第一話。勇者と付人の約束。
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「ジリリリリィーーーンッ!」
朝を報せる音が、部屋の中に響き渡る。辺りはまだ暗く、陽は昇り始めていない。
しなやかな指を使い、少し藻掻くような素振りを見せ、少女とも少年とも思える中世的な若き人の子が、朝の報せるを止めるボタンを押すと。
「うぅぅーーん……」
若き人の子は、ベッドから半身を起こし、背筋を伸ばし。
「ヨシッ!」
気合いを込めて、ベッドから滑らせるように足を床に接地させた。
ボサボサの頭と、肌けたひと繋がりの寝間着をそのままに、漏れ出る欠伸を手で塞ぎ、感覚を頼りに部屋の入り口付近にあるランプに火を灯す。
ひと繋ぎの寝間着を下から掬うように脱ぎ、壁の服掛けから垂れている包帯らしき白い布を、膨らむ胸にキツく何重にも巻き締める。同じく掛けてあるズボンを引き取り、欠伸を吐きながらツギハギだらけのズボンを足に通し、小さなテーブルの上にキチンと畳まれている、これまたツギハギだらけの上着に腕を通す。上から順にボタンをシッカリと止め、少女は身体全体が見渡せる鏡の前に足を進めた。
クルリと一回り、全体を見渡して自身の着こなしを確認。
「うんっ!ヨシッ!」
引き出しから櫛を取り出すと再び鏡の前へ。ボサボサの短い髪に櫛を通し、少女は寝癖が無い事をもう一度クルリと一回りして確認。
テーブルの脇に置かれているジェル状の液体を手に取り頭に塗りつけ流れる髪型へ、左右の側頭部に偃月状の傷のような黒いアザが有り、少女はそこが目立たないように念入りに固め。
「ヨシッ!完璧」
全ての身支度が済むと、鏡の前でコロコロ表情を変化させ顔の運動。そして左手の薬指に嵌められた銀色の指輪に微笑みかけた所で、少女は自分の部屋を後にした。
少女が部屋を出ると下に吹き抜けのリビングがあり、前には少しばかりの廊下と、先に対面する形で部屋のドアがある。自室と対局する部屋の丁度中央部分に一階に降りる階段を、少女はなるべく音が鳴らないように一階に足を向け。
一階に着くと、階段なりに真っ直ぐ突き当りの玄関らしきドアを開ける。少女の身体を吹き抜ける心地良い風。眼を瞑り、全身に風を浴び、肌で感じる。
「うーーんっ……朝の匂い……」
目を開けると見渡す限りの大草原。遠くに聳える山は蜃気楼のように霞んで見え頭には雪を冠る。日が少し昇り始めたのだろう、少しの霧との乱反射がチカチカ眼に映り込みとても神秘的に見えた。
少女が向かう先は本宅の横並びに建てられた小屋。足を進め、ドアを開けると。
「みんなーーッ!おはようッ!」
元気良く挨拶。
「ヒィヒーーーン」「クェックックック」「メェーーー」
少女の声が聞こえた途端、自らをアピールするように馬、鶏、羊が鳴き声を上げた。
「ハイハイっ、ちょっと待ってね」
少女は入室したドアとは違う大きな観音式の扉の栓を外し、扉を大きく解放。それと同時に動物達は一斉に外に飛び出した。
「メリィ、メイ。あんまり遠くへ行かないでね」
小さな足を前後させ一番最後に小屋を出た問題児の2匹の子羊に言葉を送り、少女も小屋を後にする。
少女が次に足を進めた先にあるのは井戸。
手動式のポンプの式で、ハンドルを上下させると地下水が汲み上がる。蛇口から勢いよく水が流れ出て、バケツの中の水が瞬時に一杯に。
少女は水の勢いが弱まる頃合いを見計らって、両手で皿を作り、水を汲み取り顔を洗う。
