっ、私は……一向に構いませんが……私なんかで?……それに私は……」
人々や魔族が幸せに暮らせる世界になると、奴隷の立場である者が、そう言われれば協力は拒む者は居ないだろう。
そもそも私は奴隷であり、人からの要求に拒否権は無いに等しい。
けれども疑問に思う事ばかり、何故それが私なのか、何故魔族の私が選ばれたのか、浅はかな私はその答えは出ないまま、その答えを主人であるライク様に委ねるように目線を移す。
ライク様は私から眼を逸らし、怖い顔のまま私の方へは向こうとはしない。まるで返答を私に丸投げにするように。
それを察した優男は、私の肩に手を置き。
「ご心配を無用です。貴女の主人ライク殿の協力は既に得ていますから……」
優男はそう私に微笑みかけた。
「では、参りましょうかラミアさん……」
「えっ!?あっ、はい……」
優男に背中に手を添えられ、誘導されるままに私は足を進めた。
応接間のドアが閉ざされる際、部屋から立ち去る私にライク様が垣間見せた、力強くも儚い者を見る眼がとても印象に残り、それが意図する意味が分からないまま私は、優男が用意した凝った細工が施され、中央に大きく黄金十字の紋章が刻まれる、豪華な馬車に乗り込む。
馬車に揺られ行く先も告げられず。私は戸惑いながらも沈黙を通す。ただ、ダンテ様に何も言えず、黙って街を後にする不徳の念に苛まれながら。
この時の私は、ダンテ様との生活で、人々から与えられている優しさが水準となり、人が魔族をどう扱い、人が魔族をどう思っているのか、人が私から何を奪ったのかを忘れていたのだと思う。
「申し遅れました。私は”伝説の勇者”の思想を理念として査閲する機関”黄金十字聖代”。ミラージュ・サンペンダーと申します」
優男は何度目となるのか、一切の濁りを感じさせ無い笑顔を見せ、そう名乗ったのだった。
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幼いラミアは暗闇の中に居た。一つ分かるのは、誰かに身体を触れられている熱を感じるだけであり、その熱は、ラミアから全てを奪ったあの光景を蘇らせるだけで。
「怖い」そう叫び、必死に手足をバタつかせるが、自分でも分かる。今の自身には抗うそれすら無い事に。
「助けて」そう叫び、必死に肺から空気を吐くが、それが相手に届いているのか、喉を通る振動すら感じられやしない事に。ラミアは恐怖を抱く。
動く度に、胸を裂かれた傷が痛み。自分の身体を知れば知る程に絶望に追いやられる。それでもラミアは足掻いた。
只生きようと。
この世で唯一。
もう何も感じる事が無いと思っていた凍った心を、暖かく優しく溶かし解してくれた恩人の為に。
奴隷であり、魔族であるラミアを家族だと、そう言ってラミアの手を離してくれないダンテを1人にしない為に。ラミアは生きる事に執着した。
藻掻くラミアを抱き締めるダンテ。瞳から垂れ落ちる涙が頬を伝い。ラミアの身体にポタポタと流れ落ちた。
ダンテの眼から零れ落ちた涙がラミアの痩せた身体に溶け込む。熱さられたソレは、暗闇で怯えるラミアに温もりを与え、優しさで内包し、今誰が、ラミア自身を包み込むように抑えているているのか知る事に。
暴れるラミアが大人しくなり。
「あぅぅ、うぁあ」
ラミアから発せられる言葉は呻き声なのは変わらない、が、声質は穏やかに、甘えるようにダンテに耳に運ばれるようになり。
「ラミー……」
そう泣くダンテに、様々な感覚を失いながらも。
「なっ、何やってんだよ……お前……こんな状態で……こんな時に……」
ダンテに心配かけまいと。何も気に病む必要は無いと。
「どうして……どうして今、俺に……笑顔なんて……くれるんだよ……」
口元をニッコリ吊り上げ、笑って見せた。
「何だよそれ……なぁ、ラミー……」
