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勇者の付人  作者: 陽空
浮遊する大地。
5/9

第五話。交わらない想い。

 ダンテに買われた奴隷のラミアはいつも決まってこの宿に連れてこられた。


 木漏れ日亭。

 この街で一二を争う人気の宿。中堅から上位冒険者を始め、貴族などの身分の高い者まで利用する街宿。

 滋養強壮成分配合の湯がウリなのだが、その濃度を保つ為に温泉は宿に一つしか無く。時間を決めて男女入れ替えのスタイルもウッカリ目当ての客にウケている。


 ダンテは手を引き正面入り口では無く、いつものように裏口の勝手口を開け宿の庭に入る。テクテクと足を進め、宿の調理場のドアを開け、顔を出し声をかけた。


「おーい。女将。ローラをコッチに回してくれよーーっ」


「ダンテかい?生憎とこちらも手が回らないんでね。自分で何とかしておくれよ」


「ホラよっ!これでいいんだろう?」


 巾着袋を投げ入れるダンテ。暫く沈黙なのは女将が巾着袋の中を確認しているのだと思われ。


「ローラ。ダンテから指名だよっ!行ってやんなーーーっ!」


「えーーーっ!また私ですかい?たまには他の奴にも……」


「ローラッ!お客様の前だよッ!つべこべ言うんじゃないよッ!お客様は神様っ!いつも私が口酸っぱく……」


「ヘイヘイっ!分かりましたよ。行きゃいいんでしょ、行きゃあ」


「ローラッ!アンタねぇ……」


 女将の言葉途中に厨房のドアをパタリと締め姿を現せたローラ。

 女将とのやり取りからダンテと奴隷のラミアの相手をするのを煙たがっていると思いきや、手を高々と上げてダンテと「イェーイ」とハイタッチ。ラミアにもそれを求めハイタッチを交わすと。