「ぷっ、ふぅぁぁああーーーっ。冷たくて気持ちいい」
地下水の水は染みるように冷たく、少し気怠さが残っていた瞼がキリッと引き締まった。
少女はバケツを持ち、再び小屋の中へ。
バケツを下ろし、小屋の中の整頓されている物置からブラシを取り出すと、小屋の中にある細長い水受けの中を洗いだす。
陽気に鼻歌を口遊み、力一杯ブラシを前後させる。背後からノソリと近づき不意に少女の背中に鼻を当てたのは馬。
「ごめん喉乾いたんだね。もうちょっとだから待ってね」
首を撫で馬をあやしながら馬を小屋の外へ。よっぽど飼い慣らされているのか、それとも信用しきっているのか、馬は少女に従順に従う。
全面にブラシをかけ終わるとバケツの水で落ちた汚れを流し、一杯では足りなく3回の井戸と小屋の往復を経た後、家畜の水飲み場であるそれに水を張る為に更に4回の往復。
華奢な身体には水は重く、少しばかり休憩を兼ねて小屋の前の椅子に腰掛けた。
少女が手を休めた途端、少女を取り囲むように動物達が近付き、馬は鼻を、山羊は頬を、鶏は身体を擦り寄せてくる。
「こらこらっ!ダメだってっ!まだ、お仕事終わってないんだからっ!」
言葉とは裏腹に少女の顔は満面の笑顔。我先にと迫る動物達の身体を優しく撫で、暫く戯れた。
「じゃーお仕事再開ッ!今日は忙しいから帰ってきたらね……」
動物達に手を振り、自宅の中に足を進めようとした時。
「ほんと精が出るよね。ラミアちゃん」
声がする方に顔を向けると、そこには隣の住人である中年の夫婦の姿。お隣と言っても、離れ過ぎて隣の家は肉眼では確認出来ないが……
「おじさん。おばさん。おはようございます」
元気よく丁寧に頭を下げるラミアと呼ばれた少女。いつも元気に愛想良く受け答えするラミアに中年夫婦は目尻に大きなシワを作り微笑みかけた。
「あんなボンクラ主人に愛想尽かしたら、いつでもウチに来るんだよ」
「ハイッ!近い内にお世話になるかも?ですっ!」
「なんなら今からウチの子になるかい?」
「今日だけは大事な用事がありまして、どうしてもダメなんですっ!ホントにごめんなさい……」
「そうかい……なら、明日からウチにおいでよ……」
次回からタイトルが変わるような受け答えを交わし、笑顔が似合う中年の夫婦に元気よく手を振り暫く見送ると、ラミアは自宅の中に足を進める。
家に入り向かう先は台所となる竃の前。
慣れた手つきで火打ち石で火花を散らし、あれよと言う間に藁に火を点ける。小さな薪を火に焚べ、火力が増した所で大きなな薪を放り込む。
火が大きな薪に燃え移る少しの間、ラミアは竃の前から姿を消し、暫くして姿を現せた手には水の入ったヤカンと桶を手に持っていた。
ヤカンを竃の上に置き、山菜と卵が入っている桶をテーブルに置く。
吊るされているフライパンを手に取ると、竃の上に置き、卵を4つフライパンで焼き始め調味料で味付けした後、器用にフライパンを操り目玉焼きを宙に大きく浮かせた。
そくさと、二つの平たいお皿を両手に一つずつ持つと、数回の回転を経た目玉焼きを皿でキャッチ。
決めポーズを優雅に披露して……
「お粗末さまです」
ラミアだけが視覚する事が出来る、スタンディングオベーションを上げる観客に余裕の一言。
誇らしげな余韻に浸りながら、吊るされている干し肉をナイフで数切れ切り落とし、目玉焼きが乗る皿に並べ、最後に山菜で彩りを演出。
ルンルンとにこやかに皿をリビングに運ぶと、バケットを台所から持ち出し中の食パンを大きな皿に並べ。
