第七話。謝罪。
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無我夢中で壁の上から外に放り投げられたラミアを捕まえた所、迄は良かった。
「あっ」と驚かせる魔法は?勿論使えない……華麗なる体術は?そんなのあれば苦労しない……
その後の事を考えていなかったダンテ。泣き噦るラミアを抱え、顔面蒼白のまま重力に従い無様に落下する。
それでも、ラミアを包む込み、ダンテは自身の身を呈する形となり、背中から地上との落下を遂げ。
「ゴホッ!ゴホッ!……うーーーん。たまらん……ゴホッ!ゴホッ!」
「ダッ、ダンテ様ッ!?」
腕の中でダンテを見るラミアは、つい先刻まで食していた食べ物がダンテの口から噴水のように吐き出されるサマを見る事になり……
ラミアは晴れ上がる顔ながらも、とてつもない嫌な物を表情を浮かべる。
「ゴボッ……いやーーっ!ゴボッ……最近良いもんばっかり食ってて……ゴボッ……ホント助かったわーーっ!」
いつも出っ張るお腹は引き締まり、頬が焦げるようにゲッソリしているダンテは何事もないような笑顔を見せ。
「ラミーは無事か?どこか折れたりしてないよな?」
真面目にラミアを気遣う。
「おっ、折れては無いかと……でっ、でも、動けません……」
「そっか……まぁ、お互い命あって良かったな」
「はっ、はい……ダンテ様のお陰ですね……」
ボロボロの顔でラミアもダンテに笑顔を返し、不謹慎だと知りつつもラミアはダンテの懐の温かさに浸る。それはダンテも同じ事が言え、2人は互いに温もりを感じ合い、互いの生存を心より噛み締めた。
暫く痛みが引くのを待ち、いつまでもこのままと言う訳にもいかず、ダンテはラミアを抱えたままムクリと立ち上がり。
チラリとヘルハウンドの方に視線を移すダンテ。相手にされていない事にホッと胸を撫で下ろし、ゆっくりと傷を負うラミアに痛みを与えないよう閉ざされた門の元まで歩み寄る。
「おーいッ!開けてくれよーーーッ!」
声を張り上げ、門の解放を願い出るが……
「ダメだッ!今開ける訳にはいかないッ!」
守備兵からアッサリ突き放された。
「テメーッ!ふざけんなよッ!オイッ!コラーーッ!開けろッ!」
ゲシゲシ門を蹴り出したダンテだが、腕の中で震えるラミアの振動を感じ取り、ラミアが向ける視線に目を向けると、そこには白いヘルハウンドを筆頭に30匹のヘルハウンドがジリジリと弓の射程距離を図るように間を詰めていた。
門が開かれるかもしれない。『系統派生』の白いヘルハウンドがそう判断し行動に移したのだろう。
「ヤベーーーッ!マジ開けろよッ!テメーら……」
急くダンテを余所に……
「「「うおぉぉーーーッ!」」」
ダンテの声を無視し、壁の上は歓喜に沸く。人々を奮い立たせる声を上げる理由となる者達が、次々と壁から飛び降り、ダンテとラミアの前に姿を現せた。
——ゴーレム5体。
丸太のような筋肉の腕を持つ高さ3mの怪物。黒い頭巾で容姿を隠された者は、地上に足を着けるなり、巨大な足で大地を削り駆けて行く。目指すのは自ずと知れたヘルハウンドの掃討。
ゴーレム達が黒頭巾を被る理由は、その容姿が見られたものではないからで、敢えて醜く創られるのは、ゴーレムの戦いは見ていて気分のいいものでは無い事が挙げられる。
命令を忠実に守る忠犬。自我と反して敵陣に身を斬り込ませる姿は無謀・無鉄砲と言え。
傷つく身体を引き摺りながら、激痛の雄叫びを上げ、悲壮に突き進むその光景を見慣れない者にとっては、ただの地獄絵図としか捉えようが無く、容姿が醜くければ単純にそれが中和されるからである。