「相変わらず汚ねぇなぁ。お前ら……取り敢えず風呂入るか?」


 ローラの言葉と同時に顔を真っ赤にしたダンテが急ぎ鎧を脱ぎだすが……


「言うまでもないが……ダンテ。テメーは外の風呂入って来いよな……」


 ローラの乾いた声で、萎れた花のように小さくなるダンテ。トボトボと宿の勝手口のドアを開けて宿の外に出て行く後姿はとても見窄らしい。


「じゃーラミー。姐さんが可愛がってやるかんな」


 ワシャワシャと手を動かし口端にヨダレを光らせローラは、ラミアの服に手をかけた。



 初めてローラと対面した時に、ラミアに包み隠す事無くローラが言った言葉がある。


「私は人の敵である魔族が嫌いだッ!」


 萎縮するラミアに言葉を続けローラは。


「それよりも私は、金を出し渋る人間がもっと大嫌いだッ!」


 ニッコリとラミアに笑いかけ。


「アンタはダンテに感謝しな。あんな気風のいい、清々しい程の大馬鹿はそうはいない。女将じゃないがお客様は神様。それは正しいと私も思うよ」


 竹を割った性格とはローラみたいな人の事を差す言葉だろうとラミアは安心した事を思い出す。

 気難しい人格破綻者であるダンテと仲の良さも一目で伺い知れ、ラミアの中で信じられる人間の一人だったのだが……


「ちょっ、ちょっとッ!ローラさんッ!ここで脱がせるんですかッ!?」


「んーーだよっ!ガキのクセにマセやがって、いいじゃんか減るもんじゃねぇんだし……私もここで脱ぐからよっ!おあいこなっ!」


 なんせ、やる事成す事が破綻しているダンテのともだった。



「ふぅーーっ。ホクホク」


 萎れた見窄らしい花は正気を取り戻し、ポカポカ陽気の間抜けな笑みを浮かべる。

 庭に本亭と孤立した建屋があり、そこがダンテのいつもの寝泊まりする場所。当初は納戸として使われていたのだが。


「ここがイイッ!」


 秘密基地感覚で勝手に改良を重ね。今では本亭の部屋より快適に過ごせるように。

 そこへ……


「お待たせしましたダンテ様……」


 後髪を黄色のリボンで束ねたポニーテール。赤いワンピースと首元に蝶のチョーカー。少しばかりの化粧で頬に赤みを付けるラミアが現れた。

 もじもじと着慣れないスカートを掴むラミアの背中を押すローラも何故かバッチリの化粧とドレス姿。


「よっ!ダンテ。天使な2人に気の利いた言葉はねーのかよ?」


「えっ!?……ここ天国なの?……やべー俺、死んじゃったよ……ゴメン、ラミー……俺、約束守れなかった……」


 マジ泣きを始めた純粋なダンテの誤解を解くのに時間を割いた後。


「大盤振る舞いじゃーーーッ!」


 ダンテは今回のクエストで手に入れた食べ物や、現地で仕入れた珍しい食べ物を残さず机に並べる。


「おおーーーッ!マジかッ!メロンマンモスの肉ぅぅーーーッ!こっちはッ!チョコ蝶々の鱗粉までーーーッ!」


 「イェーイ」とハイタッチを交わすダンテとローラ。ラミアとも無理矢理ハイタッチを交わした後。


「じゃーちょっと待ってろ。サクサクと五つ星の腕前見せてやんよっ!」


 ローラはダンテの秘密基地に簡易的に造られた台所で料理を始める。


「私も手伝いますっ!」


 ラミアもエプロンを颯爽と纏いローラの手伝いに回った。


 料理を拵える時間も絶え間無く会話は弾み。ラミアの顔は笑顔で溢れていた。


 この時のローラの料理の味付けがラミアの料理の基本構成になるのだが、それはもう少し後の話。


「ムニャムニャ……」


 よっぽど疲れていたのか食事後ダンテはギャグで鼻に割り箸を刺したまま爆睡。


「ラミーもうちょいだかんな……待ってろよ……」


 寝言でもラミアの事を口走るダンテの頭を、時折ヨシヨシと撫でながらダンテの汚れた鎧を磨くラミア。ローラはダンテが用意した葡萄のワインを可憐に嗜みながらツマミを頬張り、ダンテのほつれた服を縫う。


「ったく。だらしない男だね」


「そうですか?可愛いじゃないですか?」


「ラミー。アンタ大分コイツに毒されてるね……まぁ人それぞれだからね……」


「うふふふっ……それよりローラさん。ダンテ様が最近よく私に「もうちょっと、もうちょっと」と、よく口にされるのですが、何がもうちょっとなのかローラさんはご存知ですか?……もっ、もしかして……適年齢になった私を慰めて者に……キャーーッ!」


 嬉しそうな悲鳴を上げるラミアに。


「全然違うから。落ち込みな」


 ローラはズバッと斬り込む。


「まぁ、別に内緒にする話では無いか……コイツにしたらサプライズにしたんだろうけど。私の知ったこっちゃないな。私から聞いた事は黙っててくれるかい?」


「ハイッ!それは勿論」


「ラミーは『天の刀匠』って知ってるかい?」


「いえ、初耳ですが……」


「まぁ、そうだろうね。冒険者達は、いや、剣を扱う者達はこぞってこの『天の刀匠』と呼ばれる者達が創り出す剣を手に入れる事で一人前と認められるんだ。それはそこのアホづらの男も一緒さね。でね、それは何よりの身分を保証する証明書にもなる。言っている事分かるかい?」