「ヨシッ!いい感じ」
いつもの気合いの一言で料理が全て出揃った事を確認。ラミアは自室と対面する側のドアを眺め。
「起きてくるわけ無いか……」
溜息混じりな言葉を零し、ラミアは2階へと足を進め、ドアの前に立つ。
「コンコン。コンコン。コンコン」
軽くドアをノック。そして……
「今日は大切な日何ですから、早く起きて下さいよっ!」
ドアの向こうで、まだ想像に絶する思考したくも無い、卑猥な夢を見ていると思われる人物に声をかけた。
「———」
部屋からは当然反応は無く、それならばとラミアはズボンから幾つもの鍵が束ねられたキーホルダーを取り出した。
簡素的な鍵から、凝った鍵には眼もくれず、ラミアが選んだのは針金。ドアの鍵穴をマジマジと覗き見て形状を確認。
「また鍵穴が変わってる……無駄な足掻きにどうしてお金を使うんでしょうね……」
不敵に口元を緩め、ラミアは何処で覚えたのか、針金一本で瞬時にドアの鍵をこじ開けた。
「起きて下さいッ!勇者様ッ!今日は終戦一周年の大切な式典の日なんですからッ!」
そう言ってラミアは、部屋の壁に3つの打点を作り優雅に空を舞う。いまだ卑猥な夢を見ていると思われる、ベットで半壊した顔で眼を瞑る男の溝落ちに、勢いよく飛び下ろした肘を突き刺したのだった。
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「なっ、なぁ、ラミー。いつも…言ってるが……俺……その内、死んじゃうぜっ!」
血液中の酸素濃度が著しく低下した勇者と呼ばれた男は、暗闇でも分かる程のチアノーゼを引き起こしながらそう言った。
「起きない勇者様が悪いんでしょ?普通に起こしても起きないじゃんっ、勇者様は……」
なるべる身体に触れないレベルで、床に転がる勇者の私物を嫌うように足で物を横に除け、散らかる床に道を作る。
暗い部屋に光を取り込むカーテンを開けるラミアの笑顔が、歪んで見えるのは気の所為だろうか?
「いや、起きるって……俺、大分腹の筋肉落ちてきたし、ホント洒落になってないんだって……」
たまったモンじゃないと、真剣にラミアに呼びかける勇者。
「はいはいっ。そんな事より勇者様。急がないと式典に間に合わなくなっちゃうよ……」
「えーーーっ!面倒くせぇ。大体勇者ってだけで、どれだけ無駄な時間を割いてると思ってんだ?寝かせろっ、ちったぁ俺を労われってんだッ!」
やる気0の勇者は布団を羽織り、魔法でカーテンを閉めた。
「ダメですよっ!ロッキー神父にくれぐれもと頼まれてる私の立場も考えて下さいよっ!」
布団やカーテンを引っ張るラミアだが相手は伝説の勇者、一般的な力しかないラミアがどうこうする事も出来ず。
「うるせーーーっ!ラミーッ!アッチいってろッ!」
勇者も頑と布団から出る様子も無い。
ならばと動き出したラミアは台所から火打石を持ち出すと、勇者の散らかる部屋の書物に火を起こし始めた。焦げる匂いが瞬く間に部屋に充満。それを臭覚した勇者が……
「ねっ、ねぇー。ラミーさん。なんか焦げ臭くない?俺の気の所為?」
「いいえ、メラメラと勢いよく燃えてますよ。勇者様がこの世で一番大切にしている……女体を書き記した書物が……」
顔だけをヒョコと布団から覗かせた勇者。燃える書物を見る勇者の瞳は深淵の闇を映し出し、愛しき恋人達を只の灰と成すサマを狼狽顔で眺める。メラメラと揺れ、照り返す火の明かりで不気味に映るラミアの口元は、喜悦に吊り上がっていたのは気の所為だろうか?