ゴーレム達は、遥か遠くのヘルハウンドに右手を翳した。射出されるのは電撃魔法。
閃光のように放たれる魔法だが、俊敏性だけを見れば上位に並ぶヘルハウンドは易々と躱す。
魔法が有効打にならない事を学び、魔法による遠距離攻撃を捨てたゴーレム達は、近距離攻撃に徹するように大地を削り取る規模を増大させた。
「ワォォオオーーーンッ!」
開戦の狼煙を挙げるように雄叫びを上げたのは白いヘルハウンド。仲間のヘルハウンドを横に並ばせ、自身はゴーレム達に背を向け後方に歩き出す。
残りのヘルハウンドは待ち構える態勢を崩さずゴーレム達を迎え討つ。ゴーレム達の安全マージンをしっかり保ち、ヘルハウンドは中距離攻撃である火炎放射を口から放ち、浴びせた。
ゴーレム達は火炎放射をものともせず必死に間を詰めようと大地に足跡を残すが、ヘルハウンドの俊敏性には敵わない。
つい「んんんん」と、いじらしい、もどかしい声を出してしまう両者の戦いが始まり、このまま長期戦にもつれ込むと思われたのだが……
あの白いヘルハウンドが予想しえない行動に打って出た。助けを求めていた子供の背ろ襟を咥え、子供を盾にし、ゴーレムとの間を詰めたのだ。
ゴーレムは子供に構う事無く拳を振り抜こうとするのだが、魔法で人間を攻撃出来ない法式を組み込まれている拳は、子供の前、僅か数センチでピタリと止まり。
白いヘルハウンドは、それを見越したかのような動きで、ゴーレムの喉元に喰らい付き、体内に直接の火炎放射。穴という穴から火が噴き出して、黒い煙を立ち上げたゴーレムはそのままズシリと地面に倒れ込んだ。
勝機を照らしだした白きヘルハウンド。そこからは一方的な殺戮が始まった。
同手順に近い形でまた1体。また1体のゴーレムが動かぬ人形と変わり果て、壁の人々はただ自失し、それを眺めていた。
門手前のダンテやラミアも開いた口をそのままに、引き込まれるようにその惨劇を見る、最後のゴーレムが地に伏せた時。
「ワォォオオーーーンッ!」
白いヘルハウンドが凱歌の雄叫びを響き渡らせた。
ヘルハウンド達は戦果の見返りとゴーレムの肉を漁り、血を勲章のように身に浴びせる。
身の毛がよだつ、鳥肌が全身を埋め尽くす光景。青ざめ嘔吐する者までいる。
そして悍ましいその光景にラミアは泣き出した。始めて見る戦いに、弱者が強者に蹂躙される姿を眼に焼き付け震えていたのだ。
誰もが声を上げず絶望に打ちのめされる中、1人の男が動き出す。
「ラミーすまねぇが、ちょっと待っててくれるか?」
声が出ない程の衝撃を受けたラミアは、何処にも行かないでと、ダンテの袖を掴むが。
「本当にすまねぇ、でもよ。俺はゼッテェー、あの犬コロだけは許せねぇんだわッ!」
それよりも……ダンテの穏やかな顔しか見たことがないラミア。怒りに塗り潰されたダンテの顔を見て、ダンテの袖から手を離ざるおえなかった。
ラミアは、ダンテの意外な一面に冷静さを取り戻し、その原因を幾つか推測。か弱い自分がうつけ者だと罵る結論に行き着く。
あのヘルハウンド達とダンテの間には只ならぬ因縁があるのだと、両親の死に直接影響を与えたのでは無いが、もしかしたらダンテの村を襲ったのがあのヘルハウンド達ではないだろうか?と……
それとも、もしかしたら、ヘルハウンドに人質にされているあの家族。自身の身の上を重ね、ダンテは自身と同じ境遇の子供にしたくなく、勇敢にもヘルハウンド達に立ち向かうのか?と……