「もしかしてダンテ様は……私を……」


「ああ、そうさ。身分があやふやなダンテが奴隷を囲うには『天の刀匠』の剣が必要な訳。まぁ、そもそも冒険者になった時点でそこを目指すのは当然なんだけどね……」


 シュンと悄気しょげるラミア。


 公に奴隷を所持するのには高い身分証が必要だった。奴隷は魔族。扱い方を誤ると強い魔力を生まれて持つ魔族は凶器。現代で言えば銃刀法に近い規則。


 ローラは更にラミアに追い打ちをかけるように。


「最低でも3000万ギルですよお客様」


 ニッコリ笑い手を揉む。


「おっ、お家……買えちゃいますね……」


「あはははっ。剣一つに3000万ギル叩くなんて馬鹿みたいだろ?でも、それがコイツが小さな頃からの夢なんだってよ。私初めてその話聞いた時、思わず爆笑しちゃってさぁ。コイツ顔を真っ赤にして怒りやがんのっ。ウケるっ!」


 腹を抱え笑い出したローラ。落ち着いた所で。


「それがもちょっとなんだとさ。それさえ手に入れればラミーを手に入れたも同然だとはしゃいでたぜ。まぁ後は信用貸付けで金でも借りれば奴隷の1人や2人は余裕だよな。コイツが言ってんのはそれさ。突然メキメキと力つけやがって。愛の力かね。全く焼けてくるぜ」


「そっ、そんな価値。私にはありませんよ……」


「それはラミーが決める事じゃない。買う馬鹿が決める事さね。例えラミーに1億ギルの値がつこうが、この馬鹿は間違い無くラミーを買うさ」


「私にはそれに見合うような事は……絶対出来ませんよ……」


 風船のように萎むラミア。それは摘み取られた自信による反応だった。

 物心ついた時から奴隷だったラミア。善かれと思い、やる事成す事余計な事だと体罰や罵られてきた。決して褒められるような事は無く。染み付き、抑制され、自然に会得した姿勢。


「ラミーッ!ウジウジとッ自分を貶める事を言うのはヤメなッ!」


 ローラはそんな愚かなラミアに怒声を放ち、睨みつける。


「今の自分にその価値が無いと思うなら自身を磨きなッ!磨いて磨いて磨き抜いて、自信を持って買った馬鹿に後悔させないようにしてやりなッ!それが女ってもんだろッ!?自分で自分を落としてんじゃねぇよッ!」


 ローラは怒っているのでは無く、ラミアを勇気づけようと声を荒げ背中を押した。それを理解しているラミアは近くのカップを手に取ると一気に飲み干し、気合いを注入。


「プッファ……ハイッ!私絶対ッ!ダンテ様を後悔させませんッ!って言うか一生離れてやりませんッ!私ダンテ様の事が好きなんですッ!最初は普通だったんですけど……でも、気がつくといつもダンテ様の事を考えてて、それにペットみたいに頭擦り付けてくる所とかもうキュンキュンで……」


 あれ?……何か変だと感じたローラ。ラミアの話がドンドン惚気話へと移行していく。

 と言うか、奥手のラミアが堂々と自身のバレバレの胸を内を晒す事など今迄無かったのだが……と、視線をラミアの手に移すと、そのカップはダンテが使っていたカップで……


「おいっ!ラミー。今何飲んだ?……」


「はに言っへんでふかッ!ローラしゃんッ!しゃんと私のはなす聞いてまふ?」


 こうしてラミアが潰れるまでの間、ローラにはどうでもいいダンテの、聞きたくない低レベルなラミアの女子トークに付き合わされる事になったのだった。


 その時のダンテとラミアの私生活全てが順風満帆。大風に乗り、勢いよく漕ぎ出された船は、幸せに続く航路を辿り加速して突き進むかのように思われた。しかし、並ならぬ速度で運航する船の船底に穴を開けるのは容易く、今の世は大小歪な突起がひしめく時代だったと言うだけの事。


 巨大な突起はそんな夢を見るダンテとラミアにジリジリと物静かに迫っていた。





 勇者様と私は数え切れない程の人や魔族の屍を築き上げてきた。それが希望に繋がる橋だとそう信じたから。直接手を下したのは勇者様だけど、そんなのは理屈にはならない。私自身も納得して勇者様の歩む道に添い進んだのだから……