「リバイアサン……」
悲壮な顔で、震える唇で、突如放たれた勇者の魔法。瞬く間に部屋が海水で埋め尽くされ、部屋の許容を超えた海水は窓ガラスを割り、勢いよく海水と共に投げ出されたラミア。運良く積んである藁が下敷きとなり無傷なのだが。
「勇者様ッ!最強魔法を使う時は一言声かけて下さいっていつも言ってますよねッ!……………コラーッ!聞いてんのかッ!テメェーーッ勇者ッ!」
怒りの抱くのは当然。だが、その時勇者は燃え切らなかった書物達を抱きかかえ、頬擦り。
「ごめんね。ごめんね。熱かったよね。本当にごめんね……」
涙を垂れ流し、愛しいの女達に懸命に謝罪の言葉を繰り返していた。
「さっさと降りて来いやッ勇者ッ!コラーーーッ!目にもの見せたるーーーッ!」
袖を捲り上げたラミアの勇み、荒れた声は、そんな勇者には届きはしなかった。
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「勇者様ッ!いくらここが地表から大きく離れ、魔素濃度が薄く、魔法の威力が軽減されると言っても、それでも私には驚異なんですからねッ!」
「んーーー。ゴクリ……………分かったっ!あーーーん。ハムハムハム」
今、勇者とラミアはリビングで食事中。海水を浴び、完全に目を覚ました勇者は満面の笑みでラミアの料理を頬張り、ラミアは少し怒りは収まるものの、幸せそうな勇者の顔を見ると、何故か無性に腹わたが煮えくり返るのは、性と言うものだろうか?
「それに勇者様。どうしてまだ寝癖がついてるんですか?普通水に浸れば直ると思うんですけど……」
「へへへっ、そりゃ俺は伝説の勇者。寝癖も伝説級よっ!」
フォークを突き立て、胸を張る勇者に……
「捻くれた伝説ですね……」
ラミアは乾いた声でそう言った。
食事が済み。食器を洗い出したラミア。
「勇者様。ちゃんと正装に着替え下さいよ」
台所からリビングでゴロゴロ右に左に転がり時間を潰す勇者に声をかける。
「えーーーっ!面倒くせぇよ。これでいいじゃん。俺自身に意味があんだろ?」
勇者が着る服は上下色が違うジャージ。ズボラな勇者が合わせず、キチンと畳まれ積まれた服を上から取った結果で。
「ダメですってッ!皆さん正装でお越しになられるんだし、何より勇者様の身の回りをお世話している私が恥をかきますッ!」
勇者はどうなろうと構わないが、勇者の立ち振る舞いはラミア自身の評価を著しく低下させる。周り眼を余り気にする方では無いラミアだが、勇者の所為で自身も低く見積もられるのは我慢ならない。
「勇者様の事だからそう言うだろうと、着る服を用意して置きましたのでそれに着替えて下さいね」
「うぅぅぅ」と、うつ伏せで呻き声を上げる勇者。暫くして意を決したのか、ムクリと立ち上がるとラミアが用意した服に着替え始めたのだが……
「どうですか?下ろし立ての服なんですが?」
濡れた手をエプロンで拭きながら、食器洗いを済ませたラミアがリビングに姿を現せた。
「ああ、ちゃんと着替えたぜ……でもよ、ラミー……」
「勇者様……また太ったんですか?……」
明らかな幸せ太り、痩せて見える勇者だが、下腹が出っ張りズボンのボタンが閉まらない。
「エヘヘへ」と、お茶目に頭をボリボリ掻く勇者はとても可愛くなく、特注品のそれに「この服が幾らしたんだと思ってるんだ?」と、勇者の首を絞めたかった。
昔の勇者はもっと威厳がり、尊敬は出来なかったものの、もうちょっと鼻クソレベルで恰好良かったと思い浮かべるラミア。溜息交じりで、呆れ顔で、今の勇者の下半身を眺め見ると……