それとも、それとも、もしかしたら、あの醜いゴーレムの中に、醜い私と同じような立場の大切なゴーレムが……ひょっとして私以上の関係を持つゴーレムが?……「あは〜ん」と、ピンク色の喘ぎ声が聞こえてきたラミアはイラッとしてダンテの腕を思いっきりつねった。
「イテッ……」
それは流石に無いかと、ゴーレムの事を考えないよう角に置いといて、それ以外を動機だとしたら、とてもでは無いがダンテを引き止めていい道理がないと、ラミアは自身の行為を恥じた。
そして、ダンテの実力の程を知らないラミアは、その時のダンテの様子を見て、一切の不安はなく。ダンテはさっきの怒りが嘘のようにラミアにニッコリ笑いかけた事により、安心を得て、ラミアもそんなダンテに笑顔で返した。
ダンテがラミアの頭を軽く撫でた後。
「じゃー行ってくる。アイツら全滅させてやっからなッ!待っとけ……」
そうラミアに言葉を残し、走り出したダンテ。向かう先は無謀にもヘルハウンド。
徐々にスピードを上げ、忿怒したダンテが高々に放つその怒声に、壁の人々はおろか、ヘルハウンド達もダンテの方に一斉に顔を向け注視した。
「テメーーーらぁッ!……よくも……とってもマイ、スイート、プリティ、で仔猫ちゃんのようなラミーから、幾億の夜空の恒星より輝かしい真珠の涙を、無駄に流させやがったなぁーーーッ!」
ラミアに耽溺なダンテは、ラミアの予想を大きく上回る大うつけ者。嬉し恥ずかしいラミアは、顔を真っ赤にして誰にも見られないように顔を伏せるしかなかった。
「ふぅわわわぁぁーーーッ!」
そう、腹から羞恥心を吐き出して……
一見冷静に見えていたダンテは、その時我を失っていた。ラミアの根底からの涙、ラミアの生きたいという当たり前の慕情、それがダンテの拙劣とした行動を促進させ、夢想だにしない言葉、軽忽な突進を可能とした。
勿論最初にラミアを痛みつけ、泣かせた奴も潰すが、それよりも今は、ラミアを自分の目の前で泣かせたヘルハウンド。
殺気に満ちた瞳を肥大させ、ダンテは大地に幾つもの打点を作り駆けて行く。
壁の上の人々が騒ぎ出すのは無理がない、見た事もない冒険者が単身でヘルハウンドに立ち向かうのだから、その者の足は決して遅くは無い、だが平凡。それに変わる絶技でも習得しているのかと、人々は一点に固唾を呑んだ。
弓の援護射程距離を超えて、一匹のヘルハウンドがダンテに向かい足を据え動きだす。
白いヘルハウンドはダンテを少し眺めた後、興味が削ぐれたかのようにゴーレムの亡骸を漁り始め、それに従うようにダンテに向かうヘルハウンドを残し、他のヘルハウンドもゴーレムをついばみ始めた。
ダンテは、自身に向かい前後させる足を次第に早くするヘルハウンドを最初の標的と定める。
2人の距離がみるみる縮まり、間合いを見切り、牙を剥き出したヘルハウンドがダンテに勢いよく飛びかかった。
その時……
ダンテはラミアを宙で抱え、落下の最中に、ある温かい光が自身の背中にへばりついた事を思い出す。
その光はダンテを導くように手を引っ張り、足を押して、腰を捻らせた。地面と接触する際には、その導きは一気に数カ所に及び、反射的に追いつかない箇所もあったのだが、出来る限りそれに従った。
その結果が腕で抱えるラミアからのエルボーで嘔吐した以外は、自身もラミアもほぼ無傷という事実。
ヘルハウンドと対峙する事でその光がまた現れる確証は無かったが、何故かダンテには必ず来てくれる確信があった。
そしてダンテの読みは的中。背中に張り付いた光は、飛びかかったヘルハウンドに対しての一筋の光明を導き出す。
ダンテは光明の導きに従い、腰に携える剣を引き抜き、剣を振り抜く。