ラミアの頬にダンテの震える指がそっと伸びる。頬に添えられたダンテの指の温もりに甘えるよう、ラミアは失った手の代わりに頬ずりで返す。
ラミアの小さな顔を手繰り寄せ、胸に押し付けたダンテは、この不条理に声を大きくして泣いていた。
腕の中のラミアがダンテに何かを伝えようと上げる呻き声は、自分の今の状態よりも。
泣き止まないダンテをあやしつける愛念が込められた、慈愛と呼ばれる音だった。
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ダンテに遅れる事数刻。ローラはダンテの専用部屋の入口の前に居た。
泣いてはいけない。そう思いながらも絶える事が無い涙を拭い。いつもの強気な自分を取り戻そうと気丈に気持ちを整える。
顔をパンパンと手の平で叩き、気勢を張り、意を決して部屋の入口を開けた。
「ダッ、ダンテ……」
情けなく小さな声で、部屋に居るダンテの名をローラは呼ぶ。
ダンテが大切そうに持っていた上質の絹で巻かれた棒は無造作に床に置かれ、奥の寝室から僅かに聞き取れる声に、ローラも寝室に向かい足を進めようとした時。
「なぁ、ラミー……旅に出ないか?俺とお前でよ……お前この世界の事全然知らないだろ?……だからさ、俺がお前に見せてやるよ……と、言っても俺もあんまり知らなかったりすんだけどな……」
一つ向こうの部屋から聞こえるダンテの囁くような声にローラは足を止めた。
今のラミアを旅に連れ出しても足手まといにしかならない。それはラミアの状態を見たダンテも承知しているのに……
「なぁ、いいだろラミー……そしたらお前に約束してやるよ……」
一人で歩く事も出来ない。一人で食事を取る事も、噛む事も、会話も、聞く事も。1人では何も出来やしない。
その全てが、今のラミアには欠損しているのにも関わらず……
「この世の一番美しい光景をお前に見せてやるから……だから……」
ダンテは優しい声で。
「だから……何も心配せず……俺に付いてこい……」
そう願った。
ダンテの心は今のラミアには伝わらない。しかし、それでよかった。
ラミアに同意を求めるものでは無く、ダンテはその覚悟を口にする事により、自身が生きてく指標を覚知し、自身が生きる意味の目標を据えたのだ。
それ程にダンテにとってラミアの存在は特別であり、かけがえのない者。やっと手に入れた、安らぎ。
この世に1人しかいない家族。
耐えていたローラの目から再び涙が溢れ落ち。漏れ出る悲痛の叫びを、口に手を押し当て押し殺す。
静まり帰った部屋で、ダンテの声だけが僅かに響き。ダンテの一歩的なラミアへの呼びかけは止まる事がなかった。
「ローラ居るんだろ?……すまねぇがこっち来てくれないか?」
あれからどれくらいの時間が経過したのかローラには分からなかった。
ダンテの声に反応して、寝室のある部屋に足を進める。
ダンテの腕の中で寄り添い、穏やかな口元のラミアを見たローラ。
「ラミア寝ちまってな……暫く傍に居てやってくれないか?」
何も考えられず、ダンテの言うままにローラはラミアを腕の中に納める。
ダンテがベッドから立ち上がり、穏やかな表情を一変。剣呑な表情を作り、出口の方に足を進めた事で、ローラはダンテと代わった意味を理解。直ぐにダンテを引き止めた。
「ダンテッ、何処行くんだいッ!アンタに何かあったらこの子はどう生きていけばいいのさねッ!」
ダンテの足は止まらず「カチャ」と軽い音がして、ダンテが床に転がる上質の絹に巻かれた棒を拾い上げたのだとローラは解釈。
「ダンテッ!この子はッ、ラミーはッ……アンタの為に……」
「ローラッ!……心配すんな……分かってる……分かってるから……だから……もう、何も言わないでくれ……」
ローラの言葉を遮ったダンテの声は、必死に今の体裁を保ち、やり場の無い怒りを包含する、冷静にと感情を抑圧する声。