「……あれ?勇者様…………足も短くなってませんか?……」
今のラミアの眼には勇者がそう映った。
「足は短くやってないもん……元々だもん……」
掠れる声で、ハラハラと顔を両手で覆い、しょげる英雄は三角座り感情表現。
仕方ないと、ズボンの丈を無理矢理勇者の胴回りに合わせ終わったラミアは、凡人では辿り着く事が出来ない伝説級に落ち込む勇者を励ます事無く。落ち込む勇者の側にズボンを置くと、何食わぬ顔で、自室に戻り、外出用の服に着替える。
自室から現せたラミア。だが、その服は最初と余り変わっておらず、変わった所と言えばツギハギが無くなった位だろうか。
「オイッ!ラミー……俺だけこんなふざけた格好させておいて、自分は私服とか、俺に喧嘩売ってんのか?何とか言ったらどうなんだ?」
声質は普段と変わらないトーンだが、勇者はマジ顔。喪服とも思える全身黒のタキシードに近い服。ズボンは何故かまだ履いてないが、髪もバッチリのオールバック。元がいい勇者、足は短いものの、少し勇者に見惚れるラミアは。
「私はあくまで付添いですから……」
「はっ!勇者如きに私は……」と、我に返り、勇者に気取られないよう自身の服に目線を移す。
「なぁ、ラミー。俺が買ってやった服があんだろ?何でいつも着ないんだ?」
「あれは……その……」
言葉に困るラミア、勇者の気を外らすそうに……
「やだっ!もうこんな時間ッ!勇者様急いでッ!遅れちゃう」
勇者のズボンを持ち、足早に玄関のドア横のダイヤルを回した。
外から差し込む光が目まぐるしく変化し、家の中の気温も影響を与えているのだろう、ラミアの吐く息が時折白く色を付けていた。
そう、これは転送装置。家の玄関のドアが世界のどこでも繋がっている便利グッズであり、仕様、見た目は多少異なるが、猫型ロボットのネタを盗んだ物で、詳しい原理はそちらを参照して貰いたい。
「チーーーンッ!」
金属が弾かれた音がして、ビクッと台所に驚いた顔を向ける勇者。
「ぷぷぷぷっ……仕込んでおいて正解でした……ぷぷぷぷっ……」
腹を抱え、勇者を指差して笑うラミアの悪戯心。ビビリの勇者を驚かせる為に台所の食材を温めるマジックアイテムのタイマーを回しておいた。
「ラミーッ!テメェー。今俺の心臓一瞬止まったぞッ!」
予想外な事に……
「繋がりましたよ。間抜けな勇者様。置いてきますよーーーっ!」
転位装置の目的地との繋がる報せる音は無いと言うオチ。
「ラミーーーッ!テメーーーッ!こらッ!待ちやがれってんだッ!」
ラミアが勇者から逃げるように玄関のドアを開け走り出し、勇者は額に青筋を立て、右手を振り上げ、ラミアを追うように走り出した。
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「ロッキー神父。これは何方へ?」
「ああ、それは……」
ロッキー神父と呼ばれた2mはあろう筋肉隆々の男が、街の大広場に高台を組み立ての場を取り仕切り、忙しいそうに人や魔族の者に指示を出していた。
時間が差し迫っているのだろうか、ロッキー自身も準備に助力する中。
「誰かッ!誰かッ!助けて下さいッ!変質者に追われているんですッ!」
大広場に助けを求める少女の声を拾う。
「ちがッ!テメェー。ラミーッ!何言ってやが……グハッ!……ちょっ、待てッ!俺は勇……ブハッ!」
半身パンツ姿の男が、大変筋肉のつきが良い人や魔族の者に取り囲まれボコボコにされており、それを見るロッキーは……