そしてダンテはそれを見る者達の時間が止めた。
流れる空気の静けさの異変に煎じ気付いたのは白いヘルハウンド。微量ながらの殺気を感じ取り、ゆっくりと目線をそちらに流した。
その者は、血を滴らした剣先を一点に据え、睨みつけながらも不敵に口端を緩め、果敢にも言い放った。
「面倒クセェッ!全部まとめて掛かって来いよッ!」
断末魔を上げる暇も与えず、一撃の元「ぐしゃり」と真っ二つに斬られたヘルハウンドの亡骸を一級品を縁取るよう背にして……
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「ゆうじゃざまぁーーーッ!うわぁーーんッ!あんあんあん……」
大声で泣き叫ぶラミア。これは非常にマズイと、アルマは顔を真っ青にして急ぎラミアの口を塞ぐが……
「テメーッ!ゴルァァアアーーーッ!アルマッ!あの表明から1分も経たない内にラミー泣かすとは死ぬ覚悟出来てんだろなッ!」
間に合わず。ラミアの事なら障子に耳の如しの勇者が、家から足音を轟かせ、土煙を上げてアルマの胸ぐらを掴んだ。
泣いていたのか?真っ赤な目を血走らせアルマを睨みつける勇者は、寂しさを紛らす為だろうか?着る服はパンツ一枚の恥辱の極みな姿だった。
「ハァハァ」と、何とも言えない息を美青年のアルマに吹きかける勇者に……
「ぶっうわぁぁああーーーッ!ゆうじゃざまーーーッ!」
女性のラミアが負けじと抱きつく。ラミアの手は、鼻水の粘りを涙で丁度いい感じに調整されたものとなり、それを身体中に塗りたくられる勇者の顔が火照りだす。
止まる事の無いラミアの涙と鼻水は、それをドンドン量産し、やがて勇者に抱きつく一応性別雌のラミアの各部がツルツルと舐めるように滑り始めた。
「ねっ、ねぇ、ラミーさん……これ、ダメだわっっ、そろそろヤメテくんない?もうそろそろ……俺、限界なんですけどっっ」
内股で頬を赤く染める乙女顔を、ラミアから背ける勇者は、突進してくる猛牛を止めるかのようにラミアの頭を掴み「もう、ホントヤメテよッ!」と、空いた手でポッと頬に手を添え距離を取る。
良からぬ方向に傾き始めた話を元に戻そうと、ラミアは低劣に垂れる鼻水を「ズズズズ」と啜り、滝のように流れ出る涙の量をハラハラとせせらぎ程度に抑え、本来のヒロインたる立ち位置へ。
不意にそんな仕草されるとドキッとしてしまう素振りに切り替えた。
「勇者さま……どうしてアルマ君にあんな事言ったの?」
さっきの「ズズズズ」と吸い込んだラミアの鼻水は一体どこに消えたんだ?の疑問を、場の空気を読んで「ゴクリ」と、何かを呑み込んだ勇者は苦笑いを浮かべた。
「どうもこうもねーよ……事実じゃねぇかよ……」
「……人の気持ちが微塵も分からない勇者様がよくそんな事言えますね……」
「んーだとッ!俺だってなぁ……」
強面顔で何かを言いかけた勇者。しかし、その後の言葉が続かなかった……
3年前。人と魔族との屍の山を築いた勇者とラミアはその頂きで下を向いてしまった。散々たる光景。夥しい血が川となり流れ、無念の内に果てた死体の鬼の形相は、勇者とラミアを咎め、凝視する眼は怨恨だけを灯しだし、罪咎が肢体の動きを鈍化させた。
だが、勇者はそれでも辛うじて剣を握る事が出来た。もう少しだと、もう少しで黒い霧が晴れ、目の前には輝く世界が広がるのだとそう自身に言い聞かせながら。
たが、ふと横を見ると、そこにラミアの姿は無く、ラミアは啜り泣き、もう無理だと、もう耐えられないと立ち止まり、勇者はそんなラミアの躯体を押して、五指を繋ぎ、もう少しだから……そう言葉をかける事を戸惑った。