「大丈夫だ……直ぐに帰ってくる……」
ダンテは、ローラに伝えたのか、自身に言い聞かせたのか、最後にそう言葉を置いて部屋を後にした。
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外からの光をカーテンで遮り、部屋のランプの明かりに照らされた広い応接間。
内装もさながら、厚みある紅絨毯、置かれている机は大理石、ソファは動物の皮で覆われた一級品。机の後ろの金庫は人数の人が入れる大きさはある。
「あなた大丈夫ですか?この所寝れていないようですが……」
「ああ、心配ない。アン、紅茶をありがとう……」
頭を抱えるようにソファに座る男に、紅茶を振る舞う女性。2人とも気品ある服を身に付け、それに見合う出で立ち。
だが、男は凛々しい顔の面影を残すが、目周りはクマで黒ズミ、頬は腹痩せこけ、無精髭が品格を著しく陥とす。
「やはり、お医者様に……」
「アン……心配かけてすまない。だが、大丈夫だ……」
アンと呼ばれた女性の気遣いに苦笑いで答えた男。そして……
「旦那様。例のあの者が訪ねて参りました……」
いつの間に居たのか、伺いも立てず、応接間のドアを開けた不気味な使いの者の言葉を聞いて。
「とうとう来たか……丁重にお通ししなさい。それとアンと子供達を奥の部屋に……」
男は冷静に不気味な使いの者に指示を出す。
「あなた……これは一体どう言う事なのですか?……」
ここは商人の家。人の出入りも多く、幾人もの取引を夫婦で支え合い家を大きくしてきた。それなのに。
3日前から突然夫は、古くから雇い入れていた者達に暇を出し、新たに不気味な連中を迎え入れ、更に面会を一切断絶すると伝えられたのだが、待っていたかのように今回の訪問者は受け入れる。
それにアン自身は奥に引っ込めと言われれば、何かあると、感じ取れない方がおかしく。
「あなたッ!」
男は、アンの問い詰める言葉に顔を伏せ、不気味な使いの者に腕を掴まれたアンが、部屋から遠ざかる姿に目を外らす。
「何も心配ない。お前達は……お前達だけは……私がなんとしても守り通してみせる……」
男は祈るよう指を合わせ、神に願うように声を震わせていた。
***現代***
6つの世界をまるで一つに凝縮したかのような街がある。
中心に円を縁取り、白い建物が並ぶのは人が住む街。デネブ。
10万人が住むと言われているデネブの街を高い壁で別け隔て、デネブの街をすっぽり覆う大きな円。ドーナツ状の土地は1/5規模で等間隔に高い壁で遮られており。
一つは、黒い瘴気に包まれた街。アルゲディ。
一つは、森林の街。アルナスル。
一つは、水の街。サダルスウド。
一つは、所々火が上がり、岩と紅水が流れる街。ズベンエル。
一つは、砂の街。シャウラ。
6つの街全てを含め、聖女ルーン・マリアが管轄する聖地。セイントマリアと呼ばれていた。
デネブの街の中心は、街を一望できる勾配があり、その丘に建てられた宮殿はシンプルながらも手の行き届いた管理がされ、周囲は透き通る水と手入れされた飾らない草花で囲われている。
それこそが白翼宮殿。アルマ・ロンドベル率いる白翼騎士団の本拠地であり、この地を統べるルーンの寝床だった。
宮殿の入口の前。30段程の大階段を先行し、足を進めるアルマに続き、光から姿を現せたダンドゥとジグリード。
しょげるアルマの背中を見上げ「はて、どうした者やら」と、思考していた時。
「アルマッ!ガンドゥッ!」
儚くも美しい秋風が通り過ぎる声が響いた。
「姉上ッ!」
日輪を身に纏うが如く、神々しく光が抜けるような白い肌。幾万の絶美のピースを繋ぎ合わせ、造形されたその容貌は、肉親であるアルマも思わず見惚れてしまう美しき女性。
——ロレーヌ・ロンドベル。