 か弱い私はその茨の道で何度も傷付き、何度も立ち止まりかけた。その度に前を歩く私以上の傷を負う勇者様がいつも私を抱き上げる。

 私が傷付かないように抱える勇者様の肩幅は自然に広がり、受けなくていい筈の棘が腕に食い込み、私と言う重荷を背負う勇者様の足に棘が余計に突き抜ける。

 「もういいよ降ろして」そう願い出ても勇者様は傷付いた体を引き摺り、笑顔を見せるだけで一向に私を降ろしてはくれはしない。

 「傷の手当てを……」そう願い出ても勇者様は笑顔で首を横に振り、肉を抉る棘をものともせず、勇敢に進むのは、もう後戻り出来ない程に歩み過ぎてしまったのだと……

 鋭い棘を意に介さず踏み越え、果敢に進むのは、一度立ち止まればもう歩み始めるのは無理だと……


 そう言っているように私には見えた。




「やめてよッ!アルマ君ッ!私に何をする気なのッ!?」


「……安心して下さいラミアさん……嫌な思い出を全て僕の力で封じてみせますから……」


 アルマには人の記憶を封印する力がある。辛い記憶の封印。アルマは正にそれをラミアに行使しようとしていた。


 勇者が邪魔になる命を断ち切り齎した平和な世界。その過程は惨忍を極め、誰もが苦渋を呑み込み成立する時代だとするならば、アルマの力により齎される筈だった平和な世界は、万人を幸せへと導く時代になっただろうと囁かれている。


 アルマのような存在が後に控えている事など知る由も無い勇者は、自身のその行いが唯一な平和へと続く道だとそう信じ突き進んだ結果だった。


「ラミアさん。貴女は勇者さんに巻き込まれた被害者の1人なんです……僕に任せれば大丈夫だから……」


 ラミアを抱き締めるアルマの体が輝き出した。ラミアの辛い過去の扉が閉じられていく。これでもうラミアが思い悩む事は無いとアルマはそう疑わなかったのだが……


「ヤメてよッ!アルマ君ッ!私の大切な思い出を奪わないでよッ!」


 閉じられる辛い過去を大切だと言い放ち暴れるラミア。顔を横に大きく振り、アルマの足を踏みつけ、力一杯アルマを引き離そうとする。


 アルマの力は救済の力。嫌な過去。辛い過去を封じ、明日に繋がるいい思い出だけを残す力。誰からも感謝され、誰もが幸せな毎日を送れる力。それなのに……


「どうしてですかッ!?これでラミアさんは今以上に笑って居られるんですよッ!何かいけないのですかッ!?僕には……僕には……理解出来ませんよッ!」


 強面顔を晒し、腕の中のラミアを睨み見たアルマ。ラミアは大粒の涙を幾つも流し、微笑みながらそんなアルマに言ったのだ。


「そこに……そこに勇者様が居るからだよ……アルマ君……」


 アルマの強面顔が一層強みを帯びた。血が沸騰するように怒りが込み上げてくる。吹き荒れる嵐に身を任せ、記憶の封印に注ぐ力を増大させる。

 ラミアも必死に抗った。

 大切な記憶を封じられてたまるもんかと、アルマの腕を何度も何度も噛みついた。しかし嵐と化したアルマは動じる事無く、ましてや本物の勇者と称えられるアルマの人智を超えた力にラミアが逆らう力がある筈も無く、記憶の扉は次々と閉じられていった。