その頃のラミアにはあるものが欠落していたからだ。
そこで勇者は、ラミアのそれを取り戻す為に、ある魔法を行使する。
褒められた事でないのは重々承知している。これがラミアに知れれば、自身は叱責され、疎まれる……
だが他に道が無かった。
勇者もまたそんなラミアを見て、その道を、人と魔族の亡骸を足場として先に見える世界の道を、志し途中で立ち止まろうとしていたからだ……
自身とラミアの為に、その時、それは、必要だった。それが無くば、勇者とラミアは只の大量殺人者に留まり、人と魔族の戦は今も続いていただろう。
禁呪桃源郷。
藁をも縋る思いで、勇者は禁を犯した。そして、それはラミアに欠落していたそれを取り戻し、勇者を再び茨の道を歩み始めるキッカケになる。
幻想の世界により、屍に囲まれた世界で、ラミアは勇者に……
失っていた世界に一つしかない笑顔をくれたのだ。
しかし勇者は更に足を進める覚悟と共に、笑顔のラミアに悔恨を抱く事になる。そして禁呪を使わなければ、ラミアから笑顔を取り戻せなかった自身を恥じる。
禁呪とはそれ程に悪質で忌み嫌われる魔法。道徳的の視点から見てそれは、人の道を踏み外した不遜な行為。どんなに憎しみ、非道を行おうがその中でもルールが存在するからだ。
だが、勇者はラミアに禁呪を使用し、その一線を踏み越えた。
何があろうがラミアに禁呪桃源郷を行使していた事は知られたく無い。
嫌われるぐらいなら、離れた方がいい。軽蔑の目を向けられるぐらいなら、ラミアの笑顔を思い出に1人過ごす方がいい。勇者は何よりもそれをラミアに露見する事を恐れていた。
そんな懸念を孕み勇者は、戦後間もなくして、ある申し込みをされた。
『ラミアさんを僕のお嫁さんとしてお迎えしたいのですが……』
相手にして申し分の無い者——アルマ・ロンドベル。
2年前より頭角を現せ、人と魔族の間に立ち、一気に勇者とラミアの夢の世界を促進させた者。
最後まで抵抗を示した魔王を勇者が倒した事により、アルマは二番煎じと成るが、間違いなく、幾年後には魔王の力を超え自身と成り代わり勇者と称えられる存在。
勇者は、アルマの力をまざまざと見せつけてられた。
自身がラミアに見せるのは、所詮は幻想の世界。アルマの力も、人の記憶を改竄された作られた世界。だが程度を吟味するならば、幻想と実質、言わずともアルマの創り出す世界の方が、実際する温かい人々に囲まれた至福の世界だったからだ。
何も考えていない訳じゃない。ラミアの事を一番に考え絞りだした結論がコレなのだ。それが一番ラミアが幸せになる方法なのだと、それがラミアと旅に出る時に言った。
『この世の一番美しい光景を見せてやる』
それであり、何もその輝かしい風景を見る、幸せな一杯のラミアの笑顔の横に、勇者自身が居る必要は無かったからだった。
何も言えない勇者にラミアは責め立てた。
「何も言い返せないじゃないですかッ!勇者様は私の事を何一つ考えてないッ!私がそんなに嫌いなのですかッ!?私がそんなにお荷物なんですかッ!?だったら勇者様の口からそう言って下さいよッ!どーして黙っているんですかッ!何とか言ったらどうなんですかッ!」
それは違う。それは違うと口を動かしそうになった。だが、禁呪の行使がバレるくらいならと勇者は……
「ああ、そうだよ……ラミー……お前の言う通りだよ……俺は……俺はよ……」
痛い。とても胸に突き刺さるそれは……
「お前が大っ嫌いだッ!」
勇者の頬に涙を伝せた。