「何してんのアイツら……こちとら時間が無くて猫の手も借りたい時に、まぁ……」
乾いた声で、冷たい視線を送る。
暫くして……
笑窪を作り、助けを求めた少女はテクテクとロッキーの元に駆け足気味で近寄り。
「おはようございます。ロッキー神父。何かお手伝いしましょうか?」
「ああ、おはようラミア。君は今日のスペシャルゲスト。時間が来る迄ゆっくりくつろいで居て貰えるかな……」
太陽のような笑顔でロッキーに話かけたのはラミア。
それに答えるようにロッキーも、にこやかに笑顔でラミアに言葉を返した後「ロッキー神父。コイツに天誅を」と、ガタイの良い男達にロッキーの元まで引き摺られ運ばれるボロ雑巾のような変質者。
ロッキーはその雑巾に向かい。
「何をしているのだ勇者。サッサと起きて、手を動かしたらどうなんだ?」
壮絶な睨みを利かせた。
流石は伝説の勇者と言った所か、ブランクがあろうが力仕事はなんのその、瞬く間に高台が組まれ、時間も少しばかり余裕が生まれる……
「あはははっ。もう、ロッキー神父面白いっ!あはははっ」
「そうかいラミア。あっ、良かったらコレ食べる?人と魔族のパティシエが新しく開発したお菓子なんだけど」
「ハイっ!頂きまーすっ!」
談笑を交わし、対話を楽しむラミアとロッキーを余所に……
「あのーーっ。コレは何処へ?」
「ああ、それはアッチだな……ついでにコレも頼むよ」
「えっ!?……あっ……ハィッ……」
祭典の主役の雑巾は最後迄、酷使されていた……。
「なんか違くねぇ?」
そう、ふて腐れる勇者。
「そんな事より勇者様。もう間もなく式典が始まります。中央にお進み下さい」
ラミアに背中に押され、勇者は数人の人が横に立ち並ぶ、高台の中央に案内され、タイミングを合わせたかのように街の教会の鐘が街中に鳴り響き、時の始まりを報せた。
「ゴーーーン。ゴーーーン。ゴーーーン」
どことなく悲しい音に惹かれるように、中央広場に人や魔族がワラワラと集まりだし、皆は手を合わせ、眼を瞑る。式典の関係者達も同じように眼を瞑り、ラミアも同じように手を合わせる。
「最悪の時代が過去り、新時代を迎えて今日で丁度一年……」
ロッキーの話から始まった祭典。だが、それは戦後の追悼式と呼べるものだった。
「幾多の犠牲が、我々の平和の礎となり、我々は今こうして服を着て、食べ物を与えられている……」
静まり返った街。
中にはロッキーの言葉に涙する者も。中央広場に居ない者達も手を休め黙祷を捧げた。
「我々は忘れてはいけないッ!……人と魔族は、長い間、互いの違いを認め和えず、憎しみの連鎖は繰り返され、尊い命が儚くッ散った悲惨な歴史をッ!」
ロッキーの声が強みを帯びた。
「忘れてはいけないッ!我々はその者達の犠牲で多くを学び、今を生かされている事をッ!」
誰が悪い訳では無い。時代がそうだったから、引き継がれた歴史がそうだったのだから……人が魔族を悪としたように又魔族も人を悪とし、そう教えられ、そう信じた時代だったのだから……
「我々は忘れてはいけないッ!……」
ロッキーは声を一段と高々と空に響かせる。自身の声が世界中に行き届くようにと……この声が全ての生きる者に響きますようにと……そう願い、そう憂うロッキー顔は……
「……二度とッ!二度と……同じ過ちを……繰り返してはいけないのだと……」
自然と天を仰いでいた。
ロッキーの言葉で泣き崩れる者が居る。最悪の時代と呼ばれた歴史の終焉が訪れまだ1年。人や魔族の殆どの者の心の傷は深く直りきってはいない。いや、その傷は生涯塞がる事のないもの、傷を負いながらも人や魔族は足を引きずり、明日へと、ここまで足を進めて来たのだ。