 最後の扉が閉じられようとしたその時、ラミアから放たれた言葉にアルマは我を取り戻す事になる……


「アルマ君なんか……アルマ君なんか……大っ嫌い……」


 記憶の混濁に逆らい、荒ぶる感情が脳に負荷を与え続けたのだろう。意識を喪失する前のラミアの声はとても小さかった。


 アルマの腕の中で気を失ったラミアの目尻に溜まる雫を指で拭き取るアルマは……


「僕は間違った事はしていない……」


 そう自答し、そして自身の中で蠢く罪悪感を振り払うように……


「勇者さんだって……同じような事をしてるじゃないですか……」


 負い目をその言葉で掻き消そうとした。





「うぅぅん……あれ?ここは?……確かアルマ君と買い物を……」


 記憶を封じられたラミアは直ぐに目を覚まし、残る記憶を辿り、床に置かれているマジックバックに目を移す。


「アレ?……私どうしてこんな得体の知れない物を買ったんだろう……」


 マジックバックからはゲテモノとされる食材がはみ出ており、それを見るラミアは首を傾げた。

 それは全て勇者の好み。辛い過去を消す過程で、切り離せない勇者との記憶は全て封印されており、ラミアの記憶の中でボヤける影が浮かび上がるが、それが何かが分からない……

 とても恋しく、愛おしいものにも思えたが、今のラミアにはそれが何なのかが分からなかったのだ。


「行きましょうかラミアさん。僕に付いて来て下さい」


 この時アルマは賭けをする。今のラミアを勇者に引き合わせ、ラミアが今迄と同じ気持ちを抱くのかと……


「ねぇ?アルマ君。何処行くの?」


「着いてからのお楽しみですよ……ラミアさん……」


 勇者に記憶の封印を解く力は無い。そして、もし、もしも自分の力を上回る力を行使され、ラミアの封じた記憶が戻る事があるならば、その時は……


 今のラミアに、存在が消えた勇者に優位な言葉など与えはしない。


「さぁ、行きますよ……ラミアさん……」


 一度もラミアと顔を見合わせないままアルマは、ラミアの手を引っ張り、2人は光の中に姿を消した。





 勇者が発動をつづける禁呪桃源郷ユートピアの施術が明からさまになった今、それに難色し、言葉が出ない勇者をジグリードは笑う。


「さて……この事実を世界に広めるにはどうしたらよいのやら……ラミア様の力が知れ渡る今となっては黙って見ている者は少ない……ん?どうしますか勇者?最悪の時代を終わらせた時と同じように全てを力で捩じ伏せますか?あはははっ……」


 軽快な尖る口先が止まらないジグリード。勇者を蔑める言葉が止まらない。何故勇者の因子を持たないお前が勇者なのだと、何故勇者の因子を持つラミアが下賤な人の血しか通わないお前如きの従者をしているのかと、そう責め立てる。


 その汚い言葉の数に業を煮やし……


「少し黙っれッ!ジグリードッ!」


 ジグリードのクチバシをへし折ったのはガンドゥだった。ジグリードを押し退け、勇者の前のソファに腰を下ろし、険しい岩の顔を勇者に近付け……


「勇者殿。何故?ラミア殿にこのような事をした?……」


 静かな声で勇者に質問を投げかけた。

 ギロリと眼球だけを動かした勇者もガンドゥに負けじと強張った顔を作ると。


「うっせーーーよッ!テメーらには関係ねーーだろッ!」


 立ち上がり声を荒げた。


 ガンドゥの真っ直ぐな目に、勇者も真っ直ぐな目を返す。勇者の曇りない眼差しを視覚したガンドゥにはそれ以上言葉は必要無かった。


 勇者とラミアがここに移り住んで3年。その時は一番激しい戦いの最中。2人に何があったのかは知らない。たが、その時、この浮遊する大地に、禁呪である桃源郷ユートピアを発動させる必要があったのだとガンドゥは、勇者の逸らさない目からそれを読み取る。