ロレーヌの魔性の硬直から誰よりも早く我を取り戻し、階段を駆け駆け上がるジグリード。ロレーヌの前で片膝を落とし頭を下げた。
「麗しき我が姫ロレーヌ様。貴女は何と罪深きお方なのでしょう、幾度も私の胸を引き裂き如何とされるのですか?…因みに、麗しき美声から私の名が漏れていたのですが…成る程、愛の裏返しですね。なんと可愛らしいお方だっ!分かります、分かりますぞ……」
「悟れよ…」と、一瞬顔を歪めたロレーヌは、指で耳栓。行く手を塞ぐジグリードを不快な者を見る目で蟹歩き「よいしょ、よいしょ」と、大回り。ジグリードをやり過ごし後は何食わぬ、ニコニコ顔にクルリンパッと挿げ換えアルマの元へ。
ロレーヌに名前も呼んで貰えず、明からさまに避けられているジグリード。ロレーヌが顔を歪めた辺りから目を瞑り現実逃避。今はキレのあるオペラに似た、全身を使い表現する空振りのロレーヌを想う詩は、とても涙ぐましく、見る者の心にポッカリ穴を開ける悲劇と化した。
それはさて置き。
「アルマッ!ガンドゥッ!ルーンおば様より緊急招集です。急ぎ円卓の間に……」
今の役職を得てから半年。白翼騎士団設立後、初陣を伺わせる報せをロレーヌから伝えられた。
アルマとガンドゥは互いに見合いコクリと意思の疎通を図り、白翼宮殿に走り出す。
途中、行く手を阻む、気分が乗ってきたのだろう大きく動くジグリードを、遠巻きに蟹歩きで避けるアルマ、ガンドゥ、ロレーヌ。3人の顔は一切の余裕の無い表現を作り上げていた。
「オイッ!ババァ。緊急招集だと聞いて俺達は集まったんだぜッ、それなのにまだ議題すら聞かされないとは一体どういうこったよッ!」
「———」
中央に椅子を構える年老いた女性に声を荒げ、苛立つ態度を表面化する褐色の白髮の男。頭部側面に魔族の象徴であるツノが生えており、漆黒の鎧を纏う男こそ——黒翼騎士団団長。ブラック・プレデター。
「まぁまぁ、よろしおますぇ。統括でらっしゃるアルマはんの席がまだ空席やさかいのぅ。短気は損気。ちょっとは儂等を見習いおしよす」
細目で気品ある顔立。黒艶の髪に、虹色の羽衣と十二単を見に纏う女性——青翼騎士団団長。龍宮ノ小野巫女。
「あぁぁああッ!小野巫女、俺様に意見するとはいい度胸してんじゃねぇかよッ!」
「おお怖っ、恐ろしゅうて、恐ろしゅうて、ホンマ恐ろしゅうて叶いませんなぁ……儂をどないしはります気で、おられるんやろか…ふふっ……あーー怖っ……」
細目を更に細め、ニンマリと緩める小野巫女。口元の笑みを、バッと開いた扇子でお淑やかに隠すが、誰から見ても挑発としか思えない。
「小野巫女ーーーッ!表出ろやッ!」
火花を散らす2人に。
「小野巫女もブラックも五月蝿い。少しは黙ってヨッ!。イナビル今、集中してるんだからネッ!」
プルプリ震える手で、積み上げられたブロックを引き抜いては上に積む黄金色の髪の猫耳の亜人族。幼児体型で「ここしかないよッ!」と、鋭い八重歯をギラつかせ、抜いたブロックの所為で積んだブロックを崩壊させ、ぷるぷる肩を揺らし落ち込む女性こそ——黄翼騎士団団長。イナビル・サウザン。
「あぁぁぁぁ……どうしてくれるんだヨッ!小野巫女とブラックの所為だかネッ!」
人の所為にして、何故か横に座る小野巫女をやり過ごし、どう見ても遠いブラックの元に走りだしたイナビルは、ブラックの身体をポカポカ叩く。
「ちょっ、おまっ、何泣いてんの?…イテェっ、イテテェ……」
「誤ってよッ!誤ってよッ!」
「オイッ!呑気に茶啜ってないで、イナビルをなんとかしろよッ、お前のダチだろッ、ベーチェルッ!」
無風状態の部屋の中で、一人フワッと風で長い緑色の髪を無駄に靡かせる醤油顔の男。お茶を啜る為に、顔を傾けてはエルフ族の特有の尖る耳に、ハラリと視界を妨げ顔にかかる髪を何度も「何ですかぁ」と、掻き掛けている者こそ——緑翼騎士団団長。ベーチェル・ホルンスター。