この場所は人が住む地上と魔族が住む魔界との丁度境界線にあたる街。一番被害を被り、一番屍を築き上げられた土地。
皆がロッキーの心の声に余韻を残す中、高台の列から一歩足を進めた者がいた。
「シケタ面だなぁ……たくっ、いつ迄もメソメソと引きずってんじねーよ。お前等は……だから嫌いなんだよ。ここ来るの……」
余りにも不謹慎な言葉に、祭典の関係者がたじろう。人や魔族は涙を垂れ流しながら、やり切れない全ての悪意をその者にぶつけるように睨み付けた。
だが、それを一点に集める者は毅然と振る舞う。ロッキーの言霊を、耳に溜まる垢だと言いたげに耳をほじる、不遜な態度。
そんな者が何故ここに?と思うのも無理は無い。だが、その者がこの場に居なくては式典は成り立たない。
何故なら……
果てなく続くと思われた最悪の時代を単身で終わらせた一番の功労者。その功績は後世忘れる事無く語り続けられる者。
生きた伝説。平和の象徴。
そう、その者こそ、勇者と呼ばれる英雄だったからだ。
「祭典じゃーねぇの?戦争終わったからワイワイ盛り上がって楽しむもんじゃーねぇの?……つまんねぇーな、オイッ」
拳を握り絞め、勇者の睨みつける人や魔族。その者達を見下したように顎を少し上げ、不敵に微笑みながら勇者は……
「何その態度?俺に喧嘩売ってる訳?…………殴りたいなら掛かってこいよっ!ホラッ!」
皆を挑発。そう言われても相手は伝説の勇者、力でどうする事も出来ない人や魔族は、歯を食い縛り、見るのが不快な勇者から眼を逸らした。
「出来ないよね?出来る訳ないよね?だって俺最強だもん。人の王が束になってやっと対等に渡り合える魔族の王、魔王を単身で倒した男だもんね」
ニンマリする目、更に吊り上がる口元。不愉快極まりない勇者の態度を、醜態とも呼べる態度を、黙ってラミアとロッキーはやり過ごす。
「俺はこの世界の覇者。俺一人でこの世界を滅ぼす事だって、お前らを一生奴隷のように扱う事だって出来るんだもんね」
舌をベロベロと出し、人の感情を逆撫でる勇者に誰も何も言えなくなっていた。
「んーーだよッ!しょーもねぇなぁ…………まぁ、そうだよな……俺はお前達の御主人様。そんなお前達は俺にとっちゃ家畜と変わらない生き物。それ程の俺とお前達の力はかけ離れてるんだよ……何も言える訳ねぇーよな?………例え俺が……お前達の大切な人の命を奪ったとしてもなぁ?」
ニンマリ笑い勇者は……
「俺はハッキリ言ってお前達の事なんてどうでもいいし、何とも思っちゃいねぇ。お前達が何処でおっ死のうが俺の知ったこっちゃねぇし、俺がこの戦争を終わらせた後に勇者と呼ばれるようになったのは、単純に魔王を倒した事もあるが、誰よりも戦争終結に邪魔になる人や、俺に盾突く魔族を全て殺したからだ……」
口元は笑っている、だが、その目はとても寂そうに細め……
「俺は、この世界で一番屍を作った殺人者。そして、そんな俺が勇者だ……笑いが止まらんよな?……ホント世の中って理不尽だよな?そうは思わないか?」
現実を知らしめる。今までの人を舐めた態度を一変させ、勇者はキリッと顔を引き締める。
「俺の声は絶対。誰も俺の言葉に逆らう事は許さない……何が有っても絶対に俺の言葉を一番に据え置け……俺が、お前達に命令する事。それは……」
勇者はゆっくり眼を瞑り……
「耐えろだ……」
ゆっくり眼を上げて言い放ち、そして、勇者は語り出す。