 私欲の為では無い。ロレーヌを妻としたガンドゥにはそれが分かれば十分だった。

 しかし、それはそれでガンドゥには勇者にどうしても聞いておかなければいけない事がある。


「勇者殿。貴殿はラミア殿の事が女性として好きなのであろう?」


 勇者の汗が、蛇口をひねったかのように吹き出した。


「……へっ?……何?この急展開?おおおおっ、俺がいつラミーを?……へっ?……ななななっ、何言ってんの?ガンドゥさん?……」


 明らかな動揺。それが全てを物語り。


「どうしてそれを表に出さない勇者殿。それで円満に収まる話ではないか……」


「ガンドゥッ!一体どういうつもりですかッ!アルマ様にお仕えする身でありながら……ひっ、ひぃぃいいーーーッ!」


 ガンドゥは言葉無く、眼力だけで邪魔者のジグリードを黙らせる。


「だっ、だからいつ俺がそんな事を口走ったよ。えっ!?もしかして……俺……酔った時そんな事言ってたの?……」


 語るに落ちる、全ては明白の元に。


「幸せになれ勇者殿。平和を願い散っていった者達への罪の意識なら平和な世となりもう償われた。それに死した数より貴殿の活躍で救われた命の方が多いいのだぞ」


 なれば後は背中を押すだけの事。


「おっ、俺は……」


 そして勇者が何かを言葉にしようとした時だった。



「ただいま戻りました……」


 覇気の無いアルマの声と共にラミアが姿を現せた。


 ラミアの何処かよそよそしい顔を見た勇者だが、今の勇者の顔のパーツを何とも言えない多彩な表情で花咲かせる。

 笑っているのか、引き摺っているのか、怒っているのか、それとも悲しんでいるのか、まぁ間違いなくテンパっており、思わず。


「「ガンバッ!」」


 ジグリードとガンドゥは小さなガッツポーズを作り勇者にエールを送ってしまう程の歯痒さ。


「あっ、あのなぁ……ラミー……おっ、俺……その何と言うか……その……」


 勇者はモジモジと指を背中で繋ぎ合わせ、左右の肩を交互に前後に揺らす。大いに引き摺りる顔が、躍動する勇者の心臓の音を、距離があるジグリードやガンドゥに聞こえてきそうな程に見てられない。


 この告白が成功すれば2人は結ばれる。


 もはや、揺るぎない、勇者が指し間違えなけえしなければ確定のチェックメイト。それだけに勇者にも熱が入っていた。のだが……


「……ちょっ、ちょっと誰この人。アルマ君の友達なの?……」


 ラミアに近付き、頬をボリボリ掻く変顔の勇者から逃げるようにラミアは、アルマの背中に身を隠した。


 チェックメイト寸前に相手に逃げられた勇者は……


「えっ!?なっ、何言ってんのラミー……やっ、やだなぁ……ドッキリとかチキンハートの俺には耐えられないって知ってんだろ?……」


 そう照れ、駒の置き場所を見失う。


「……ねぇ、アルマ君もう行こうよッ!あの人ちょっと怖いよ……」


 勇者は違和感を感じた。それは元から変なラミアもそうだが、ラミアに頼られ顔を伏せ、神妙な面持ちのアルマの状態が余りにも気に入らなかった。

 ラミアの前では腹を抱える程いい反応を見せるアルマが、嘘でもラミアに頼られ平常で居られる筈が無い。


 そして、勇者はアルマがラミアに何をしたのか悟り知る……


「オイッ……アルマッ……」


 勇者が向けた静かな声。ビクッと反応するアルマ。

 その時のアルマは罪悪感もあり勇者と眼を合わせない。しかし、それ以上にアルマは……


「テメェーーーッ!ラミーに何しやがった……」


 魔王を単身で倒した勇者に恐怖していた。


「……ゆっ、勇者さんが、いっ言ったんでしょっ。『ラミーを手に入れたいなら実力で奪いとりな』って……だから僕はっ!持てる力を使っただけですよっ!……何が悪いんですかッ!?勇者さんが僕にそう言ったんじゃーないですかッ!」


 アルマの揺れる声。上擦りながらも必死に口から吐き出したアルマは、想像を絶する怒りの炎を眼に宿した、伝説の勇者の本気の姿を視覚した。


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