「すみませんブラック。私は今、お茶を飲むので手が一杯なのですよ……暇そうな、ピュールにでも頼んで貰えますか?」
ブラックは、モコモコの長く燃えるような赤髪を持ち、円卓に顔を付け「グォォオオーーッ!」と、イビキを上げて寝る、モコモコウェーブの髪に小さい身体の殆どが隠れる女性を見た。
イビキで息を吐くと同時に、鼻と口から僅かに洩れ出る火炎。何故かブラックの前でやたら咳をして、その度にブラックの身体が炎に包まれる苦手な相手だった。
彼女曰く「わたち、ブラックアレルギー。キャハハッ……グゥーーッ」と、悪ぶれること無く、笑いか、寝るかの2択しか無い、ドワーフ族の彼女こそ——紅翼騎士団団長。ピュール・ピコピコハンマー。
「んっ!?あたちを呼んだ?……イナビルに何されてんのブラックッ!……キャハハッ……グーッ……グゥーッ」
ガバッと寝ボケる顔で周りを見渡したピュール。イナビルに叩かれているブラックを一笑いして、再び眠りについた。
「はぁ……」と、老婆のルーンは深い溜息を吐き出したその時。
「お待たせしました」
入り口を開け姿を現せたのは——白翼騎士団団長アルマ・ロンドベル。
堂々と足を進め、自身の席に腰を下ろしたのを見て「ポーっ」と、アルマを見つめるイナビルも急ぎお淑やかな態度で自席に戻る。
いまだイビキを上げて夢を見るピュール以外の者がルーンの方に顔を向けた所で、ルーンは静かに話を始めた。
「今日皆に緊急招集をかけたのは他でも無い。我らが目的とするのは″厄災″の対処。その対象の追加の打診が人族の代表より抗告され、我らにその判断を委ねられた。皆の率直な意見を聞きたくての……」
「んだよっ、しょうもねぇ。そんな事ババァ一人で決めりゃいいじゃねぇかよ」
「ブラック。少し黙りよし。あんさんの意見なんぞ、誰も聞いておまへん」
「小野巫女ッ!お前なぁ……」
「しかしルーンよ。ブラックの意見は的を得ておると儂も思うのじゃが……儂らは所詮、主の指示通りに動く自由しか与えられていない″はぐれ者″の集団。それを束ねる主が1人決めれば良かろう……」
「イナビルもそれでいいよ…ルーン婆ちゃんが決めていいよ……」
モジモジと頬を赤く染めて、アルマにチラチラと視線を流すイナビル。
「私も意見に賛同致します」
ベーチェルも賛同し、残る意見はアルマと寝ているピュールの意見のみ。
「あはっ、あはっ」と、夢に溺れるピュールから意見などある筈も無く。
「ルーンおば様。今回の″厄災″の対象物は何になるのですか?それを知らされず、意見を求められても僕はなんとも言えないのですが……」
アルマの発言は理をえている。たが、それは……
「カッ!オイッ統括ッ!お前、ここに居るメンバーを見てもの言えよ。コラァァ……」
ブラックの理由に納得だと、小野巫女もそこは喰い掛からず不敵に笑みを浮かべ、顔を真っ赤にして伏せるイナビル以外の者も、同意見だと言いたげな態度を取る。
「そうじゃのう……」
ルーンは目を瞑り、間を少し置き、ゆっくり重々しく口を開いた。
「今回の″厄災″の対象は″物″では無く″者″。ここに居るメンバーは少なからずその者との親交がある……」
「ルーンおば様。その者とは?……」
ルーンが最初にその者の名を明かさなかったのには理由があった。
その者の名を告げる前と後での意見を参考に慎重に事を運びたかったからであり、それ程にその者は世界に影響がある者。
それは伝説とされる称号を得た、人智を遥かに凌駕する存在。
数千年の月日が過ぎさり、2人目となり世に現れた進行形の神話。
長い睫毛が重なる瞼を開け、皆の目を一人一人見渡し……
「勇者と呼ばれるその者と、その付人ラミア・ディルクじゃよ……」
ルーンは″厄災″の対象とされる者の名を告げた。