「俺がまだ、へなちょこで、誰からも相手にされず、誰にも残らないお前達のように小さな存在だった時、俺は一人の人と魔族のハーフの奴隷のガキと出会った。そいつは、口五月蠅く、礼儀もなってねぇ、自分の身を守る力も無い生意気なクソガキ。お前達と違う点は、そいつは誰かを導く力を持っていた。俺はそいつの力を利用する為に一緒に旅に出る事を願出た……」
ラミアは高鳴る胸をそっと抑えた。
「その時の口説き文句が『この世の一番美しい光景を見せてやるから、俺に付いてこい』だ……」
勇者の語る声に力が入る。
「そのガキのお陰で大分力を付けた俺は、この世界で一番美しい街、一番天国に近いとされる街。『クリスタルパレス』に赴いた。そりゃもう、凄かったさ。クリスタルで作られたタワーなんてキラキラ光り輝き、この世のものとは思えねぇ程だったんだ。ガキもその街の美しさに眼を奪われてやがった。これでガキとの約束が果たされた、そう思った時だった……」
眼を輝かせて語りだした勇者、最後は気が抜けたように少し俯き……
「そんな時に、そんな場所で、そのガキは、あろう事か、鎖に繋がれた魔族を見て、こう言いやがったんだ……」
『天国に一番近い街にも奴隷が居るんですね……』
勇者は歯を食い縛り、拳を握り絞めた。
「ふざけんなよっ!って思ったさ………何が世界で一番美しい街だッ!何が一番天国に近い街だッ!この世に美しい場所なんてありゃしない…………ガキのその時の眼は、俺にそう言ってやがったんだ……」
握り締めた拳を突き出した勇者。
「だから、俺は今、此処にこうして立っているッ!お前達は俺の家畜ッ!俺はお前達の主人なんだッ!だから、だから……」
その拳を天に突き上げ……
「俺様の言付を従順に従えッ!……悔しかろうが知ったこっちゃねぇッ!親の仇だろうがッ!愛する者を奪われようが知ったこっちゃねぇッ!その負の念を噛み締め……決して表に出すんじゃねぇーッ!……死ぬ気で耐えて、この世界を……この時代を……一番美しいものに変えろってんだーーーーーッ!………」
静まり返った祭典、勇者の声だけが街の建物で反響し、響き渡った。
ラミアの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。締め付ける胸を、温かく熱放つ胸を、両手できつく覆う。自身の溢れ出ようとする勇者に焦がれる言葉を、勇者に抱く感情を必死に抑え込むかのように……
そんなラミアを余所に……
大変良い話をした。そう自身に酔い痴れる勇者は姿勢を維持する。「さぁ、称えろ。俺を称えろよ」そんな空気を醸し出す勇者に投げつけられたのは……
予想外に石だった。
「イタッ!痛いよッ!やめてよッ!俺今スゲーいい事言ったと思うんだけどッ!」
女座りで身を屈める勇者は、半泣きになり、そう大声で皆に許しを請う。そんな勇者に気兼ねなく石を投げるのは、少し笑顔が戻った人や魔族。そんな勇者に浴びられる言葉は……
「勇者ッ!お前にはそれしか無いのかッ!毎度毎度同じ話を飽きずに叫びやがってッ!もう聞き飽きたんだよッ!」
勇者が自身を持って提供する、鉄板ネタと自負する話への批評で、勇者のその話は何十回も語られた既出の話だった。
「うぅぅぅ……勇者ざばぁ………わだじば……わだじば……なんどぎいでも……だいじょうぶでず……」
その中で、一人ラミアだけが、止まる事が無い涙を流し続け、親指を天に突き上げた。
ロッキーはここ1週間不眠で考えた、自身の全霊を込めた演説を台無しにする、そんな2人を見て……
「もうヤダなぁ……コイツら……来年は呼ぶの止めよう……」
そうボソリと呟いた。