痛ましい顔。子供のように無垢に涙を垂らす顔。虚勢を張って言い切った迄は良かった。だが、余りにも悲しみに打ち付けられる顔に……その言葉は意味は……裏返る……
それに胸を打たれ、見ていられないと、動き出した者が居る。
「勇者殿……ラミア殿……いい加減になされよ……」
勇者の気持ちを知る者——岩のような男ガンドゥだった。
「貴殿らは一体これまで、互いをどうみておられたのだ?あの沙羅の道をどう乗り越えて来られたのだ?互いに想い、支えあったからこそでは無いのか?」
ガンドゥの言葉が2人の傷ついた心に染みる。勇者は歯を食いしばり天を仰ぎ、ラミアの流れる涙が強みを持ち、意味を挿げ替えた。
「勇者はラミア殿に何を言っておるのだ?何が嫌いだッ!ラミア殿もだ、何を勇者に聞いておるのだ。貴殿達は今、一体何を見ておるのだ?互いが互いに見せる涙が全てではないかッ!」
何も言う事は無い。ガンドゥの言う通りだから……
そしてガンドゥは呆れるようにそれを言葉に出した。
「勇者よ……貴殿がラミア殿に負い目を感じるのは、禁呪桃源郷の行使に依るものなのだろ?……」
露見する勇者の黒い影。勇者が何よりも恐れた事態を招く。
「……いっ、岩男テメーッ……なっ、何言ってくれてんだよ……ふざけんなよ……」
勇者は沸々と恐れと、怒りが沸き起こる。拳を握り締め、真実を知る今のラミアの顔を勇者は恐れた。
顔を背け、ラミアを直視する事が出来ない勇者に思わぬ言葉をかけたのはラミアだった……
「ええ、存じてましたよ……」
「……えっ!?……ラミー……何言ってんだ……お前……」
ゆっくり顔をラミアに向ける勇者。顔は小刻みに揺れ動き、目を見開く……
「勇者様が、ここに連れてきてくれたあの日、あの時に、私はここが勇者様が創り出した世界だと直ぐに分かりましたよ……だって……だって……」
そんな勇者にラミアは涙で濡れた顔で、にこやかに笑って言ったのだ。
「この場所で、私に良くしてくれる村人は……私達がどんなに謝っても、決して許しては貰えない人々なのですから……」
ラミアの言葉に勇者の顔が悲壮に染まった。
勇者が手にかけた者達全てが、勇者とラミアの道に敵意を向けた者達だけでは無い。積み上げた屍の中には勇者と気が合う者も、ラミアに優しく手を差し出した者も、2人を親友だと言葉にした者もいた。
だが、立ち止まれない2人には、それは必要で。
あろう事か、禁呪桃源郷は、ラミアにその者達と楽しく過ごすもう一つの世界を見せていたのだ。
その者達の最後は決まって、悪意ある眼で勇者とラミアを睨みつけ、裏切られた悔しさと恨めしさで震える五指を勇者の腕や胸に絡め、今生忘れるなと汚い言葉を叩きつけた。
詫びを入れても済まされない者達。取り返しがつかない事をした者達。脳裏にこびりついた忘れられない者達。
「……おっ、オイっ……何だよソレッ!……何言ってんだよ……ラミー……お前は……」
「皆さん。許されない事をした私に、ここでは笑顔を振りまいてくれるんですよ。勇者様……あんな事をした私に、ウチの子になれって……そう……私に言ってくれるんですよ……勇者様……」
必死に耐えるラミアを目の前にして、現実を知る勇者の全身の力を抜かれ、崩れ落ちる。
「俺は……俺は……お前に……」
大粒の涙を地に垂らし、惨めにも頭を地面に擦り付け……
「何一つしてやれてなかったんだな……」
今も尚、苦しみ続けているラミアの事を何も知らなかった勇者は、悲嘆に、謙虚に、全霊を賭して、ラミアに頭を下げる事しか出来なかった。
そして、あの時、非道を歩む道のりで、救われていたのは自身だけだと思い知らされた瞬間だった。